五杯目 自分好みの喫茶店で、末永く



(街の人たちの楽しげな話し声と、クリスマスミュージックが流れている)


(扉が開き、カランカランとベルが鳴る音。CLOSEDと書かれた札がカタカタと揺れる)


「あっ、こんにちは♪ お約束通り、来てくださったんですね」


(扉が閉まる音。パタパタと弾む足音が近づいてくる)


「どうですか、見違えたでしょう?」


「……って、そうですよね。客席は照明と床板を変えたぐらいで、そこまで変わってないですもんね」


「でも、外から見たら、すごく変わったでしょう? 焦茶色だった壁は、木目を活かしながらナチュラルな薄茶色に塗り直しました。窓もすりガラスから透明なガラスに変わって、かなり開放感が出たと思います」


(閉まっていたカーテンを開ける音。外からたっぷり光が入ってくる)


「メニューボードも一新したんです。絵の得意な友人にお願いして、折りたたみ黒板に、カラフルなチョークで黒板アートを描いてもらいました」


(パタンと黒板ボードの脚を開き、床に置く音)


「外にはプランターとベンチを置いて、扉もガラス面積が大きいものに変えて……でも、ドアベルはそのままなんです。あの音色が気に入っているので」


「でも、一番変わったのはカウンターの中です。サイフォンにミル、ドリップマシンを目立つところに並べて、見せる形に。それに……」


(ワクワクした声色で)


「ついに、エスプレッソマシンが来ました!」


(指をひらひらさせながら、ばばーんと口で効果音を言う店員さん)


「早速なんですけど、カフェラテ、召し上がりますか?」


(うなずいて、カウンターのいつもの席に座るあなた)


「ふふ、ラテアートも練習したんですよ。とは言っても、まだハートしか作れないんですけど」


(エスプレッソマシンからホルダーを取り外す。銀色の袋に計量スプーンを突っ込んで、既に挽いてあった粉をガサガサと取り出す)


「エスプレッソには、深煎りのコーヒー豆を使います。細挽きにしたものをホルダーに詰めて、タンピングします。この加減が難しくて、何回も失敗しました」


(タンパーでギュギュッとコーヒーの粉を押す。はみ出した粉を拭き取り、ホルダーをエスプレッソマシンに慎重にセットする)


「次は、スチームミルクを準備します」


(スチームピッチャーにミルクをトプトプと注ぐ)


(布を手に、エスプレッソマシン付属のスチームノズルに触れる。一度蒸気をシューッと抜いてから、ピッチャーをセットする)


(ミルクが温まる、キーンという音)


「自動で蒸気が出てミルクを温めてくれるんですけど、その蒸気をミルクの表面にうまく当てるようにすると……」


(キーンという音が、チリチリという軽やかな音に変わる)


「このチリチリがボコボコになると、泡が大きくなりすぎちゃうんです。これも難しいんです」


(ミルクを温めながら、エスプレッソの抽出ボタンを押す。ミルクの温度計を確認して、スチームを止める)


「ミルクは熱くしすぎず、途中で止める方が甘くて美味しいんです。エスプレッソの抽出時間も……うん、ちょうど良さそうですね」


「次は、温めたカップにエスプレッソを入れて、泡立てたミルクを注いでいきます」


(カップを傾けて、思い切りよく、ピッチャーからミルクを注いでいく店員さん。徐々にカップの角度もミルクを注ぐ速度も緩めていく)


「泡が白く丸くなるようにしたら……最後に、ヒュッと」


(素早くピッチャーを引くと、茶色いコーヒーの上に、綺麗な白いハートが現れる)


「うまくいきました! 良かったぁ」


(カップを目の前に置く音)


「上手ですか? えへへ、お客さんに褒められたくて、いっぱい練習したんです。頑張った甲斐がありました」


「え? そうですよ、あなたに出したのが初めてです。ハートを最初に贈るのはあなたって、決めてましたから」


(顔を近づけて、照れた甘い声で。続けて、思い出したような声色で付け加える)


「あ、練習で失敗しちゃったのは、祖父母と……あと、両親にも飲んでもらいましたけど」


「え? 両親とはちゃんと話せてるかって? もちろんです、日本に帰ってきてるときは、必ずここに来ますからね」


(隣の席に座る店員さん。肩が触れ合いそうなほど近い)


「父と母にお店のことを相談できたのは、お客さんが、お店のリフォームを提案してくれたおかげです」


「父もこのお店で育ってきた人なので、潰しちゃうのはしのびなかったみたいで。リフォーム費用を出してくれて、本当に良かった」


(ふふっと明るく笑う店員さん。店内を見回す)


「お客さんが出してくれた案で、外は可愛らしく、中に入るとレトロな雰囲気が楽しめる、素敵なお店になりました」


「写真を撮ってSNSで宣伝したのも良かったようで、再オープン前からこの地域でちょっと話題になってるみたいです」


「バイトは、友人を中心にお願いして、何人か仮採用することにしました。混み具合とか、様子を見て本採用にするか考えようと思います。それから……」


(一度言葉を切って、耳元にさらに唇を近づける)


「それから……この席は、いつも、予約席の札を置いておくことにしました。だから……いつでも、来てくださいね」


(最後に行くにつれて、囁き声になる。続けて、さらに甘い声に)


「それと、お客さんのこと……これから、お名前で呼んでもいいですか?」


(こくこくとうなずくあなた。それを見て耳元で笑いをこぼす店員さん)


「嫌じゃない? 良かったです。……その、あの……私のことも、できたら下の名前で呼んでほしいな」


(店員さんの名前を、恥ずかしそうに呼ぶあなた)


「……ううん。さん付けも、敬語も、いらないよ?」


(吐息混じりのものすごく甘い声で。続いて、少し身体を離していたずらっぽく)


「ふふ、まだハードル高かったですか? でも、いつか、ね」


(夢見るような表情で、見つめる)


「――あ、そうそう! いいニュースがあるんです!」


(思い出したように。嬉しそうなワクワク声で、元気に)


「あの本、続刊が決まったんですよ! 予約して買うつもりなので、また、お貸ししますね」


「うんうん、嬉しい――えっ、今、私の名前……敬語も、やめてくれた……?」


(途中から、恥ずかしくて消え入りそうな声に)


「――本当に嬉しいです。ううん、嬉しいな」


(最後に、とびっきり甘い声で)


「これからも、末永くよろしくね? ――くん」


(店の外から楽しげなクリスマスミュージックが流れてくる)



(完)


✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚


 最後までお読みくださり、ありがとうございました♪

 ドキドキした、癒された、面白かった、と思っていただけましたら、★レビューや♡応援をいただけますと嬉しいです!


 それでは、皆様も良きコーヒーライフを♪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る