豚、旅立つ

 紅蓮鉱山サラマンディアを踏破し、堕ちた亜竜を退け、無事に下山を果たした俺達二人。

 そしてその翌日の翌日。一日休み、祝いも兼ねて多少豪勢に食を共にした次の日。

 俺達はギルドにてヘルナが受けた雑なナンパをあしらったり、堕ちた亜竜から剥ぎ取った素材の換金と分配を終えたりして、旅立ち前にヘルナと共に武器屋へと趣いていた。


「うわぁ……。こんなにたくさんの武器、すっごい……」


 飾られている業物に、そして雑に樽に詰められている剣に目を輝かせるヘルナ。 

 王城にいたのではまず縁のないであろう鉄の臭いに顔をしかめること一瞬、既に新米冒険者のように得物達に目を輝かせている様を人が見れば、どこかの王女だとは想像も出来ないだろう。

 

 ぶふっ、懐かしい。まるで旅に出たてな幼い頃のよう。

 斧を片手に村から出て、最初の街でああして武器を眺めていたら店主に邪魔だと蹴られたもの。

 ああいう雑多の中から稀に業物が出てくる可能性もあるものだ。時には作り手も知ることのない、精霊や神の加護すら宿った一品というものすらな。


「おうおう豚野郎。こりゃまた随分酷え有様じゃねえか。鉄でも斬ろうとしたのか?」

「そんな所だ。それでどうだ。直るか?」

「出来ねえとは言わねえが、一朝一夕じゃ不可能だな。ここはお前のためだけの店じゃねえからよ」


 童心に溢れるその姿を懐かしく思いながら、同じようにはしゃいだどこかの自分に重ねつつ。

 せめてその初めてを邪魔はしないようにと放置しながら、ひげ面の土小人ドワーフ店主と話を進めていく。

 まあ、分かっていたことだ。元々この剣は並以上であったものの所詮はただの鉄。俺が本気で剣を振るえば耐えきれない程度のものでしかなった。

 そんな刃にああも高密度且つ高純度の付与魔法エンチャントが乗ったのだ。一太刀成立しただけで十二分の成果だろう。


「前から気になってはいたんだがよ。おめえさん大剣の類は持たねえのか? 図体を考えりゃ、技で振るより力任せの剣の方が打倒だろう?」

「前も言っただろ? 俺が扱うのはそういう剣だと。……この身に似合わないのは承知だがな」

「ああまったくだ。だが悪くねえ。そういうやつがいるからこそ、鉄打ちってのは仕事に精が出るもんよ」


 店主は豪快に笑い飛ばしながら、「待ってろ」と俺に告げて奥へと引っ込んでしまう。

 がちゃがちゃと鳴る音。しばし掛かりそうだと判断し、樽の剣を掴んでは戻しているヘルナに側へと向かう。


「どうだ。良い剣は見つかったか?」

「あ、ピグスさん! 見てくださいよこれっ! ちょっとかっこよくないですか?」


 そうやって見せてきたのは、ごつごつとした薄汚れた灰色の刀身。

 おそらく打っている際に余計な空気やら不純物が混ざってしまったのだろう。俗に言う粗悪品というやつだ。


「悪くない目利きだ。買うのか?」

「いえ、そういうつもりは。わたしには立派な相棒がいますからね」


 ヘルナはそう言いながら剣を樽へと戻し、腰に携えた藍色の柄に手を置いて優しく撫でる。

 彼女の剣は細剣ではなく、杖剣という剣と杖の両方の役割を持てる特殊な剣だと彼女は言った。

 あの堕ちた亜竜との戦いの最中も抜いていたらしいのだが、生憎背中を向けていた俺はその刃を拝めていない。

 我ながら惜しい勇姿を見逃したと、少しばかり残念であったりもする。杖剣というのは、そしてそれを使いこなす御仁というのは滅多にお目にかかれる代物ではないからな。


「一本、普段使いに適当なのを選ぶといい。それと後で杖だな。旅の最中、その剣は流石に目立ちすぎる」

「うーん……やっぱりそう思います?」

「ああ。髪と瞳はそら似で誤魔化せるが、流石にそうも希少な業物を振るっていれば特別だと吹聴しているようなものだ」


 杖剣は貴重なものだ。剣として、そして杖として機能させるべく打たれた特殊な得物。

 それ故に存在自体が希少。使いこなせる人間以上に、それを作り出せる名工が少ないのだ。

 そんなものをこれ見よがしに振るっていれば、その価値に気付けるものの恰好の的だ。

 幸いにして杖剣も所詮は剣でしかなく、鞘から抜き真価を発揮しなければ見分けなどつかない。ここぞという場合以外は、適当な間に合わせを用意しておくのが得策だ。

 

