第33話 リューンは何がしたいの?
やけにくすぐったい感じがして、アルカは目を覚ました。
半分、夢の中にいたアルカは、自分の目と鼻の先に、若く変身したままのリューンがいることを知って、かなりの時間思考を停止させてしまった。
(この状況は、何?)
どういうわけか、リューンの着衣が乱れている。
熱のせいで、暑くなったのか?
彼が下履きまで半分脱いでいる姿に、アルカは何をどう質問して良いか分からなくなってしまった。
「アルカさん、これは」
申し訳なさそうに、リューンが眉を寄せている。
初めて目にする彼の情けない表情。
リューンは絶望感を露わに呟いた。
「もう……限界なんです」
「え?」
「君との契約を違えてしまいますが、私はもう」
アルカの首筋を捉えていた手が不安げに震えていた。
(もしや、変身が解けないほど、体がしんどいの?)
――それって?
すべてを察したアルカはリューンの手を握り返して、こくりと頷いた。
「お辛いんですね。リューン様」
「え?」
「どうか、契約なんて気になさらないで下さい。私は構いません。覚悟は出来ています」
「アルカさん!?」
月が陰って室内は暗くなってしまったが、リューンがとんでもなく驚いていることは伝わってきた。
(リューン様、そんなに強がらなくてもいいのに……)
アルカは微笑みながら、上体を起こした。
「私はどんな貴方でも平気です」
リューンの身体が戦慄いている。
(そんなにも、耐え難い状態だったなんて)
「辛いなら、恥ずかしがらずに仰ってください。出来たら、ここでは避けたいですけど。もう我慢できませんか?」
「できますけど。……でも」
「だったら、大丈夫です。すぐですから」
そうして、アルカは努めて優しく、リューンの耳元で囁いたのだった。
「この部屋を出てすぐ、真っ直ぐ突き当たりです」
「はっ?」
リューンが石のように固まっていたが、アルカにはそれこそ切羽詰っている証拠にしか見えなかった。
「一応、熱は下がったみたいですが、一人でお手洗いに行けないようでしたら、私も同行しますので。……それとも、もう?」
「……いえ。行けます。一人で」
リューンはへなへなと脱力すると、そそくさと身支度を整えて、弱々しく頭を下げて部屋を出て行ってしまった。
さりげなく教えたつもりだったが、アルカは対応を間違えてしまったのだろうか?
(私、リューン様の自尊心を傷つけてしまった?)
祖父の時も一人で行けると、怒鳴り返されたことがあったから、やはりこういう繊細なことを口に出す時は気を付けた方が良さそうだ。
(リューン様って、たまに物凄く自虐的な時もあるし、落ちこんで、また別人のようにならないといいんだけど……)
アルカのすべてを受け入れ、護ってくれるリューン。
だが、魔導師とはいえ、八十歳の老体なのだ。
(あの方に何かあったのなら、契約外なんて言っていられないわ)
自分がしっかりしないと……。
アルカは、改めて気を引き締めたのだった。
――朝。
リューンは、いつものオジイサマに戻っていた。
領主として、やむを得ず人に会う時だけ、若者姿で応対するらしい。
(何にしても、性格が変わらなかったのは良かったわよね)
内心、それを心配していたアルカは、ほっと胸を撫で下ろしたのだが……。
一難去ってまた一難。
朝一番、アルカのもとに叔父が訪ねて来たのだ。
「ドリスとヒルデが、ミスレルに戻るそうだよ」
なんでも、昨夜二人はリューンのことを散々罵ったが、誰も取り合ってくれず、居心地が悪くなってしまったらしい。
(これ以上の騒ぎはごめんだったし、好都合ではあるけど。でも、随分と急な)
腑に落ちない。
何より、そのことを暢気に話す叔父の無神経さが怖かった。
(昨夜のことは、叔父様のせいじゃない?)
この人が金を積まれて、宴会に二人を手引きしたから、大事になってしまったのだ。
(ああ、それに……)
「叔父様、リューン様に私のことを喋りすぎです」
この機とばかりに、アルカは叔父に注意したのだが……。
「へっ? リューベルン様に、お前のことなど話してないよ」
叔父は、ぽかんとしていた。
……本当らしい。
(じゃあ、何? あのリューン様の小さなお弟子さんが、私の情報を集めたってこと?)
仮にそうだとして……。
リューンは何がしたいのだろう?
――悶々としながら、迎えた昼下がり。
お茶を運んできたマリンに話したら、笑い飛ばされてしまった。
「お嬢様。だって、相手は魔法使いでしょう。分からないことが普通じゃないですか?」
「……でも、そこまでするのかなって?」
弟妹の唐突な帰国だけではない。
死にかけていた老人が美青年に若返って、自らをサウランの領主だと名乗ったのだ。
訝しむ人間が一人もいないのも、変ではないか?
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