第36話:夕飯と
「いらっしゃいませー! あっ、奥の席にどうぞ―」
ひな鳥の巣に入ると…………今更だが、ひな鳥の巣に入るって酷い語感だな。
とりあえず入り、朝と同じ席に座る。
「あれ? そちらの方はシラキリちゃんか、ライラさんの友達の方?」
メニューを持って来たレイラは、ミリーさんを見ながら首を傾げた。
笑いそうになってしまったが、仕方のない事だろう。
しかし、シラキリはちゃんだが、ライラはさんなのか。
ライラの威厳を前にすると、ちゃんと呼ぶのは憚られるからな。
「いや。冒険者ギルドでの先輩だ。年齢は……」
「これでも二十一なんだけどねー」
「え、うっそ! 私より年上なんですか!」
二十歳を越えていたのか……若いには若いが、見た目はどう頑張っても十四歳くらいにしか見えないんだよな……。
とりあえず年齢の話題は争いしか生まないので、さっさと話題を変えてしまおう。
「少し遅めの時間に来ましたが、大丈夫でしたか?」
「大丈夫です。営業時間はまだあるけど、この時間は早めに飲んでいた人達が締めに寄る位だから。注文はどうしますか?」
店内は前回や朝と違い、結構空いている。
アイリもレジの近くで暇そうに欠伸をしていた。
今日は少し重めなものを頼むとしよう。
懺悔室で頑張ったしな。
「そうですね。私はデイラッシュの香草和えと摘まめる物を少しお願いします」
「私も同じ物をお願いします!」
「我はカルボナーラと焼き魚定食。それとエールを」
「肉系のお任せで。それと、ビールで」
あ、俺も酒を頼めば良かったか……いや、今日は止めておくか。
仮に飲むにしても、話をしてからだ。
レイラは「それではお待ちください」と行ってから、厨房へと向かっていった。
「馬車の中で話していて思い出したんだけど、三人は学校とか行かないの?」
がっこ……こう?
そう言えばオーレンは学校だが学園だかに通っているとか言っていたな。
既に青春なんて十年位前のものだし、今更若い子達の中に入って学校生活をするのはただの拷問だ。
だが、シラキリやライラには通ってもらうのもありだろ。
知識は必ず力となる。
知っているのと知らないのでは、何かあった時の行動や考えに影響を与える。
「そうですね。私は大丈夫ですが、シラキリやライラには通って欲しいですね」
「がっこう……ですか?」
「うん。この都市限定で言えば、子供の八割はどこかしらで一度は学んでいるね。文字の読み書きができるだけでも、出来る仕事は増えるからね」
男として若返っていたなら考えたかもしれないが、この身体でもう一度学校に行くのはただの拷問でしかない。
有り得ないとは思うが、俺の精神は徐々に染められていっている。
男として男に恋などしたくはない――だが、人の心は不確かなものだ。
俺が俺という保証はなく…………落ち着こう。下手な思考は自分の首を絞めるだけだ。
「我は誰が何を言おうと行かんぞ。まちがいなく問題が起こるからな」
「どういう事ですか?」
これまでで一番明確な拒絶。
ライラが問題……を起こすのは想像できるが、そこまで拒絶するほど嫌なのか?
