ブラックベリーシンドローム

帆尊歩

第1話 

「なんだこれ」と僕はすぐにイヤホンをとった。

「な、凄いだろう」と研究室の同僚、坂本が言う。

「いや、これは」

「まだ実験段階だけれど、いけると思うんだ」

「この感覚は、エクスタシーという事か?」

「イヤそこまではいかない。どちらかといえば、もの凄くかゆい所を爪で掻いたときの気持ちよさ程度だ。でもこの周波数を、音源や映像に入れ込めば、知らずに微細な快感を得られ、常習性を植え付けることが出来る。周波数だから、人体に残るものはない」

「いや、これ、ヤバいだろう」

「しょうがないさ、見つけたんだから」

「教授には?」

「言っていない。手柄を盗られるのがオチだ」

「じゃあ、なんで僕に言う」

「君はミチルちゃんのことがあるからさ」

「だから?」

「復讐したいと思わないか」

「復讐って?」

「この周波数を練り込めば、常習性を植え付けることが出来る。そうすれば携帯依存者が増えて、社会問題化、ミチルちゃんを自殺に追いやった依存症を止めることが出来る」

「いや」

「いいか、これを広告や動画に練り込めば、閲覧数を稼げて、莫大な金を手に出来る。それをあえて、君に託そうとしているんだ」


妹のミチルが命を絶ったのは半年前だ。

元々引きこもりだったミチルは、自らの生きる世界をネットの世界に求めた。

SNSはミチルの生きる全てだった。

ミチルのリアルは薄暗い部屋で、風呂にも入らない半裸の異臭を放つ、二十三歳の娘だ。

でもネットの中では、フォロワーを数多く持つアイドルだった。

でも攻撃が目立つようになり、ネットの世界に嫌気がさしたミチルはリアルに帰ろうとした。

でもそこは薄暗い引きこもりの部屋で、風呂にも入らない、半裸の異臭を放つ自分の姿だった。そのギャップにミチルは耐えられなくなり、自ら命を絶ってしまったのだ。



まず僕は、一つの音源を作った。

音楽なんか作れない僕は、AIに適当な曲を作らせた。

そこにあの周波数を練り込んで、SNSや動画にアップした。

当然軽度のエクスタシーを感じるので話題になる。

そこで僕は、音源を著作権フリーにして公開した。

すると様々な人が個人のショート動画のBGMで使用するようになった。

この音源を使うと、PVが増えるということで、さらにみんなが使うようになった。

しまいには個人のショート動画には言うに及ばず、企業広告にも使われるようになった。世の中のショート動画のBGMはほとんどが僕の音源になったのだ。


一年後。

ブラックベリーシンドロームと称される携帯依存は、無視できないくらいまで広がり、政府は本格的に規制に乗り出した。

この状況は僕が作った音源による物だということは割と早いうちに特定されたが、その中の何が影響しているのかまで分かる人間はいなかった。ただよく分からず僕の音源を規制したが、こんな物いくらでもコピーが出来るので、決して無くなることはなかった。

ただ社会問題化して来たので、僕らは全てから手を引いて、決して僕らにたどり着かないようにした。


電車の中で女子高生が、失禁した。

それを皮切りに、所構わず、失禁する人間が出てきた。

そして人前をはばからず、よだれを流してあきらかなエクスタシーに陥っているように見える人が増えていった。

これが僕の音源による物だというのは明らかだったが、こんなに強い効果はないはずだった。

その時になって、世界は作成者捜しが始まったが、巧妙に隠したせいで、僕らにたどり着くことはなかった。


坂本と連絡が取れなくなったのはそんなときだ。

大学に来なくなった。

僕は何度も電話をかけたが、出ることはなかった。仕方なく僕は坂本の家に行って見る事にした。

一ヶ月経っていた。

呼び鈴を押しても応答はない。

普通ならここで帰るが、僕は嫌な予感がして、携帯を取り出し、坂本の携帯に電話をした。

そして耳を澄ませる。

中から着信音が聞こえる。

「坂本、いるんだろう」僕はドアを叩いた。

そしてノブを回す、鍵はかかっていなかった。

「坂本、いるんだろう」僕は中に入り部屋に上がり込んだ。

部屋は排泄物と、その他の分泌物のまじった匂いが充満してた。

ほぼ裸の坂本が横たわっていた。

明らかに衰弱している。

「これは」

「ああ、来てくれたのか」

「なんだこれ」

「君に伝えなければならないことがある」

「えっ」

「あの周波数は軽度の快感をもたらすだけの物と思っていたが、常習性と共に、効果が増大していく事が分かった。

聞き続ければ本当のエクスタシーを感じるようになる。

脳に直接働きかけるから、終わりがない。君もきをつけろ」

「きをつけるって」そして坂本は気を失った。

僕はたまたま尋ねた同僚として救急車を呼んだ。病院まで付き添ったが僕は単なる同僚として、なにも知らないことを貫き通した。


坂本のような人間がこれから増えることは明らかだった。

事実、道ばたで、座り込み失禁をしながら、明らかにエクスタシーを感じているように痙攣を起こす人間が増えた。

復讐がいき過ぎたかもしれない。

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ブラックベリーシンドローム 帆尊歩 @hosonayumu

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