「しかし一つ気になったのだが、どうせ偽るのなら素の方が変装になるのではないか?」

「あー。それは出来ないんですよね。……ここだけの話、バレちゃいけないのは素の方なんですよ」

「何故だ? 真偽はともかく、王族だと疑われる方が厄介そうなものだが」

「まあそうなんですけどね。……それでもなんです。本当に」


 俺の疑問に、ヘルナは何とも言えない顔で曖昧に笑うだけ。

 髪留めである魔術具と、変色魔法により姿を偽っている髪と瞳の色。

 世間での第三王女は他の王族と変わらず金と琥珀なのだから、隠すならそちらだと思ったのだが。

 まあヘルナは多少世間知らずではあるが馬鹿ではない。本人がそう言うのであれば、そこには相応の理由があるのだろう。


 ……しかし化けるのであれば、王家に縁づかない金でない方がいいと思うのだが。

 やはりこの娘、少し抜けているのか。或いはその金にが計り知れない想いが込められているか。俺のこの、無駄についた肉のように。

 

「おい豚野郎と嬢ちゃん! 話してないでこっちに来なっ!」


 しばらく樽の中から剣を物色していると、戻ってきたらしい店主の呼び声が聞こえてくる。

 俺だけじゃなくヘルナも呼ばれたので二人で戻ると、店主はごとごととカウンターに物を置いていく。

 無骨な剣に装飾のない腕輪に丁寧に削られた木の短杖、そして大きくカットされた紅色の宝石。


「これは?」

「守護石は前からの注文品。剣は間に合わせ、そして餞別だ。金払いのいい冒険者への旅立ちにな」


 俺に差し出されたのは剣と宝石。

 俺は死んだ剣の柄をカウンターに置き、代わりに差し出された剣を取り刃を眺め、それから数度ほど軽く振る。

 ……淀みのない、良い刃の色だ。以前よりかは少し重いが、俺が持つにはまだまだ軽すぎるほどだ。

 だがこの街で変えた中では最上。金で買うなら恐らく手持ちの大半を失うほど、少なくとも今置いた剣よりかは数段上であろう。

 だがまあこれでもあの魔法付与エンチャントに、そして俺の全力に耐えられるかは微妙なところ。だがまあ二節まで、剣技の一部くらいは解禁しても良さそうだ。


「刃には鉄と赤角鉄鉱アカアイアンと亜竜の逆鱗を練り混ぜた代物だ。お前の馬鹿力であろうと、しばらくは保つだろうよ」

「……感謝する。これほどの一振りならば、他の国であろうと剣筋が曇ることはないだろう」


 店主に感謝しつつ、もう一つの赤い宝石を取り懐へとしまい込む。

 これで旅の支度は整った。後はヘルナの剣と杖を手に入れ次第、この街ともお別れだな。


「こっちは嬢ちゃんにだ。剣は一本、そこの樽から好きなのを持っていきな」

「え、いいんですか?」

「ああ。俺の腕不足の詫びだからな。驕っていたとは言わねえが、まさかこの歳で剣一つで嘆くことになるなんざ思ってもみなかった。世界ってのは広いもんだな」


 大きく頭を下げたヘルナに、店主は心底嫌そうな顔をしながら手と首を振る。

 どうやらあの杖剣を前に、簡単な手入れしか出来なかったらしいことが相当に悔しいらしい。

 この土小人ドワーフはこの街に四つある鍛冶屋でも一番の腕だと思うのだが、そんな彼が触ることしか出来なかったというのだから、彼女の杖剣が如何な代物かよく分かる。


「うわー良い杖! 魔力伝達が軽快! 何の木で出来てるんだろ?」


 軽く杖を振り、種火や水、光を空に出しては楽しそうに笑うヘルナ。

 魔法が不得手な俺には杖の善し悪しなど分からないが、彼女が言うのであれば良い物なのだろう。

 杖というのは剣以上に値が張る。婆さんの意図は知るまいが、これで問題なく旅立てることには一安心だ。

 