苦虫をすり潰した様な、やるせない様な表情をした後に、大きくため息を吐いた。
「知らぬのならば、そう思うだろう。折角だ、少しだけ我の事を話そう。どうせ調べれば分かる事だからな」
「はい?」
「これだけ雑多な人種が居る中で、我と同じ様な髪をしてい人間を見掛けたことがないだろう?」
確かにメッシュが入っていたり、二色程の色が入った髪の色をしているのは見たが、ライラの様に美しいグラデーションは見たことがない。
「我の髪はな。強すぎる魔力に身体が耐えきれず、無理矢理体外に放出する関係でこうなっているのだ。そして、この髪はとある国では禁忌の象徴となっている」
「帝国の隣にある、ユランゲイア王国。そこは、過去にたった一人の人物により、滅び掛けたんだよね。その人物は、ライラちゃんと同じ髪の色をしてたってわけ」
なるほど。学校にその王国の人間が居れば、ライラにその気がなくても問題が起こるって訳か。
「我が調べた限り、ユランゲイア王国以外では観測されておらず、何故生まれてくるのかは分かっていない。まあ、産まれても直ぐに殺してきたらしいので、調べてもいないのだろうがな」
「それは……」
「我が生きているのはある意味奇跡かもしれないが、あの国の毛嫌いようは常軌を逸している。運よく今の所王国の人間にあっていないが、もしも会えば確実に問題となるだろう」
そう言い切り、ライラは見捨てるならば今の内だ、と呟いた。
思った以上に重い内容だな……。
今話した話と、ライラと初めて会った時の事。それとこれまでライラが見せた知識や行儀から察するに、間違いなくそのユランゲイア王国の貴族なのだろう。
しかも命を狙われている……か。
ライラの戦力は魅力的だが、一緒に居れば俺やシラキリも命を狙われる事だろう。
合理的な判断として、ここでライラを見捨てるのが正解だろう。
しかし……ふむ……俺も、俺じゃない何かも不条理を受け入れるのはつまらないと言っている。
ライラ個人が悪いのならば、見捨てるのもありだろう。だが、他からの。しかもただの悪意によって見捨てるのは少し違う。
いや、落ち着け。生きるためにはライラ見捨てるのが正解だ。それが普通で当たり前の筈だ。
営業をしていた時もそうだ。金額が上がり、品質が落ちるならば他社に乗り換えるのが普通だ。
リスクとリターン。死と生。違えてはいけない。
だが今は一旦見送ろう。時間はまだあるはずだ。それに、シスターを名乗っている者が人を見捨ててはいけない。
「見捨てるなんて事はしませんよ。それよりも、いっその事返り討ちにしてしまいましょう。イノセンス教は人との和を大事にしますが、戦いを非とはしません。戦わなければ、得られない事もあります。それに、無理強いをする気はないです」
「ふっ。物騒な教義だ。だが、感謝しよう」
「まっ、この都市では基本的に先に手を出した方が悪いから、大丈夫だと思うけどね。ユランゲイアも帝国と戦いたくなんてないだろうし」
ライラがユランゲイア王国でどの位の地位に居たが知らないが、結構大事だな……。
気分転換にシラキリの頭を撫でておく。
1
「お待たせしましたー」
かなり暗い話をしていたら、やっと食事が運ばれて来た。
腹が減っているのもあって、思考が悪い方へと流れていたのだろう。
さっさと切り替えよう。
食事を運んできたレイラは料理をテーブルに置き、そのまま空いている席へと座った。
今日は食事だけではなく、レイラと話すために来たのだ。
「初めての人も居るから一応自己紹介しておくね。私はレイラ。見ての通りここで働いているの」
「どうも。私はミリーよ。このチビッ子二人の先輩って所だね」
ミリーさんもチビッ子だろうにと、突っ込みは入れないでおく。
「二十人集まったってことは、教会とか建てるの?」
建てたいのは山々だが、そんな金は無いんだよな。
総本山や本拠地的なモノは無いので、俺が持っている金が活動資金となる。
あの廃教会の買い取りに、周辺を買い取って道の開拓。
マフィアの方々が、いくら金を要求するやら……。
そもそも金で解決できるかもまだ分からない。
「まだ活動資金が心許ないので、先の話になると思います」
「あっ、そっか。他に支部や本拠地があるわけじゃないって言ってたもんね。どうするの?」
