トントン、

sui

トントン、


暗かった。

一体今は何時だろう。


何故か学校の中にいた。


玄関には誰もいない。

何だか冷たくて寒い気がした。下駄箱に靴がなくて、寂しく見えたからかも知れない。


扉の鍵は閉まっていた。

開けようとは思わなかった。


『地球の為に節電をしましょう』

廊下の壁には手書きのポスターが飾ってある。

明かりの少ない廊下は不気味だった。


歩いていると特に窓ガラスから嫌な感じがした。

中側の電気の白色が映り込んでいたり、真っ暗な外側が見えたりしていて落ち着かない。何故か、風が吹いている、と思った。

外に大きな木があるような気がする。けれども本当に木なのか分からない。雲かも知れないし、何かの陰かも知れない。

陰だとしたら一体何のものなのか。雲だとしたらどうしてそこに浮いているのか。

やっぱり木だろう。木に違いない。でもあんな形で、大きさで、錯覚位にしか見えない木とはどんな木だろう。



早く離れたい。



窓のない場所を目指して、大股で移動する。

階段が見えた。


上りと、踊り場までは明るかった。けれど、そこより先の上と下はとても暗い。何もないんじゃないかと思える位に。


落ち着かなかった。


少しでも安心したい。

居場所を求めて更に歩いた。不思議に距離が短い。まるで何かに引っ張られているように進む。歩くとはこんなに簡単な事だったろうか。


あっという間に教室棟に着く。

並ぶ部屋はどこも明かりがついていて、他に比べれば眩しい程だ。

それにしても、何だか教室の数が多いような気がする。一体ここには何クラスあるのだろう。


そんなに沢山教室がある学校を、知っていただろうか。



一つの部屋に入った。

中には人がいた。誰だかは知らない。不思議と顔も分からない。

そのまま着席する事になった。しなくてはいけないようだった。それだと、つまり自分は勝手に歩き回っていたという事だろうか。

誰も何も言わないのが気まずい。


嫌な気持ちが収まるよりも前に数枚の紙が手元に届いた。


紙には奇妙な文字が大量に並んでいる。

どうも、それを読んで回答を記入しなくてはならないようだ。

周囲は静まり返っていて、僅かに物の動く音がするだけだ。


仕方がなく紙に集中しようとするが、どうやっても理解が出来ない。

頭を捻っても、首を傾げても分からない。ヒントもない。

疲れて来た。どうしようもなく。


いつまでもここでこうしていたくない。

無理やり穴を埋める。

多分こうじゃないか。こうしておけばいいだろう。

嘘を吐いているような気分になった。


周りは誰も何も言わない。これは分かって当然の内容なんだろうか。



勝手に歩き回って、遅れて教室に入り、下手な回答を記入する。

すべき事の全てが出来ていない。

怒られるのではないだろうか。それとも物事の分からないバカだと思われているのかも知れない。

段々不安で緊張をしてきた。

キン、として現実感が薄れかける。


やっと一枚が終わったと思えば、新たな紙が待っている。

そして繰り返し。


周りに助けを求める事も出来ない。

最早吐き気がする。体調が悪い。


それでも何とか最後の一枚を埋めた。



教室を出る。

先程までは暗さが恐ろしかったのに、今はあの明るさが怖い。

もう近付きたくない。


何故か誰も教室から出て来ない。

もしかしたらあの中に入って行った事の方が何かの間違いだったのかも知れない。

暗闇にいなくてはいけないのかも知れない。


不安だし、嫌だった筈だ。けれども今はこちらの方が良い。


少しずつ、落ち着いてきた。



ふと、肩を叩かれた。

振り返っても誰も居なかった。


また、肩を叩かれた。

やっぱり振り返っても誰も居ない。



イタズラかと、結局バカにされていたのかと、瞬間的に腹が立った。

なのでその手を動けないようにしっかりと握り、それから後ろを振り返る。



肩の上に『手』があった。

『手』だけがあった。

 『手』だけ

 『手』

    『手 て

         て 手  て

               て

    て  て  手      て

  て     て  て      て

 手    て  t   手     て

 て    て      手     て

  手    手 て て     て

   て            手

     て        て

        て  て

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トントン、 sui @n-y-s-su

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