人形

白井茄子

人形

 1ヶ月前、実家で旅立った祖母の遺品整理をしていました。93歳の大往生でした。母と一緒に昔の思い出を語りながら、捨てるものと残すものを分けている時間は寂しく、しかしどこか温かさに包まれていました。 


 祖母と手を繋いで昇り降りした階段


 祖母のお手伝いをしたキッチン


 祖母がよく座って本を読んでいたソファー


 実家には祖母と過ごした記憶があまりにも深く刻まれており、私は母に隠れて涙を拭いました。


 粗方片付け終わった頃、祖母が生前使用していた介護用ベッドに、1つの人形が置いてあることに気がつきました。


 幼い子供があやして遊ぶ、金髪で目が閉じるタイプの人形でした。


 祖母は晩年認知症を患っており、その人形をまるで我が子のように可愛がっていました。


 女児がするのと同じように人形に名前をつけ、「あかりちゃん、あかりちゃん」と呼びかける様は祖母本来の優しい気質が感じられ、微笑ましく思っていました。


 祖母はお風呂に入る際も「あかりちゃんも一緒に行こう」と人形を持ち込み、母が少し困った顔をしていました。


 私が母に


「“あかりちゃん”あったよ。」


 と言うと、


「おばあちゃん、いつもそのお人形を連れ回していたわね。買い物に行く時も、旅行に行く時も一緒に行こうって話しかけて。」

 

 母は目に涙を溜めました。


 私は祖母が大切にしていたものを捨てることに忍びなさを感じ、人形を持って帰ることにしました。



 次の日から“あかりちゃん”は私の家の子となり、本棚の一角に大切に飾られていました。私は“あかりちゃん”が視界に入る度に、祖母に見守られているような気がして嬉しくなりました。


 1週間程経った頃、私が部屋のベッドで寝ていると、いきなり金縛りに合いました。


 何とか目を開けることは出来ましたが、体が動きません。私は焦りました。人生で金縛りにあった経験がなく、どうすれば解くことができるのかわからなかったからです。指や足に力を入れてみたり、声を出そうとしましたが、ダメでした。


 困っていたその時、遠くから小さな声が聞こえてきました。


「あかりちゃん、あかりちゃん。」


 祖母の声です。


「あかりちゃん、一緒に行こう。」


 記憶の中の声そのままでした。


「あかりちゃん、あかりちゃん、あかりちゃん、一緒に行こう。一緒に行こう。」


 段々と歪み、近づいてくる声に私は恐怖しました。


「あかりちゃん、一緒に行こう」


 耳元で聞こえた時にはもう人の声ではありませんでした。


 複数の人に一切に喋らせ、所々歯抜けにし歪ませ、不協和音の断末魔を混ぜたような禍々しい音でした。


私は恐怖で気絶しました。


 気がついたら朝でした。私は自分の体が動くことを確認しホッとしました。




 “あかりちゃん”はその日のうちに燃やしました。


 金縛りにあったあの時、私は瞼を開け本棚から自室を見ていました。


 人形の瞳から部屋を見ると、ちょうどあのような角度になります。


 祖母はあかりちゃん一緒に行こうと言っていました。


 私の名前は亜香里です。

 

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人形 白井茄子 @shironasu

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