第3話

結局月野は来ないまま明日から夏休みが始まる。

こんなにも絶望で始まる夏休みがあるのか。

希望が落ちていたら死に物狂いで拾いに行くのに。

「なあお前、今日時間あるか」

「時間しかねえよ」

自分で答えていながら嫌な予感がした。

いつもなら何の用か先に聞く。

絶望によって思考という機能が破壊されているみたいだ。

「じゃあ夕方家で待ってろ」

今更断れないし、時間があるのは事実だ。

嫌な予感だってまだあたる保証はない。

「わかった」

これから何が起こるのか考えていたら夕方になっていた。

友樹から家の前についたから降りてこいってチャットが来てる。

玄関を開けると友樹と三木さんが真剣な顔をして待っていた。

予想してた展開となんだか違う気がする。

俺の嫌な予感よりもっと悪い展開なのだろうか。

「春奈さんが話あるって」

「え、そうなの」

「うん」

「とりあえず上がるか」

「なんでお前がいうんだよ」

特に状況もわからないまま部屋で話すことになった。

「それで話って?」

「三木さん」

「うん、あのね、私月野さんがどこにいるか知ってるの」

「え?」

「萩原くん気になってるかなって」

「いや、別に俺は関係ないっていうか」

「そういうと持ってたけど、月野さんなんか様子おかしかったみたいなんだよ」

「そうなの?」

「うん、なんていうか、鬼気迫る感じだったよ」

「そうか」

「萩原君何か知らない?」

「何も知らないよ」

「まじか」

「三木さんは月野に何か用でもあるの?」

「いや、ないけど」

「ないのになんでそんなに構うの?」

踏み込んだ質問かもしれないけど、俺は今穏やかじゃない。

絶望の淵にいる人間ってのは他人も不幸であるべきだと思ってしまうものだ。

三木さんが黙りこくって下を向いていようが関係ない。

そもそも俺は自分がどうしたいのかもわからないんだ。

「仲良くなりたいんだよ」

「え、そうなの?」

三木さんの赤くなった顔を見てすぐに疑いが晴れた。

「そんなに意外かな?」

「意外だよ、三木さん人に興味なさそうっていうか」

「冷たい?」

「う、うん」

「やっぱりか」

「なんだよ」

「三木さん、極度の人見知りなんだよ」

「そうだったのか」

ならあの冷たい印象にも納得はいくけど。

「なんか、ごめん」

「いいよ、慣れてるし」

「それで、話が見えてこないんだけど」

「月野さんを、夏祭りに誘いたくて」

「そっか、誘えばいいんじゃない?」

なぜわざわざ希望が見えることを言うんだろう。

こっちはもう絶望に向き合って、空虚な夏休みをどう乗り切るかしか頭にないのに。

「春奈さんさ、前に4人で遊んだのが楽しかったんだよ」

「あれは遊んだっていうかついてきたみたいなもんだろう?」

「とにかく、俺もそれがいいんだ」

「だから、萩原君に月野さんを誘ってほしいの」

「誘えないよ、連絡先だって知らないんだ」

「だから、月野さんがいるとこ教えてあげる」

「え、でも」

「つべこべ言わないで行って来い」

「萩原君、お願い」

「わかったよ、けど断られても知らないからな」

悪い予感は思ってもない方向で当たって、期待も良い方向に裏切られた。

少し浮足立つ自分と、どうしていいかわからない自分に困惑しながら、三木さんに教えてもらった場所に足を運んだ。

その場所は毎日俺が期待をしながら待っていた場所なんだけど、三木さんが月野を目撃したのは日が落ちてかららしい。

時間を考慮していなかった俺はいつも夕方には帰っていたから、すれ違いの状態だったんだろう。

三木さんが言うには、日が落ちるとしばらくここにいるらしいけど、まあ場所が場所だし会っても理由はいくつも思いつく。

そもそも三木さんがそこで話しかけていればとも思うけど、さっきのことを思い返すと気持ちもわかる。

こんな状況なのになぜか冷静だ。

「ねえ萩原、なにしてるの?」

この声を聴くのはいつぶりだろうか。

正直いざ会うと冷静じゃいられないと思っていたけど、やっぱり冷静だ。

「お前こそ何してるんだよ」

「学校さぼったから怒ってるの?」

またあの不思議な笑い方だ。

月野の雰囲気に引き込まれていく。

「怒ってはねえよ。ただ、学校行けって言った側のくせにっては思ってる」

