第12話 プロポーズ



 伯爵親子は無事に再会を果たすことが出来た。

 ルイ君は伯爵にしがみついてわんわんと大泣きし、崖から落ちかけた話を聞いた伯爵も目元を赤くして、息子を力いっぱい抱き締め返した。


「お父様、逃げ出してごめんなさい!! ボク、もうお父様が再婚するのを反対なんかしないから……っ、だから……!!」

「いや、もういいんだ、ルイ。私が浅慮だったのだ。子供には新しい母親が必要だろうと思ったが、私たちはまだ、エリアーデを失った悲しみと向き合って過ごすべきだったのだろう」


 エリアーデとは、亡くなった伯爵夫人のことのようだ。ルイ君は「……はい!」と頷き、伯爵の胸に深く顔を押し付けて泣き続けた。


 親子愛を感じる光景に胸が温まるが、二人の家族として私があの輪に入ることはなくなってしまったのだと思うと、少し寂しくもあった。


「……このお見合いは完全に破談みたいね、アンネロッテ」

「でも、スノウ様のためにもこれでよろしかったと思います」

「何故ここでスノウの話になるのかしら?」


 意味が分からなくてアンネロッテに問いかけたが、彼女は神妙な顔で「これ以上は、未来の雇い主のために黙秘いたします」と答えるだけだった。


 暫くすると、伯爵の腕から抜け出してきたルイ君がこちらに駆けてきた。そういえば彼に拾ったブローチを渡せていなかったのでちょうどいい。

 私が待ち構えていると、ルイ君は泣き腫らした顔に晴れやかな笑みが浮かべていた。


「ルティナお姉さん、あのね!」

「はい。いかがいたしましたか?」

「お父様はお母様のものだからあげられないんだ。ごめんなさい」

「ああ、そのことでしたらお構いなく……」

「だから、代わりにボクがルティナお姉さんと結婚してあげる!」


 五歳の少年からのあまりにも無邪気なプロポーズだった。

 うっかりルイ君の可愛さにほだされて承諾してしまいそうになったが、スノウとの約束を思い出す。それに、冗談でも十三歳も年上の女と結婚の約束をすることはルイ君の将来のためにならないだろう。


「ルイ君が大人になってもまだ私と結婚してもいいと思ってくださるなら、その時に考えましょう」

「え? どうして大人になるまでダメなの?」

「結婚出来るのは大人だけだからですよ」

「ふーん」


 なんだか納得のいかない表情をするルイ君の胸元に、私はブローチを付け直す。

 ルイ君はブローチを見て、「あ! お母様がくださったブローチだ! ボク、落としたことにも気付かなかったよ。拾ってくれてありがとう、ルティナお姉さん!」と、すぐに意識が結婚から逸れた。嬉しそうにブローチを弄っている。


 その後、私の父と伯爵で話し合い、お見合いはその日の内に正式に破談となった。





 それにしても、ルイ君を助ける時にまた魔法が使えるようになったのはどうしてかしら?

 試しに一人で魔法の練習をしてみたが、上級魔法や中級魔法はまったく使えなかったが、初級魔法に限ってなら少しだけ使えるようになっていた。どうやら魔力がほんのちょっとだけ戻ったみたいだ。


 スノウと父にすぐに報告しようと思ったが、夕方にスノウが屋敷に帰ってくると、彼は「お義父様、男同士の大事なお話があります」と言って、父と執務室に籠ってしまった。なんだかスノウは酷く緊張した様子で、父は微苦笑していたけれど、一体何を話し合っているのかしらね?


 先に夕食を食べるのも寂しいので、食堂で二人を待っていると。

 いつの間にかきっちりと正装に着替えたスノウが、大きな花束を抱えて食堂に現れた。後ろから父も登場する。


「私、まだお誕生日ではないはずなのですが……?」

「それは知っているよ、義姉さん」

「では、もしかして、出戻りサプライズパーティーでしょうか?」

「ルティナ、それはパーティーを開くような祝い事ではない」


 私の予想は間違っていたらしい。スノウと父からそれぞれツッコミを入れられた。


 では一体何故、スノウが花束を持っているのだろうと考えていると、彼が私の前で跪いた。


「ルティナ・エングルフィールド公爵令嬢、あなたを義姉ではなく一人の女性として愛しています。どうか僕と婚約してください」


 あまりにも予想外なスノウの台詞に、私は暫し固まった。冗談だと笑ってしまいたかったが、スノウは真剣な表情が浮かべ、父や給仕として控えているアンネロッテからも緊張感が漂っていた。ルイ君のプロポーズの時とはまったく違った。


「……私とスノウは姉弟で」

「僕たちは義姉弟で、初めから血なんて随分遠いよ。それは僕を断る理由になんかならない」

「あ、あなたは、私と結婚しなくてもエングルフィールド公爵家を継ぐことが出来ますよ?」

「だから、義姉さんを愛しているって言ったでしょ。この家を継ぐための打算なんかじゃない。他に懸念材料は?」


 義弟から突然女性として愛していると言われても、驚き過ぎてプロポーズを受け入れたいのか、断りたいのかも分からない。そもそもスノウは、一体いつから私のことをそんなふうに思っていたのだろう? 私のどこを好きになったのだろう? そんなことばかり考えてしまう。

