魔王と勇者

えんぺら

魔王と勇者

旅は順調だった、ただ一点を除いては。

「俺は勇者をやめる。」

パーティの中心である勇者がそんな事を言い出した。

「おいスルト、私の魔王を倒すという夢はいったいどうなるんだよ。」

魔法使いのライアがスルトの言葉に反応する。

「それについてはお前が困ってたから手を貸したけどさ、俺はもうわかったんだ。お人好しはこの世界だと生きづらいんだ。」

そこでスルトはタンクであるダイアンのほうを見る。

「ダイアンなんて俺の無茶に付き合わせてるせいでいつもボロボロだ。まぁこれは頼まれたら断りきれない俺のせいなんだが。ライア、お前もわかるだろ。人々は勇者ってだけで過剰な期待をするんだ。」

「それはまぁそうだが…」

ライアもわかっているのかさっきの勢いはない。

「だからやめるんだ。俺のためにも仲間のためにも。そもそも魔王を倒したところで世界は変わるのか?頼まれたから勇者になって頼まれたから魔王を倒す旅に出たけど、いろいろ見ていく中で思ったんだ。それに魔王を倒せても第二の魔王が生まれるだけなんじゃないか?」

スルトは自分の考えを仲間たちに述べる。

「その通りだと思うよ。頭をつぶすだけじゃ頭が入れ替わって終わりだ。それこそ魔族を一匹残らず排除するくらいしないと。」

そこで盗賊のマーカスが口を開く。

「俺の言いたいことは言った。俺は今日勇者をやめる。どうしても魔王討伐がしたいなら止めはしない。だけどどうしてもしたいわけじゃないなら俺と一緒に金儲けしないか。」

「僕は賛成かな。具体的には?」

マーカスは乗り気なようだ。

「俺達がやってきたお人好しに報酬を設定する。依頼人との話し合いで報酬を決定し、成功したなら報酬分を失敗したなら何割かまたは報酬なし。ちなみに少しでも命の危険を感じたら即撤退だ。」

スルトが邪悪な笑みを浮かべている。

「私は一人でも魔王討伐にいくぞ。」

ライアがお前にはついていけないと意志表示する。

「僕はスルトについて行こうかな。もともと魔王討伐なんて怖くてやりたくないし。」

ダイアンはついていくという意志表示をする。

「わかった。どうしても魔王討伐しないんだな。なら私達の関係もここまでだ。楽しかった。心残りはお前らと魔王を討伐できなかったことだ。」

ライアは一人、パーティの一団から離れていく。その背中は寂しそうだった。

「ほんとうに行くのか?一人で。」

スルトは最後に声をかける。できることなら引き止めたかった。元はといえば彼は仲間が傷つくのを見たくなかった。

「いや、私もそこまで考えなしじゃないさ。どこかの魔王討伐を目指してるパーティに入れてもらうさ。」

ライアは振り返ってスルトの目を見てそう答える。

「そうか…確かにお前ならやれそうだな。」

スルトはライアの覚悟が揺らがないとわかってしまう。ずっと一緒に旅をしてきたのだ。それくらいはわかった。

「またな。」

「いや、さようならだ。」

ライアは別れの言葉を残して去った。

この瞬間をもって勇者パーティは解散した。

それから、スルト達は野営の準備を進める。いつもは薪を調達したり火起こししたり、食料を採ったりする間は会話があるのだが今回はスルトはもちろんダイアンも口数が少なかった。マーカスが積極的に話をするが二人の反応は薄かった。食事を取り、今から寝るというところでマーカスがスルトに話しかける。

