第16話 隠しエリア


 俺達は『ミルキークィンズ』が赤鬼と遭遇した例の隠しエリアに辿り着いた。



 隠しエリアの入り口は赤鬼の出現と同時に破壊された為、中央の川に沢山の瓦礫が撒き散らされていた。


 ダンジョンはいずれフィールドの修復が行われる。だが、少なくとも数日はこのままだ。



「キリメ、あれだな」


「おぉ!! ばっちり残っておるのぅ」



 キリメは期待に胸を膨らませて眼を輝かせると、俺の背中に飛び乗って来た。首に腕を回され、彼女の冷たい頬が首筋に触れる。



「ほれ、早う早う。崖を登るんじゃ」



 肩を叩きながら、彼女が言う。



「身体強化出来るんじゃなかったのか?」


「妾のこの可愛い小さな身体を見よ。崖登りは大変じゃろ?」


「まぁ……それじゃあ、落ちるなよ」



 俺は短めの溜息を吐き、彼女をおぶって隠しエリアを目指すことにする。


 隠しエリアの入り口は、崖を10メートル近く登った所にある。崖といっても、赤鬼が内側から破壊したことで瓦礫の道が形成されており、手を掛けるところには困らない。


 簡単に入り口に到達出来た。



 隠しエリアの中を覗いてみる。



「何か見えるか、お前さん」


「暗くてよく分からんな」


「スマホのライトを照らして進むのが良さそうじゃ」


「お前には何か搭載されてないのか?」


「人間に出来ぬことは、大体出来ん。便利機能付きの道具としては期待せぬことじゃ」


「そっか、残念」



 スマホを取り出してライト機能をオンにする。


 岩肌の薄暗い洞窟が続いていた。試しにキリメが声を出してみると、反響して消えていった。かなり奥まで続いていそうだが、スマホのライト程度では数メートル先までしか照らせない。



「また赤鬼が出たら逃げるしかないな」


「わ、妾を置いていかんでくれよ……」



 ん、とキリメが手を差し出してくるので、俺はそれを取り、洞窟を慎重に進んでいく。


 天井は鍾乳洞のように岩の柱が伸び、水滴が落とす。湿気と水の匂いが漂っていた。



「お前さん、これを」



 地面を這う生物が居た。


 カニのような生物だ。少し刺激を与えると、石に擬態を始める。


 よく見れば、水溜りには虫が浮き、左右の岩肌から細長い生物が見え隠れしていた。


 暗い洞窟だからか、動きが遅い温厚な生物が多い。赤鬼みたく侵入者を待ち受ける"演出"は兎も角、静かな生態系の中で俺達を襲う生物は今のところ現れる気配すらない。


 赤鬼は、最初の侵入者に対するトラップのようなものだったのだろう。美妃トラコ達に感謝しないとな。



 それあら直進の道を順調に進むと、やがて前方にぼんやりと灯りが見えてきた。


 灯りは下方向に続いている。



「これ階段か?」



 非人工的な洞窟の終着点には、下方向へ伸びる人工的な階段があった。


 世界観がまるっきり変わり、それは遺跡のような質感をしている。


 左右に象形文字と、どうやって発火しているのか分からない炎が灯っていた。



「お前さん。階段の先に何かあるぞ」


「無限に階段が続いていなくて良かったよ」



 階段には手摺が無い為、キリメと手を繋いだまま慎重に降りて行く。

 

 静寂に脚音が2つ。そのリズムは少し陽気だった。暗闇の恐怖を忘れ、この先に何があるのか、キリメも楽しみにしている。



 階段を降り切る。すると、大きな円形の広間に出た。



「な、何だこれ──」



 天井は高く、ドーム状になっている。地面には複雑な紋様が刻まれ、それを讃えるように周囲を岩で出来た騎士が囲っていた。



 たった5つの炎で広間を灯しており、非常に薄暗いのだが、雰囲気は最高に気分を高揚させる。



「凄いのぅ。凄いのぅ──そうじゃ、ノドカにも見せてやらんとな」



 キリメは両手をお皿のようにして、スッと俺にスマホを要求してくる。ライト機能はそのままにして、彼女にスマホを貸してあげた。



「ぬふふ……ノドカ、きっと喜ぶぞぉ。そうは思わぬか? お前さん」


「そうだな。しかし、キリメ。やたらノドカに肩入れするじゃないか」


「おいおい。ダンジョンマスターはノドカじゃぞ? 妾が真に仕えるのは彼女じゃ」


「そ、そっか。まぁノドカも、お前みたいな友達が出来て、嬉しそうだしな」


「友達かぇ? AIの妾には難しい概念じゃの」


「多分、俺やノドカにもそれは分からん」


 