「なあんだ、さみしかったのか。私のいない学校はそんなに退屈だった?」

あざとい笑顔に見透かしたような目が追いつめてくる。

なんでこんなに人の本心をくすぐるのがうまいんだろう。

でもここはこらえて本来の目的を果たさなければ。

「うるせえよ。なんでいきなり来なくなったんだよ」

「女の子にはいろいろあるの」

「はいはい」

「自分から聞いといてなんだよー」

「月野さ、来週暇?」

「来週?なんで?」

「植野と三木さんが一緒にお祭り行きたいんだって」

「お祭り!?行きたい!」

「そっか、じゃあ返事しとく」

「やった!」

「なんだよ元気そうじゃねえか。心配して損した」

「心配してくれてたの?かわいいなあ」

「してねえよ」

「そっか」

いつも通りの会話だ。

安堵感が心を満たす半面、少しでも長く続けたい気持ちが会話を急かす。

「なんでこんな時間にこんなとこいるんだよ」

「それはあなたにも言えることですー」

「いいから教えろよ」

黙り込むのは意外だった。

理由があるにしろ、月野の性格上話を変えたりとっさに分かりやすい嘘をつくことを予想してたのに。

「萩野が来てくれると思ってたの」

「え?」

予想外が過ぎると人間は返事が一辺倒になってしまうのか。

「どういうこと?」

「だから、ここで待ってれば萩野が来てくれると思ってたの」

「なんで?」

「萩野は私のこと好きでしょ?だから」

「いや、そういう意味のなんでじゃなくて、なんで俺が月野を探すと思ったの?」

「え、だから答えたじゃん。どっちの意味でもその答えになるよ」

「なんでそう思うの?」

「なんでなんでばっかりだなあ」

「いいから」

「んー、なんとなくとしか言いようがないなあ」

「好きな人って自然と目で追ってしまうでしょ?」

「それで、俺の視線で気づいてたって事か」

吹っ切れるとこういう気持ちになるのか。

恥ずかしさと、気づいてくれた嬉しさが混ざる感じ。

「そう、萩原のことよく見てたからね」

「まあ、そりゃあお前から目を離せる奴はそう居ねえよ」

「そう?私可愛すぎるかなあ」

「そうだな」

やっぱりこいつには隠し事ができない。

全て見透かされている。

「なに急に素直になっちゃって。変な感じ」

「そんなこと言われたってなあ」

「それで?俺を待ってたっていうけど」

「うん、萩原になら話せるかなって思ったの」

「なにを?」

「驚かない?」

「驚かされなければな」

「引かない?」

「きもくなければな」

「信じてくれる?」

「信じるよ」

いつもの月野じゃないみたいな質問ばかりだけど、至って真剣な雰囲気だ。

「私、妖精と人間のハーフなの」

「ドン引きです」

「冗談じゃないの」

「妖精って、あの妖精?」

「うん、あの妖精」

「それにしては大きすぎるし、羽もないけど」

「萩原が想像してる妖精とは違うの、私も驚いたんだから」

「そうなのか、いたずら好きなところ以外はあまり関連性が見当たらないけど」

「もう、真剣な話なのにからかわないで」

「わかったよ」

「ほんとにい?」

「ほんとだって」

「ならいいけど」

「でもお前の親って」

「うん、両方亡くなってるんだ」

「じゃあ、どうやって知ったんだよ」

「お母さんがね、私宛に書いた手紙を残してたの」

月野のお母さんが残した日記の内容は壮絶な内容だった。

話を聞きながら俺は、内容の壮絶さよりもこれを抱えていた月野の心が気になっていた。


雪がいつかこれを読むとき、雪の隣には愛する人がいるのかな。

私と同じように。


雪は二歳になったばかりだから、五年前になるかな。

私はいわゆる妖精で、もともと森に棲んでたの。

妖精って言っても雪の考える妖精とはちょっと違うかも。

姿形は人間と何も変わらないし森の中で人間と同じようにコミュニティを築いて暮らしてる。

森の中に町があるって感じかな。

そして、森の中にも法律、ルールっていうのがあるの。

森の外には出ちゃいけなくて、人間と関わるのなんてもっとダメ。

理由はたくさんあるんだけど、人間に森を荒らされない為っていうのが一番。

妖精は森を守る種族だから、森を開拓したり荒らしたりする人間とは関わっちゃいけませんよってこと。

私はなんでも実際に自分で確かめないと気に食わないから、森を出ちゃったの。

