終 魔導師は聖女を隠す

「……分からないわ」


 リューンという人が分かりそうで、分からない。


「ああ、そういえば」


 煮詰まっているアルカのためを思ってか、わざと明るい声でマリンが言った。 


「裏庭の手入れって、お嬢様がしているんですか?」

「え?」


 アルカは頭を横にぶんぶん振った。


「何もしていないわ。むしろ、貴方がしてくれているんだとばかり……」

「すいません。私は腰を痛めて以来、庭仕事は」

「そうだったの。……じゃあ、誰が?」 


 昨夜、リューンと眺めた庭は月下に満開の花々が照り輝いていて、幻想的で美しかった。

 誰かが手入れをしていなければ、あんなに見事に花が咲くはずがない。

 

「謎ですね。あの庭自体、知る人がいないのに。以前よりも綺麗になっているなんて。……やっぱり、魔法の力かしら?」

「まさか」


 アルカは思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまった。

 リューンが裏庭の手入れをしている?


(私のために?)

 

 だったら、昨夜の時点でアルカに言うだろう。

 しかし、マリンは真顔だった。


「ほら、お嬢様もご存知でしょう。裏庭に魔物が封じられているって話。あれとリューン様って関係あるんじゃないですか? お嬢様だって以前、あの庭で何かとよくお話をしてたじゃないですか?」

「アレは私の妄想で」

「でも、妄想でしたら、口に出さずとも脳内で会話が成立しますよね?」

「……確かに」


 言われてみれば、そうだ。

 なぜ、気づかなかったのだろう?

 幼少からの習慣だったから?


「些細なことですけど、一度解雇された私が再びお嬢様にお仕えできたことも含めて、不思議なことなら、ずっと昔から起こっているような気がするんですよ」


 そして、くすりと笑って一礼したマリンは、軽い足取りで室内から出て行ってしまった。


「……何?」


 マリンが言わんとしていたこと。

 もしも、アルカが話していた相手が実在していたとしたら?


(リューン様。貴方は「様」なの?)


 そう考えると、諸々しっくりくる。

 大体、今までだって、そうとしか考えられないことが起きていた。

 ……むしろ、そう思い至らない方が不自然なくらいに。


(でも……。だったら、なぜ、彼は最初に名乗ってくれなかったの? 私はレト様の存在を信じていたかったのに)


 窓の外に広がっている曇り空と一緒だ。

 もやもやして、すっきりしない。


「失礼します。よいしょ……と」

「ひっ」

「どうかしましたか? アルカさん」


 ……なぜ、この時に?

 例によって窓からやって来たのは、黒いローブ姿のリューンだ。

 驚いたアルカは、反射的に椅子から立ち上がってしまった。


「きょ、今日は早いですね?」

「ああ、随分と領主の仕事をサボってしまいましたし、夜には嵐になるとも聞いたので、少し早めに来てみました。ご迷惑でしたか?」


 リューンが小首を傾げている。


「いえ、迷惑なんてことはありません。でも、体調はいいのですか?」

「君に看病してもらったのです。全快するに決まっています」

「また、そんなこと仰って。私は何も……」

「聖女ですから。君は」


 さらっと、リューンが言う。

 お世辞にしても、聞かないような言葉だ。

 ――聖女?

 そういえば、昔、誰かが話していたような気がする。


(あれは確か……)


「でも、君はお姫様の方が良いと言うかもしれませんけど」

「は?」

「はい。これ、君が子供の頃に読んでいた絵本ですよね?」


 リューンは懐から、ひょいと王子様とお姫様が表紙に描かれている絵本を取り出した。


「え?」


 その可愛い装丁を、アルカが忘れるはずがなかった。


「嘘! 「魔法使いレトとお姫様」じゃないですか!」


 今はもう手元にない、アルカの大好きだった絵本だ。

 

「どうして? 確かこれ絶版になってたんですよ」

「ええ。少々探すのに手間取りましたけど、君に喜んでもらいたかったので」

「はい、喜んでいます! すごく嬉しい。ありがとうございます!」

「良かった」

「リューン様」

「はい?」

「こんなに私に良くして下さるのって、もしかして……貴方は」

「……?」

「貴方がレト様だからですか? 私が裏庭でずっと話していた相手の……」


 言ってみた。

 勇気を振り絞って。

 どさくさに紛れたふりをして、アルカの一番知りたかったことを……。


「……」


 けど、リューンからの返答はない。

 肯定も否定もせず、彼はただ押し黙っている。


「リューン様?」


 痺れを切らして、再度アルカが呼んでみると……。


「きゃっ」


 がたがたっ……と。

 突風で窓ガラスが音を立てた。


「……だとしたら」


 まるで、見計らったかのように、ようやくリューンが口を開いた。


「レトは悪い魔法使いですね」

「は?」


 それ以上、聞こえない。

 今度は、激しく雷鳴が轟いたからだ。

 

「………です」

「えっ?」


 何て言ったのだろう?

 昨夜の若いリューンの声だったのは、分かったけれど。


「リュー……」

「どうぞ」


 アルカの声を遮るように、リューンが絵本を手渡してきた。

 質問自体がなかったことにされてしまっていた。

 ……そして、なぜかアルカも再び同じことを尋ねたいとは思えなくなってしまった。


(リューン様、貴方は一体?)


 ざああっと、室内に響く風雨の音。

 間もなくやって来る嵐。

 リューンのフードの奥の碧眼が、鋭く光ったような気がした。



『聖女である君を隠して、誰にも渡さずに自分のものにしてしまうんですからね。私は悪い魔導師です』



【 了 】


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魔導師は聖女を隠す ~結婚相手は御年八十歳のオジイサマではなく、超絶美貌の魔導師でした~ 真白清礼 @masirosumire

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