番外の一杯 自分好みの喫茶店の外で
(店員さんと、都会の真ん中にあるグランピング施設に来たあなた。テントの中で、クッションに座ってくつろいでいる)
(外から、ワイワイと楽しそうな他のお客さんの声)
「今日はお誘いありがとうございます! ここ、雰囲気がすごく素敵ですね。とっても気に入っちゃいました♪」
(隣から店員さんの弾んだ声)
「キャンプって、今まで行ったことなくて、一度行ってみたかったんです。あ、正確にはキャンプじゃなくて、グランピングですね」
「お店が新装開店したばかりで、あまり長いお休みが取れないから、キャンプ場へ行くのは諦めてたんです。なのに、こんなに近くにこんな素敵な場所があったなんて」
(うっとり、感動した声で)
「なんだか不思議な感じですね。テントの中でくつろいでるのに、ちょっと外に出ると、高層ビルがいっぱいあるの」
「いつも買い物に来る施設の屋上が、こんな風になってるなんて知りませんでした。日常の中の非日常って感じがして、すっごくワクワクします」
(外からジュウジュウと肉が焼ける音と、いい匂いが漂ってくる)
「私たちもそろそろご飯にしましょうか。機材だけじゃなくて、食材まで施設の人が用意してくれてるなんて、至れり尽くせりですね」
(パチパチと炭の中で火が弾ける音)
「鉄板ももう温まっているみたい。じゃあ、お肉にお野菜、どんどん焼いてっちゃいましょう♪」
(食材を次々と鉄板に置いていく。ジュウ、という音が続く)
「んー、美味しそうないい匂い」
「そろそろ裏返してみましょうか……あっ、ちょうどいい焼き色! 焦げ目がいい感じで、美味しそうです」
「あ、この辺りはもう焼けてそうですよ。お皿に取りましょう」
(焼けている串を、二人で火から下ろしていく)
「あ、私の分の飲み物も持ってきてくれたんですね。ありがとうございます」
「じゃあ、乾杯っ」
(グラスのぶつかる小さな音)
(あなたも彼女も、皿を手に取る)
「ふふ、そうだ! 食べるの、ちょっと待って下さい」
「火傷しないように……ふー、ふー」
(お皿の上の串を手に取り、息を吹きかけて冷ます)
「はい、あーん♪」
(あなたの口元に串を差し出す)
「ふふ、真っ赤になっちゃって……可愛い」
(意を決してぱくりと一口食べる。熱くて口の中ではふはふする)
「あ、まだ熱かったですか? じゃあ、もうちょっと……ふー、ふー」
「あーん」
(差し出された串を食べる。今度はちょうどいい温度)
「美味しい? ふふ、良かったです」
(別の串を手に取り、ふーふーするあなた。彼女の口元に差し出す)
「えっ、私にもしてくれるんですか?」
「あーん……」
(あむあむと食べる彼女。食べ物を飲み込むと、照れたように笑う)
「えへへ、ちょっと恥ずかしいですね……でも、嬉しい」
(しばらく食事を堪能する。ジュウジュウと食材が焼ける音と、炭のはぜる音)
(フェードアウト)
(食材の焼ける音はなくなり、炭のパチパチ音だけが聞こえる)
「んー、お腹いっぱい! 美味しかったですね、バーベキュー」
「食後には、やっぱりコーヒーですよね♪」
(火にかけていたケトルから、カタカタボコボコと沸騰音)
「お湯も沸いたみたいですね。ハンドドリップ用のポットにお湯を移して……あ、やってくれるんですか? 嬉しい! 火傷しないように気をつけて下さいね?」
(ケトルのお湯をポットに移していく。金属の鳴る音と、お湯を注ぐ音)
「ありがとうございます。余ったお湯は、カップを温めるのに使いましょう」
「フィルターをこうして二箇所折ったら、ドリッパーにセットします。フィルターを少量のお湯で湿らせて、器具にくっつくようにして」
「コーヒーの粉を入れたら、真ん中あたりに少量のお湯をぐるり。しばらく待ちます」
(ポットを置くことりという音)
(初めてカウンター席に座った時のことを思い出して、あっと声を上げるあなた)
「そう、蒸らしの工程です! 前にお話ししたこと、ちゃんと覚えててくれたんですね。えらいぞ〜♪」
(いい子いい子、と頭を撫でて褒めてくれる)
「蒸らしが終わったら、上からそーっと、のの字を描くようにお湯を注いでいきます」
(ポタ、ポタ、パタパタパタとドリップが落ち始め、少しずつ勢いを増していく。金属のカップにドリップが落ちる音)
「ドリップのスピードを見ながら、早すぎず、遅すぎず。コーヒーが落ち切る前に、次のお湯を注ぎます。湯量の調節も大事なんですよ」
(ポットをテーブルに置く音)
「そして最後に……ラストの数滴が落ち切る前に、ドリッパーをカップから外します。そうすると、アクが入らずクリアな味になるんです」
(カチャカチャと、カップからドリッパーを外す)
(彼女に質問をするあなた)
「え? そうなんです、紅茶とは逆なんですよ。紅茶の場合は、最後の一滴がゴールデンドロップと言われますよね」
「はい、できました! どうぞ召し上がれ」
(カップの周りを拭いて、差し出す彼女。あなたは早速、コーヒーを飲む)
「あなたって、いつも美味しそうにコーヒーを飲んでくれますよね」
(隣に座ってじっとあなたを見つめ、優しい声色で呟く彼女)
「私の話した他愛ないことも、ちゃんと覚えててくれたし」
「真面目で、穏やかで、優しくて。私やお店のために、色々考えてくれて」
(聞こえるか聞こえないかぐらいの囁き声で)
「――大好きです」
(通常の声量に戻って)
「えっ? もう一回? どうしよっかなぁ〜」
「あなたの気持ちも聞かせて? そしたら、言っちゃうかも」
(正直に気持ちを伝えるあなた)
「す、す、好き?」
「――本当ですか?」
(嬉しそうに両頬に手を当てる彼女)
「好きじゃなかったら、デートに誘ったりしない……そうですよね、あなたはそういう人ですね」
(あなたの肩にもたれかかる彼女)
「ふふ」
(先程よりもはっきりした声で)
「好きですよ」
(肩にもたれたまま、耳元に唇を近づける)
「好き。大好き。世界で一番、だーい好き」
(あなたから視線を外し、正面を向く)
「お仕事の日も、そうじゃない日も、毎日あなたにコーヒーを淹れてあげられたらいいな」
「ふふ。困らせちゃいましたか? 冗談ですよ♪」
(明るい声で言うと、肩から頭を離す。あなたの顔を正面から覗き込む)
「――でもいつか、本当にそんな日がくるのを、夢見てもいい……ですか?」
(目を潤ませて、首を傾げる彼女)
「ふふ。いつまでも、待ってます」
(誤魔化すようにコーヒーを飲んで、咽せて咳き込むあなた)
(大丈夫ですか!? と背中をトントンする音。そのままフェードアウト)
(番外編・完)
【ASMR】街で見つけた喫茶店で、仲良くなった店員さんがコーヒーを淹れてくれる話 矢口愛留 @ido_yaguchi
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