「それにしても、杖とは意外だ。確かその手のは専門外だろう?」

「まあな。そいつは昨日、あのいんちきババアが置いていったんだ。もしもお前が女を連れてくるようなことがあれば、それを渡しておいてくれってよ」

「……なるほどな」


 ヘルナが手に持ったのは木製の杖。歪な形ながら、よく磨かれ、削られたのがよく分かる短杖だ。

 忌々しそうに語る店主の言葉に、俺もまたあのしゃがれた笑い声を思い出してしまう。

 ここまで読んでいるとは、相変わらず謎だらけな婆さんだ。仮に聞いていれば、俺にたらふく付いた肉の秘密すら教えてくれていたのだろうか。もちろん秘密なんてあればだが。


「それで豚野郎。次はどこに向かうって?」

「アーカラへ。そこからが、長い冒険の始まりだ」

「ああそうだろうな。内海へ、国を出るってならそれが一番堅実で冒険者らしくないな」


 俺の言葉に店主は支払った金貨を数えながら、納得したように首を縦に振る。

 まあ国から出る手段と言えば、大体はあの港からの出航だけ。後はあまりに非現実的すぎる、それこそ豚に羽が生えるって程度には。

 

「そんじゃあよ、次来るときに上手い干物でも持ってきてくれ。そしたら少しはまけてやるよ」

「ああ。伴侶でも見つけたらまた来るさ」

「へへ、そいつぁいつになることやら。土小人ドワーフでも待ちくたびれちまいそうだぜ」


 何ら特別でもない、軽い挨拶と悪手を交わしてからヘルナと共に店を出る。

 変わらない活気あるグルングルの街を少々名残惜しく思いながら、俺達は門へと向かっていく。


「ふんふーん。ふーん」

「ご機嫌そうだな。そんなに楽しみか?」

「ええ! もちろん! やっと自由な旅が始まるんですもの! 縛られず! 歩くだけでない旅が!」


 何かの鼻歌を歌いながら軽やかに隣を歩くヘルナに尋ねてみれば、それはそれは楽しそうに返してくる。

 どうやら相当に鬱憤が溜まっていたご様子。お付きの騎士は相当に規律と礼節を重んじる、良き王女の側仕えだったのだろうな。


 ……本当に同情するよ。この王女、豚な俺でさえ言えるほど結構なじゃじゃ馬だ。


「さあピグスさん! 冒険はこれからです! さっさと街を出て進みましょう! 世界がわたし達を待っていますよ!」

「……ああ、もちろん。だが走るな。まだ街すら出ていないのだから」

「はい!」


 聞き分けが良いのか悪いのか。だがまあ人も豚も、元気がある分には歓迎すべき点であろう。

 そうして今か今かと駆け出そうとするヘルナを窘めつつ、

 出会いは偶然だったが、中々どうして悪くない。何せ広大な世界を巡るのだ、共にあるならやかましいくらいが丁度良い。豚には少し、似扱わしくない金の華ではあるがな。

 

「そうだ。国に出された捜索願、取り消してもらえないだろうか」

「あー。まあお手紙は出しておいたので大丈夫ですよ! 大丈夫ですって! 」

「……不安だな。まあ、戻る頃には剝がれている、そう信じておこうか」


 安心出来ない笑顔にやれやれと首を振りつつ。

 今はそれでもいいとひとまずだけ納得しておくと、この鼻に香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「あ、ピグスさん! あれ買っていきましょう! 歩きながら食べられますよ!」

「……そうだな。俺も食べたいと思っていた。ぶふっ」


 旅立ち前の挨拶と、この街の最後を締める食事にはもってこいだと笑みを浮かべ。

 そうして先を走るヘルナの背を眺めつつ、ゆっくりと彼女を追いかけるように歩を進めていった。

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豚面の冒険者である、だが豚ではない わさび醤油 @sa98

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