その時私が見たのは森で教わった恐ろしい種族とは全く違う光景。

すごくキラキラしてて、いい匂いがして、とにかく輝いてた。

退屈な森から抜け出したい私にとっては天国と変わりなかった。

それから人間の世界を観察するようになったの。

毎日通っても憧れが強くなるばかりで。

だから森を出ることにしたんだ。

誰にも内緒でね。

うまく溶け込めるように、服装や立ち振る舞いをよく観察したの。

森の服装とは少し文化が違っていたからね。

服をお店から盗んだこともあるわ。

どうしても出たかったの。

森を出てからは、そのお店で何着も服を買ったから許してもらえるかな。

人間は思ってたよりも妖精と同じで、溶け込むのにそう時間はかからなかった。

人間のすごいところは身元の分からない私でも働けちゃうくらい仕事があふれてる。

みんながみんなを幸せにしようと毎日必死に働いてるの。

自分の得意分野を人の幸せのために向上させる。もっと人間が好きになった。

一年くらいたった頃かな?

お母さん綺麗だからよく男の人にご飯に誘われてたの。

その中でもナンパといって、道を歩いているだけで知らない人に声をかけられることもあった。

好意を持ってくれるのはうれしいことなんだけど、強引な人で

何回断ってもしつこく付きまとわられて困ってたの。

その時助けてくれたのが彩人。

お父さんなんだよ。

人間の世界ではベタな出会いみたいだけど、私はすぐに心を奪われた。

助けてもらった後、まるでナンパみたいに強引に攻めたの。

最初彩人は困った様子だったけど、だんだん楽しそうにしてくれて嬉しかった。

それから私たちは付き合う事になって、一緒に暮らし始めたんだけど、

森で暮らしていたころの価値観に彩人が疑問を持つことがあったの。

私は隠すことでもないし、彩人なら受け入れてくれる自信があったから話した。

彩人は私が驚くくらい普通に受け入れてくれて、今まで通り過ごしてくれた。

大好きで尊い彩人を自慢したいと思うようになったのはこの頃からかな。

人間は悪い人ばかりじゃないし、妖精にだって悪い人はいる。

そんな簡単なことにみんなが気付いて、人間も妖精もみんなで一緒に暮らしたいなんて、

自分が彩人に受け入れてもらっただけで舞い上がってしまった。

彩人は森に一緒に来てほしいっていう私の願いも快く受け入れてくれて、

二年ぶりに彩人を連れて森に戻ったの。

自分の家族に、今の家族を見てもらいたくて。

その時にはあなたが私のお腹にいたから。

そこからの事はごめん、詳しくは書けない。

文字に残せないくらい酷い仕打ちを受けて、彩人も一緒に追放された。

私がルールを破ったから。

その時、妖精の長から森の呪いを受けたの。

呪いの内容は簡単に言うと長生きできない呪い。

彩人は私をかばって同じ呪いを受けた。

私のお姉ちゃんが、人間を二度と入れないように森の入り口で門番をすることになった。

事実上森からの追放になるんだけど、お姉ちゃんは気にするな、お前たちの方が心配だって言ってくれた。

あなたのおばさんになる人だから、私や彩人に何かあった時はきっと助けてくれる。

人間の方が呪いの影響が出やすいみたいで、彩人は先月亡くなった。

私が巻き込んでしまったせいで、大好きで尊い彩人を失ってしまった。

彩人は最後まで私を責めなかったし、雪を自分の分まで大切にするんだよって言ってた。

雪からお父さんを奪ったのは私だし、お母さんさえ全うできない。

許してね。

大好きだよ。

あなたは彩人によく似ているし、私にもよく似ている。

涙で文字が見えなくて頭も混乱してきたから何を書いてるのかわからなくなってきたけど、

とにかく私たちはあなたを愛してたし、今も愛してる。

私が全部悪いんだけどね。

雪の制服姿、見たかったなあ。

とにかく無茶はしないこと、ナンパに引っかからないこと、

大事な人は巻き込まないこと。

私が言っても説得力無いけど、雪ならちゃんと伝わるよね。

雪が幸せになるところ、お父さんと二人で空から見てるからね。

お母さんより

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不思議 @amegmi

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