「運良く場所は確保できたので、後は地道に稼いでですね」
シラキリとライラが。
「お父さんに聞いた話だけど、ホロウスティアは土地が高いみたいだから、場所を確保できているだけでも大きいよ」
場所と言ってもスラムなので、あまり公にするのは良くないだろう。
話すにしても最低限準備ができてからだろう。
あっ、そうだ。
「つかぬ事をお聞きしますが、レイラさんは学校とかに通っていましたか?」
「えっ? 通ってたわよ。九歳から十五歳までね。これでも成績は良かったんだから」
えっへんと、俺を除いた四人の中で一番立派な胸を張る。
流石にカップ数についてそこまでの知識はないので、どの程度の大きさかは分からない。
「学校ってどこのに通ってたの?」
「南の方にある、シャムラ教育学校よ。商人とか目指す人が行く、座学専門の所よ」
「あそこかー。結構ちゃんとしている場所に行ってたんだね。関心関心」
ホロウスティアに住んでいるからこそ分かる話だろうな。
有名な大学ならともかく、地方の学校の名前なんて言われても分からないだろう。
「ところでなんで学校の話を?」
「ライラは分かりませんが、シラキリには通ってもらおうと思いまして。少しミリーさんとお話をしていたんです」
「学校ねー。シラキリちゃんって何歳なの?」
「十一歳です!」
もしゃもしゃと肉を食べながら、シラキリは元気に答える。
魚も良いが、肉も美味しいものだ。
異世界と言えば学校や学園での戦闘だが、そう言った所よりは、レイラが通っていた様な座学中心の学校の方が良いと思う。
まだまだこの世界の常識には疎いが、シラキリは既に普通から離れ始めていると思う。
原因の八割はミリーさんとライラだろう。
高々三日だが、その三日で雰囲気がガラッと変わった。
残りの二割は俺だが、俺側からシラキリに何かをしたわけではない。
なのに、シラキリから異様な信頼というか、思いを向けられている気がする。
「そうなんだ。どんな所に通いたいとかあるの?」
「強くなれる所が良いです」
……スッとミリーさんの方に視線を向けると、顔を逸らされた。
「ま、まあ本人が望んだ場所に行かせるのが良いよね! 問題は、良い所は相応のお金が掛かるって事だね」
弁明するようにミリーさんは早口で話すが、やはり金か……。
本当に嫌になる位金を要求される。
なんか一発で大きく稼ぐ方法とかないだろうか?
「どれ位必要なんですか?」
「ホロウスティアの真ん中にある有名な所なら。一般で入学費が五十万とその他経費ってとこかな。因みに特待生制度もあって、一番上なら全て無料だね」
大学みたいな金額だな……一般というか、一般人では払うのは無理じゃないだろうか?
しかしだ、一応ミリーさんが居るとは言え、ちゃんと学んでいる人間が近くに居るのは必要だ。
まあ入学するにしても、最低限読み書き計算ができなければいけないだろう。
それから考えればいいか。
「そうなんですね」
「あくまで一番高い所でだけどね。学校を目指すていうなら、この私が勉強を教えてあげよっか?」
「あ! なら私も! 私も教えて上げる!」
ミリーさんに対抗するように、レイラさんが声を上げる。
ミリーさんは日本で言うフリーランス的なものだから大丈夫だろうが、レイラは此処で社員として働いているのに、大丈夫なのだろうか?
「何馬鹿な事言ってるのよ。あんたが居ないと回るわけないでしょ」
「お姉ちゃん……」
案の定聞き耳を立てていたアイリに、レイラは怒られた。
そんな怒られたレイラに向かって、ミリーさんはどや顔を向けている。
大人のくせに大人げない。
それからもわいわいと食事は進み、あっという間に食べ終わった。
この後ミリーさんは、俺達が拠点としている廃教会に、寄ってくれるとのことだ。
そしてたまにシラキリに勉強を教えてくれると言ってくれた。
これも善意って訳ではなく、シラキリが有望な学校へ入学し、良い成績を収めれば、ミリーさんの功績になるからだ。
どうやら学校関係に少し伝手があるらしく、色々と任せてくれと言ってくれた。
流石ミリーさん。縮めてサスミリである。
2
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