 キリメの掲げるスマホには、赤いランプが灯っていた。録画をしているらしい。


 俺はそっと口を閉じ、キリメと一緒になって画面を覗き込んだ。


 画面は地面の紋様をなぞってから、周囲を囲う石の騎士達を写す。


 それから広間を見回して、空間全体の様子を引きで写した。


 

 すると、画面の端に何かが動く。



「今何か動いたぞ!? キリメ、もっと右だ。右に動かせ」


「そ、そんなに揺らすとブレてしまうぞ」



 強引にスマホを動かし、画面越しに"影"を追う。


 その影はスマホのライトを避けるように壁を這っていく。



「な、何なんだ!?」



 スマホから眼を離すと、壁面上部の暗闇が蠢いている。


 だが、突然ピタリと止まった。



「──!?」



 キリメの持つスマホをゆっくりと持ち上げさせ、壁面に貼り付く影に照準を合わせた。



 カチカチカチ──



 影だったモノがスマホのライトで姿を露わにする。茶色の胴体が幾つも連結したような長い身体。無数の脚が右から左へ波のように動いている。


 それは、暗いドーム状の天井に向かって畝りながら這っていった。


 その生物を知っている。ダンジョン外にも存在する昆虫の類いだ。


 百本の足と書いて、ムカデ。

 センチピードという魔物だ。


 俺達はスマホをゆっくりと下ろした。代わりに顔を上げる。


 俺達に接近する気配があったのだ。



 カチカチカチ──



 センチピードは天井に向かい、その頭部は未だ見ていない。


 悪寒が走った。嫌な汗が伝う。


 見上げる俺の視界に映ったのは、天井から長い胴体を垂らしたセンチピードの頭部だった。今正に俺達に噛みつこうとしていた。


 左右に開いた牙と、強靭な顎。細い触覚が俺の頭を撫でる。それの黒い眼と目が合った時、思わず脚が竦んだ。



「うわぁああっ──!!??」

「ぎゃあああっ──!!??」



 俺達の悲鳴に合わせて、センチピードは勢いよく襲い掛かって来た。


 俺は反射的にキリメを押し飛ばして避ける。


 センチピードはそのまま地面に激突し、天井を這っていた身体が縄のように落下した。



「に、にに逃げるぞ、キリメ!!」



 俺は押し飛ばしたキリメを担いで、一目散に逃走を選択する。



「のわぁっ!? お、お前さん!?」


「無理無理無理──!! あれは無理だって!!」


「お、おお落ち着くんじゃ!! 来とる。背後から来とるって!!」



 偶然階段が目に入り、急いで駆け上がる。


 センチピードは身体をムチのように暴れさせ、壁を叩きながら階段を上ってきた。


 

「追いつかれるぞ、お前さん!! こっ、このままでは先に妾が喰われてしまぅ」


「な、何か無いのか!? ふ、フラッシュは!? スマホのフラッシュで──」


「そ、そうじゃな!!」



 キリメは手に持ったスマホで迫るセンチピードの写真を撮る。その際、フラッシュが焚かれ、数回強烈な閃光が迸った。


 

「キィィイイッ──!!」



 センチピードが悲鳴を上げる。暗闇に住んでいたそれには、案外効果があったらしい。



「おお!! 凄いぞ、お前さん」


「だろ。上手くいったな」


「良い写真が撮れたわい」


「あっ……うん」



 センチピードが暴れているうちに階段を登り切り、真っ直ぐな洞窟に出た。



「はぁはぁ……マジでビビった」



 思わず逃げてしまったのが、よくよく考えるとああいった魔物はこれからも登場するだろう。恐怖に打ち勝つには、やはり立ち向かって強くならなければならない、気がしなくもない。



