EuLy《ゆぅりぃ》・おねえちゃんの妹《およめさん》になりたいです！

勇者の娘は、厄災《いもうと》に恋をした。3

　液化したコタの身体を飲み干して神社へと向かうミオ。彼女との約束どおり時が巻きもどり樹海に迷いこむ直前まで世界がリセットします。意を決して再び樹海へと踏みこむミオでしたが中は様子が変でした。

　燃えさかる木々。禍々しい魔力の奔流。契約によってリセットされたのはミオだけではなかったのです。大厄災の爆心地。千年前の光景。彼女たちは初めからそのつもりでミオと契約したのです。

　樹海の要石たるコタの還元を以って大厄災『オミナヤマノクラゲヒメ』は起動します。崖から落ちて大怪我を負いながらも樹海最奥の神社へと向かうミオ。

　行かせまいと沸き立つ呪詛が大地と空を蝕んでいきます。本来の針子たるコタの姉に及ばずとも。それは彼女たちホムンクルスの行き場なき愛情と渇望の叫びでした。

　概念着床体オミナヤマノクラゲヒメ『Vrge[M1]』は樹海霊脈と直結した星湖の人災。この地と人々の無念が撚り合わさったカミサマ。ミオの拙い魔力と偽りの針子を以って再び受胎したそれは本来の力と比べれば遥かに弱まっていました。だからこそ彼女たちは恐れたのです。愛を。生を。己を。

　凄まじい厄災の暴威と樹海の濃霧をこえて神社についたミオは祭壇に自分の身を捧げます。水面のむこう側。そこは神が棲まう領域。虚数域最深部『マヨヒバラ』でした。

　浅い水面と霧そして朱塗りの残骸や蓋のない香箱が無造作に散らばる心象風景の地。うずくまるコタはミオに気づくと笑顔で手を伸ばしました。

　液化した身体にやどり戻ってきたコタは大厄災オミナヒメと正面から対峙します。比に値しない力の差。本来ならば対峙することすら能わない極致の存在。しかし向き合う強さを知ったコタにこれまでのような無力感と恐怖はなくただ全てがありのままに見えていました。

　コタは幼い日の夢を思い出します。繋がるミオへと流れ込む記憶。それは彼女を良しとしない神官たちよりひとを不幸にする厄災と貶められ偽りの神性として姉を処分され理不尽にも棄てられた過去でした。

　利権。崇拝。搾取。忌避。ひとの醜さは承知。何より恐怖のまま厄災となった己の恐ろしさも。

　けれど。大好きなミオが教えてくれたのです。誰もが同じように苦しんでいることを。そして己の恐怖に向き合うことの大切さを。

　激しい魔力消費で揮発する身体を推して立つコタは禁忌と嘯かれた本来の力を解き放ちます。最高位の恣意紡績『糸つむぎ』を撥弦するコタは大厄災の虚数域へと侵食しオミナヤマノクラゲヒメの思念体に接触しました。

　それは祝福されない生とその道行を恐れ悪戯にその苦しみ全てを別の己へと委任してきた少女たちの成れの果て。孤独に耐えかね産み落とされ棄てられた無辜の変異体。オミナヒメは凄まじい自己嫌悪の言葉そして救いを求める激しい叫びをコタにぶつけました。救いなく。つらかったのです。

　混乱し苦しむオミナヒメをありのまま受け容れ抱きしめるコタは穏やかに彼女の妹炉を取り込みました。たったひとりの少女を守るため己の生を犠牲にしてきた小さな勇者に伝える感謝。

　編みあげられた呪詛が散るようにオミナヤマノクラゲヒメは美しい花弁となって縫解し始めます。そして全ての気力を使い果たし限界を迎えていたコタもまた白雪にその身を。残されたミオは自らの宿命を肩代わりしたまま去っていった優しくも愚かな少女のボトルをひとり握りしめました。

　虚数域。冥界ワタシミ。大好きな実姉リタの胸に抱かれて目を覚ましたコタは安堵と渇愛のままに強くリタを抱きしめました。泣きじゃくる妹をよしよしとあやしながら激動の生を全うした彼女を受け容れるリタ。

　けれどリタは困ったように微笑みます。後方を見るよう標されたその暖かな目線の先には涙を堪えながら立つミオの姿がありました。リタはコタを優しく推し戻し目一杯の笑顔を見せつけました。ともすれば命を奪ったとも言える妹に向けて贈られるそのどこまでも力強く眩しい笑顔は彼女を想う姉の深い愛と在り方の証明でした。

　祝福。祈り。そして自身の選択。かつて妹がそうしたように亡き姉の幻影と別れを告げるコタは冥界を後にしました。

　迷い癖のある困った少女を見送ったあと。理不尽に処分されながらも生きようと懸命に自分の虚数域へと侵食してきた最愛の姉を生かすため自身の未来を譲ったあの夜のことを想いながら本来のコタは冥界の濁った空を見上げ切なく微笑みました。

　正面から向き合って立つミオとコタ。これで契約は満了です。置換術が解かれ本来の姿にもどったミオは寂しげに微笑むコタを目一杯の力で抱きしめました。青白い頬を赤く染めて号泣するミオ。新たなスタートラインに立った二人の少女はこの美しくも残酷な世界を歩み始めるのでした。

　Alter-M-328v9.3──。これまで少女たちを須く縛り続けてきた昔年の呪詛は今を生きる者たちを祝福する希望の標となって彼女たちの生を照らしつづけていく。病や境遇に涙を流しながらそれでもただありのまま今を駆け抜けつづける平凡で優しい少女たちを。