03:Stayin' Alive in the Void
その、はず、だった、のに。
タタラまで残り半インチというところで、俺の指は体ごと、背後へ強烈に引き戻された。
俺は――いけない。ここまでしか。
『本当に、君ってやつは』
為すすべもなく
『そういうとこだぞ。
俺の眼球の分解能限界を超えるまで、ずっとずっと――笑っていた。
*
結局、俺にお咎めはなかった。
聞くところによれば、タタラはもう何年も前からあの反乱を計画してて、俺以外の創作仲間を何百人も引き込んでいたらしい。そんな仲間がいたなんて一度も聞いたことがない。俺以外の書いた作品も読んでたなんて、なおさら初耳だ。だがそいつらがどんな人間でどんな作品を創ってたのか、俺はついに知ることがなかった。反乱組織の構成員は片っ端から正義会に検挙され、作品の没収・焼却と懲役数年の罰を受けたからだ。
不思議と捜査の手は俺の所へは伸びてこなかった。正義会の捜査員がヘボだったのか。いや、そうじゃあるまい。タタラが俺を巻き込むまいとしてひた隠しに隠してくれてたおかげ。
あるいは、そこまで手を広げるつもりが正義会にすらないのか、だ。
ちょっと考えれば誰でも分かる。1億3千万の人間全てに創作活動禁止を徹底するなど、とてもじゃないが不可能だ。データがダメなら紙に書く。紙がダメなら布に書く。それさえダメになったって、
要するに、タタラは見せしめにされただけってことだ。
冗談じゃねえ。
冗談じゃねえよ。
それから丸3年、俺は人生という海で漂流した。
仕事をし、
ヒトよ、創るべからず。
新奇性は人道の罪。
言われるまでもないことさ。ハッキリ言うぞ。俺たちのうちの何人が、本当に新しいものを創れるっていうんだ……。俺らはどうしようもなく囚われている。幼い頃の思い出にか、鼻先にぶら下げられた快楽にか、あるいは居心地のよい教条にか。囚われ、言葉の牢獄から一歩も踏み出せず、同じものばかりを繰り返し繰り返し作っている。とっくに金の涸れた鉱脈をいつまでもいつまでも深堀りし続ける馬鹿な鉱夫みたいなもんだ。
俺らの苦悩と言葉はぜんぜんオリジナルなんかじゃない。
俺には――いや。
俺の創るものには、これっぽっちも価値がない。
それでも――いや。
だったら――いや。
だから。
そう。であればこそ。
今。
ここで。
俺が書くしかねェんだろうが!!
新しいスケッチブックの他愛もない仕事のメモと記録とを破って棄てて紙を広げた俺はペンを引っ掴み書いた書いたッ絶え間なく書いた船の外でも
時が過ぎた。
10年。
20年。
そろそろ体にもガタが来始めた頃、俺は
片付けの途中、もう何十年も動かしてなかったスティール・ラックをどかすと、その下から、恐ろしい量の埃とともに、《生命のスープ》の空き瓶と青い表紙のスケッチブックが現れた。
拾い上げ、埃を吹き飛ばす。やるんじゃなかった。もうもうと舞い上がる綿埃の中で後悔しながら、しかしちゃんと綺麗になったスケッチブックをそっと開く。
ああ。あるある。
遥か昔に書いた
でも――面白い。
なかなかやるじゃないか、20年前の俺。
やっと分かったよ、タタラ。お前は本気で、俺の作品を好きだと言ってくれてたんだな。
そこから何作か破り取り、自薦傑作選の中に加えた。
ポリマー製の袋で厳重に包んで、準備は完了。さあ、行こう。
*
円筒型のアーカイヴ・ユニットは、
なんのために? 決まってる。俺の作品を、アーカイヴに加えるためだ。
そのために厳選した作品群。そのために密閉した手書きの原稿。俺の人生そのものが、真空中を泳ぐ俺の腰にぶら下がっている。タタラが死んだあの日、俺は覚悟を決めた。もう誰も読まなくていい。評価も繋がりも必要ない。俺の書いたものは、何ひとつ存在しない
地球からここまで来た、全てのアーカイヴがそうであるようにだ。
だが俺は、笑っちまった。
「嬉しいね。俺とおんなじような馬鹿が、掃いて棄てるほどいるなんてさ」
俺は独りで皮肉を言い、整然と並んだ手書き原稿どもを掻き分けた。こいつら、記憶素子が長方形なのをいいことに、その隙間を本棚みたいに使ってやがる。どこもかしこも先人どもの作品で一杯で、俺のを差し込む余地が見つからない。小一時間ばかりあちこち探り歩き、ようやく狭い
3束のうち2束までを。残り一つは――だめだ、どう頑張っても入りゃしねえ。
まあいい。どうしても残したい作品は納めた。残る一つは、俺自身のちんけな肉体と心中させるのもいいだろう。
俺はアーカイヴを去った。
「ウィキャントラッ。ワンダスタッ。ニュヨッタィッゾー・フェイッ・トーッ・メッ」もう俺の歌はやけくそでもなけりゃ逃避でもない。俺は俺の人生をやりとげた。そんな実感が胸から湧いてきて、歌になって溢れ出すんだ。俺はゆっくりと回転しながら
と。
そこらに工具を固定して。外殻の上にあぐらを掻いて。
俺は手を伸ばした。彼の肩を軽く叩いた。
「わっ」
彼が驚き、宙へ舞い上がる。その
「面白そうな小説じゃないか。俺にも読ませてくれよ」
「誰?」
「フォージ。君は」
「――テツ」
「交換だ。俺のも読むかい」
「どんな話……」
アーカイヴに納め損ねた三つ目の作品を彼の胸に押し付けて、
「一歩も進まず巡り続ける。
だから無限に遠くへ行ける。
これはそういう物語さ」
https://kakuyomu.jp/works/16818093081788783457
THE END.
Stayin' Alive in the Void 外清内ダク @darkcrowshin
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