 ただ顔を真っ赤にして答えられずにいる情けない私の姿を、スノウの前で晒しているだけだ。


「……義姉さんはお義父様に『魔力が激減した私でも嫁にもらってくれるという方がいるなら、性格に難ありでも、歳の離れた相手でも、後妻でも、なんでもいいです』なんて言ったらしいね」

「え、あ、はい」

「それなら僕でもいいでしょ? 自分で言うのもあれだけれど見た目は悪くないし、一時は義姉さんに冷たく接してしまったけれど、難ありってほどの性格じゃない。年齢は一つしか違わないし、まだ未婚だ。それに何より、義姉さんの魔力量が激減しようと、どんな義姉さんでもいいから、あなたが妻にほしい」


 確かに私は父に言った。こんな私でも嫁に貰ってくれる方がいるのなら、条件が悪くてもいいと。

 でもそれは、スノウを確実にエングルフィールド公爵家の後継者にするために屋敷を出たいがためであって……。ああ、でも、私がスノウと結婚してしまえば、後継者問題に火が付くことはないのかしら? 私は直系の実子ですし。ああ、でも、想定外の選択し過ぎて……!


 まったく考えの纏まらない私に、スノウは花束を押し付けてきた。反射的に受け取ってしまう。


「とにかく義姉さん、これから僕という選択肢について考えてほしい。義姉さんが承諾の結論を出してくれるまで、何度でも挑むつもりだから」

「それでは、どんなに考えても、私とスノウが結婚する未来しかないような気がするのですが……」

「そうだよ」


 スノウはあの見慣れない甘い笑顔を再び浮かべて、私にこう言った。


「これからはもう遠慮はしないよ、義姉さん。僕はずっとあなたが好きだった」


 私は慣れない状況に頭を悩ませ、脳みそが破裂しそうになっていた。顔もずっと火照っており、そろそろ限界だったのだろう。フッと視界が真っ白になり――花束を抱えたまま気絶してしまった。


 アンネロッテから後から聞いた話では、大層慌てたスノウが私を抱え、部屋まで運んでくれたらしい。


 私はベッドの傍に飾られた花束を眺めながら、夢ではなかったのだな、と頭を抱えた。

 そういえば魔力が少し戻ったことを夕食の際に報告する予定だったのだが、スノウのプロポーズのせいで自分でも度忘れしてしまっていた。





「……あら? ペンダントのこんなところに傷なんてあったかしら?」


 アラスター王太子殿下との婚約披露パーティーに向けての準備をしていたマデリーンは、ふと、自分の胸元にぶら下がっていた雫型のペンダントを手に取り、首を傾げる。


 ペンダントの中央を飾る大粒の薄紫色の石は、高ランクの魔獣の体内から採れた最高級の魔石だ。魔道具を作る際に使用されたり、貴族が装飾品にしたりするので、かなり高額だ。マデリーンが父にねだってやっと買ってもらったものである。

 高額だからではなく、別の理由からペンダントの扱いには気を付けていたマデリーンだが、陽の光が良く当たるところで見ると、魔石に小さな傷が見えた。


(扱いに気を付けていたけれど、どこかにぶつけたかしら? 買った時に商人から『高ランクの魔獣から採れた魔石だから、高い硬度を誇る』と言われていたのに……。まさか紛い物だったとかじゃないわよね?)


 想定外の出来事に苛立ちを感じ始めたマデリーンだったが、城の侍女から「マデリーン様、婚約披露パーティーのドレスの件でデザイナーが城に到着いたしました。客室でお待ちです」と声を掛けられると、淑やかな微笑みを浮かべて顔をあげた。


「分かったわ。今参ります。ちなみにアラスター殿下はご一緒に……? 殿下の衣装とデザインを合わせなければいけないでしょう?」

「殿下は今朝方新しい討伐依頼が入り、そちらへ向かわれました。殿下の衣装はすでに専属従者がお決めになったので、マデリーン様はそれに合わせてデザインしたドレスの中からお選びになられれば問題ないとのことです」

「……あら、そうでしたの。ドレスを選ぶのが楽しみだわ」


 マデリーンの口元が一瞬引きつったが、すぐにまたいつもの可憐な表情に戻る。


(せっかくアラスター殿下の婚約者になれたのに、ご本人にはなかなか会えないのよね。衣装決めの時くらい、殿下とお話し出来ると思ったのに。これでは殿下との距離を縮められないじゃないのよ……)


 アラスター殿下に会えないのなら、せめて他家の婚約者たちに牽制をしたいと考えていたが、そちらのほうも上手くいっていない。どうやら婚約者たちも忙しく国内を飛び回っているらしく、城内にはあまり滞在していない様子だった。


(殿下に私の有用性を認めさせて、最愛の寵妃になり、他家の婚約者を城から追い出す。たったそれだけのことなのに、全然計画が進まなくて嫌になっちゃう。ルティナを追い落とすのははあんなに簡単だったのに。……まぁ、ルティナは元から騙しやすい女だったけれどね)


 内心でルティナを嘲笑うマデリーンであったが、そんなことはおくびにも出さず、今日の予定をこなすために部屋を出た。




【あとがき】

中編コンテストに応募中のため、ここで第1章完結とさせていただきます。

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婚約破棄された令嬢ですが、冷たかったはずの義弟から実はド執着されていました 三日月さんかく @mikazukisankaku

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