「なぁ…そんなに行ってほしくなかったんなら引き止めればよかったんじゃないか?」

「マーカス、お前もわかるだろうああなったライアは止まらない。」

「まぁそうだね。それでも君の言葉ならライアは止まったと思ったけどな。」

マーカスの声音は珍しく真剣なものだった。

「いやないだろ。ライアは自分の道を進んだんだ。寂しいけど俺のわがままで引き止めるわけにもいかないだろう。その話はおしまいにしよう。おやすみ。」

スルトはこれ以上の会話を拒否した。

「おやすみ。スルト、さて僕は見張りだ。」

しばらくしてスルトは寝息を立て始める。ダイアンはすでに熟睡していた。

それを確認すると目的のために行動を始める。

今日、マーカスが自分から見張りを引き受けたのには理由があった。

マーカスは森の方へ歩み寄り、木の影に話しかける。

「ねぇ君?そこでなにやってるの?」

「うっなんで気づくんだよ。」

木の影から出てきたのはライアだった。

「いや気づくだろ。僕じゃなくても気づくよきっと。まぁ今夜は少し細工させてもらったから二人は気が付かないだろうけどね。」

「細工?」

「まぁなんていうか君と少し二人で話したいことがある。ここじゃあれだしもう少し向こうに行こうよ。」

マーカスは森の方を指差しながら言う。その顔はどこか楽しそうな笑みだった。

「なんだよいきなり、それと見張りはいいのか?」

ライアがまともな疑問を抱く。だがマーカスは心配ないと首を横に振る。

「スルトたちの護衛は僕の信頼できる友達に任せてあるから大丈夫だよ。」

確かにスルトたちの周りに何にかいるのが見える。

「お前の言うことだ。大丈夫なんだろう。いいよ、向こうで話そうか。」

「そうこなくっちゃ!」

二人で夜の森の中へ入る。

「この辺でいいか?」

「ああ、この辺ならいいだろう。」

「それで話ってなんだ?」

「ライアはさ、どうしても魔王を倒したいの?」

「なんだお前も私を引き止めたいのか。なんと言われようと魔王は討伐する。それが私の旅の意味だ。」

ライアはマーカスの目を見て言う。

「覚悟は相当のようだね。じゃあ僕と闘ってくれるかい?」

「お前は何を言っているんだ…」

「あ〜だから魔王と闘いたいんでしょ。僕がその魔王本人だからやろうよって言ってるの。」

「嘘だろ…ほんとか?」

「うん。嘘はついてないよ。準備はいいかい。」

「待て、状況を整理させて…」

「僕は魔王だよ。待つと思う?早くその杖を抜きなよ。抜かないならもういくよ。」

マーカスからおぞましい気配が漏れ出たかと思うと一気に距離を詰められる。ライアは反応できなかった。

「はい!終わり!」

ライアの額にマーカスの人差し指と親指で作った輪っかが当てられる。いわゆるデコピンというやつだ。

「くっまだだ!」

「いや終わりだよ。君が動こうとするなら僕は君の頭を吹き飛ばす。」

動こうとするライアをマーカスがそう言って止める。

「もうわかっただろ。君は魔王である僕には勝てない。もう諦めなよ。聞くけどさ、どうしてそんなに僕を倒したいのさ?」

「魔王を倒せば私の強さを証明できるからさ。」

「なんでそんなこと証明したいんだよ?」

「魔物蔓延るこの世界では強さが正義だからだよ。強い者は生き残り、弱い者は死ぬ。子供でも知ってることだろ?」

「まぁそうだね。あいつら見境ないから。」

「お前はその見境のない奴らの王だろ。」

「いやいや、僕は一応魔王だけど別にやつらが僕の命令を聞くわけじゃない。一つ教えてあげようか?魔王っていうのは魔物の統治者を指す言葉じゃない、一番強いやつがそう呼ばれてるだけ。君は魔王になりたいのかい。違うよね君は生き残りたいんだ。好戦的なのも前に出たがるのも自分を強く見せたいだけだ。」

マーカスは両腕を広げてライアに問いかける。

「違う、魔王を討伐することで世界に認めさせるんだ私の強さを」

ライアはそれを否定する。

「違うね、君はそんなことは求めてない。求めているのは安定だ。だから魔王を倒す確率が一番高い勇者スルトのパーティに入った。魔王を倒した者たちに危害をくわえるやつはそういないだろうしね。その証拠にさっきだって別れたあとなのに木の影に隠れてスルト達を見てた。探してもらえるとでも期待してたんだろ。」

ライアの否定にマーカスはさらに言葉を続ける。

「違う。」

ライアの声は弱々しかった。

「これまで魔王を倒すと意気込んでいたあたりさっきのやり取りでも引くこともできなかったと、弱いくせにプライドだけは高いんだな。」

最後は馬鹿にしたような言い方だった。

「なにが言いたい!」

ライアが頭をかきながら苛立ちを隠さずに言う。

「そのプライドを捨ててしまいなってことさ。君は僕より弱いその事実を受け入れろってことだよっ生き残りたいなら。」

そう言ってマーカスはいつの間にかライアの首元に手を添える。それはいつでも跳ね飛ばせるよという意思表示だった。

ライアは動けない、さっきのデコピンとは違う、明確な殺意を持って添えられたその手刀はライアへの死の宣告に他ならなかった。足が震え、歯がカチカチと鳴る。恐怖がライアを支配する。

「うぁっああああやだ、やだ…」

「なにが?」

淡々とマーカスが言葉を返す。

「死ぬのが…」

「じゃあ本音で話そうか?」

「ううっほんとは強さなんてどうでも良かったたんだ私はただ平和に暮らしたかった。それを得る手段が強さだっただけだ。そのためには魔王を倒すパーティの入れてもらうのが手っ取り早いと思ったんだ。」

ライアは涙を流しながらそう答える。

「だってよ。スルト」

マーカスが話しかけた茂みからスルトが現れる。

「マーカスお前が魔王かよ。変な光の玉からお前の声が聞こえてついてきてみればそういうことかよ。」

「そうだね〜魔王だよ〜」

マーカスがスルトに手を振る。

「まぁそれは置いといてだ。ライア、そういうことは早く言えよ。その理由なら俺はいくらでも手を貸すから。勇者としてでなくスルトとして。」

そう言うとスルトは手に持っていた勇者の剣をそばに流れている川に投げ捨てた。ドボンっという音ともに剣が水底へ沈んでいく。

「さてこれで勇者期間終了。いくぞライア、マーカス。」

「へっ行くってどこへ?」

それまで放心状態だったライアが口を開く。

「王都だよ、王都。国王のやつに提案すんのさ。魔物への抑止力を。」

スルトはライアの疑問に答える。

「へえ〜なにか考えはあるのかい。」

マーカスが試すような態度で問いかける。

「簡単なことさ、多くの人が自衛できるようになればいい。国王にはその地盤を作ってもらう。ついでに俺達が持ってる魔物の情報を売りつけて金儲けもできれば良いことづくめだ!」

スルトはニヤッと笑ってマーカスへと言葉を返す。

「あははっ君は変わらないねスルト、僕も付き合うよ。」

マーカスは楽しそうに笑う。

「私もまぁ付き合ってやらなくはない。」

ライアは小さな声で答える。

「二人共ありがとう、ダイアンも起こしてそしたら出発しよう。」

「ああ」

「わかった」

そして3人は夜明けの森を歩き始める。そして勇者の剣は眠り、次なる主を待つ、そんなやつは現れないとは知らずに。

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魔王と勇者 えんぺら @Ennpera

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