「キリメ、どうしようか」


「アナライズした結果、探索者ランク3級相当じゃったぞ」


「い、いつの間に……」



 さっきの間にアナライズしていたのか。意外と冷静だった、キリメは。


 探索者ランク3級相当。『恐れ峡谷』としては、適正の強さだ。このダンジョンに挑戦するのであれば、あれくらい倒せるのが普通だ。


 センチピードの容姿は気持ち悪いが、決して特別強い訳じゃないらしい。



「妾の予想では、あれの体内に宝箱があるのじゃ。つまり、隠しボスってやつじゃ」


「隠しボスねぇ……」



 怯んだセンチピードが階段を上ってくる音が聴こえる。


 俺にとって最も致命的なのは、敵の姿が見えないこの暗闇だ。


 だが、洞窟から出てしまえば敵は追って来ないだろう。



「ある程度外に近い場所で戦おう」



 赤鬼が洞窟の入り口を破壊したことで、その付近は比較的明るい。


 センチピードが逃げない程度の明るい位置取りで戦うのがベストだ。スマホのライトも活用すれば、うん。きっと大丈夫だ。


 曖昧な作戦も決まったところで、移動を開始する。



「来たぞ、お前さん」


「よし」



 センチピードが階段を上り切り、追って来るのがスマホのライトで分かった。フラッシュでなければ、流石に怯んだりはしないらしい。



「お前はもっと後ろから全体を照らしてくれ」 


「わ、分かったのじゃ」



 キリメを下がらせ、センチピードを待ち構える。現在地は洞窟の入り口から30メートル程度のところだ。


 光源がギリギリ届く場所に居る。暗闇に眼が慣れている為、敵を目視するには十分だ。


 スキルで爪を生やし、迫り来るセンチピードを待った。


 あれは探索者ランク3級相当だ。ステータスなら俺の方がもっと強い。


 怖がる必要はない。



 センチピードが接近してきた。ガチガチと牙を鳴らし、長い胴体を大きく持ち上げる。


 そして、その頭部は獲物を狙う燕のように急降下し、俺に襲い掛かった。



「──ッ!!」



 俺は、それに合わせて右腕を振るう。



 ガチンッと、センチピードの頭部と俺の爪が衝突する。重たい衝撃が右腕に伝わってくきた。しかし、決して押し負けることはない。


 そのまま腕を振り切ると、センチピードの頭部を打ち返し、それは壁に激突する。



「キッ、キィィイイィッ──!!」



 センチピードが金切り声上げた。


 それの硬い頭部には大きな傷跡を付いていた。



「はぁ……はぁ……」



 俺は息を荒げ、センチピードを見つめる。左右にうねって苦しんでいた。


 かなり良い一撃を入れることが出来た。しかし、流石昆虫というべきだろうか。あれくらいで絶命はしない。


 ただ、俺なら勝てる。


 そんな自信が勇気を後押ししてくれる。



 肥大化した爪はいよいよ俺の手を覆い始め、黒色に輝くドラゴンの腕のようになっていた。


 これも一応はスキルだ。強くあろうと最適化され、指は4本になっていた。勿論、小指と薬指が一緒に爪の中に格納されているだけである。


 指が1本減ったお陰で、それぞれが太く強靭になっていた。



「す、凄い。力が湧いてくる」



 自分の底──力の限界を知らないだけで、出来ることはまだまだあるらしい。魔族化による強化さまさまだ。



 センチピードが落ち着きを取り戻し、傷付いた頭部を此方に向ける。


 俺は肉薄した。今度は此方からだ。


 弱点となる部位は不明だが、少なくとも身体をぶつ切りにすれば倒せるだろう。


 そんな算段で爪を振り上げるも、センチピードが反撃してくる。


 それの連結した胴体──最後尾から半分程度を尾のように見立てて、俺を薙ぎ払う。


 防御を余儀なくされた俺は、両腕を突き出して受け止める。



「くそっ──!!」



 とてつもない衝撃に、脚が後退する。


 立っていられたのが不思議なくらいだが、受け切れた。


 俺は両手を閉じて、受け止めた胴体を握り締める。バキバキと音を立て、甲殻が割れる。


 そこに痛覚が無いのか痛がる様子を見せず、今度はセンチピードの頭部が襲いくる。


 

「──っ!!」



 俺はセンチピードの胴体を掴んでいた左手を真っ直ぐ突き出して、真っ直ぐ迫り来る頭部を受け止める。


 真っ直ぐと、真っ直ぐだ。その衝撃は俺の左肩に直接響くが、やはり力負けはしない。センチピードの方はまるで壁に衝突したかのように、頭部より後方の胴体がグニャリと曲がっていた。


 俺は受け止めた頭部を握り潰し、地面に叩き付ける。


 センチピードの甲殻にヒビが入っていく。



「キィ……ギィィィ──」



 それの金切り声も出なくなり、やや大人しくなった。頭部を完全に破壊出来た訳じゃないので、未だ息はある。殺すには、切り離すのがてっとり早いだろうか。


 トドメを刺してやろう。


 

 俺は胴体を掴んでいた右手を離して、地面に押し付けた頭部から後ろの胴体を、爪を更に伸ばして切断する。


 切り離した瞬間、センチピードの胴体が暴れ出す。


 俺は反射的に後方へ下がった。


 

「お前さん、どうじゃ? やったのか!?」



 入り口付近に居るキリメが言っている。


 そんなフラグのような台詞を吐かれたが、センチピードが生き返ることも無ければ、襲い掛かってくることも無かった。


 頭部を切り離しても動いているのは、昆虫ならではの生命力だ。しかし、それもやがて失われる。


 センチピードは徐々に静かになり、ピクリとも動かなくなった。


 証拠に、ドロップ品が出ていた。



「キリメ、倒したぞ」


「おぉ!! 見ておったぞ。見事な戦いじゃったな、なはは」


「見て、俺の爪。こんなんなった」


「ほぅ。まるで鳥のあんよじゃな」


「ドラゴンか、せめて鷹って言ってくんない?」


 

 ドロップ品に近付くと、ふと切断した胴体が目に入った。


 鮮やかなピンク色をしていた。



「じゅるり……」


 

 またしても食欲に取り憑かれた。


 俺はセンチピードの胴体を持ち上げ、噛みちぎってみる。



「──!?」



 美味い……美味すぎる!!



 まるで鳥の刺身を食べているみたいだ。


 柔らかくて舌触りもいい。舐めるように、もう一度口に含む。噛めば肉汁が広がり、溶けるように噛み切れた。



 そうだ。キリメにもやろう。


 俺は小さく切った肉をキリメの元に持っていく。



「キリメ。これ食べる? めっちゃ美味い」



 彼女はスマホを置いて、両手で受け取った。



「ふむ。確かに美味そうじゃが……」



 しかし、キリメは俺に肉を返してきた。



「妾や、魔族化していないノドカを含め、生肉は食えん。妾のことはいいから、好きなだけ食うと良い。食って、力を付けるんじゃ」


「そ、そっかぁ……」



 少し残念だ。


 一緒に食べて、これの美味しさを共有したかった。


 持って帰ってあげて、焼けば食べてくれるだろうか。ただ、生肉を保存出来る準備はない。



 いやいや、待て。普通に考えて、こんな肉を食べるだろうか。


 うーん、ノドカなら食べそうだが。世間一般的に考えて、流石に……。


 食欲が満たされた俺は、冷静になった。


 新鮮だからといって生肉を食べる人間が居るだろうか。いや、居ない。


 マズい。魔族化が進行している気がする。



 頭を切り替えて、ドロップ品である魔石と素材を回収する。


 不意に、キラキラと輝く箱を見つけた。



「忘れてた。宝箱あるじゃん」


「ムカデを倒した瞬間、直ぐ側にドロップしておったぞ。お前さん──ほれ、早ぅ開けぃ」


「そ、そうだな」



 俺は爪を元に戻し、宝箱を開けた。



「これは……?」



 入っていた武器らしきものを手に持つ。


 通常サイズの剣だ。ムカデの胴体をそのまま刀身に当てがったような、非常に悪趣味な剣だが、


 アナライズの結果、レア度5であることが判明した。ランクCのダンジョンでは、そこそこ良い報酬だろうか。



⚫︎解切蛇腹剣<大百足仕様>



「蛇腹剣……?」


「刃が伸びる類の剣じゃな」


「へぇ、そんなのあるんだ」



 剣を振ってみると、確かに刀身がムチのように伸びた。扱いは難しそうだが、対人戦では強そうだ。



「スケルトンに持たせるか」



 また、宝箱にはもう一つ、アイテムがあった。



⚫︎装飾品 毒軽減 レア度3



 これは防具に付ける類のアイテムだ。



「これが2つあれば、毒系統が無効になるのぅ」



 どれくらい毒が軽減されるのか分からないが、無いよりはマシだろう。


 これは取り敢えず、自分に付けておこう。



「よし。さっさと次に行くか」



 そうして俺は、上機嫌に隠しエリアを出るのだった。



<作者より>


 更新遅くなり、申し訳ないです。定期的に更新するつもりですが、別作品も構想中でして遅くなってます。


 また読んで下さい!

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ダンジョンが溢れた世界で、唯一人のダンジョンマスター。やがて世界最大最悪のダンジョンに至る 真昼 @mahiru529

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