第2話

「では行ってくる」

泰成は狩りをしに出かけようとした。京から食材が届くが、食べ盛りの泰成には足りなく、呪力を使って獲物を狩るのは結構あった。こういうのには呪力が役立つのだ。


が、そこに玉藻が着いてきた。料理を担当するならその土地の食材を見て何を作るのか決めたいらしい。


泰成と玉藻は初めて出会った温泉の方へ向かった。

玉藻はその土地の大きさ、山菜の数に感動しながら採取している

「おぉ結構山菜はございますね。」

「そうだな。わたしも結構取りに行くが山菜を見ない日は無いかもしれない。」


あ、と言いながら玉藻は木の影に泰成の手を引き隠れた。玉藻の視線の先には熊がいた。


「...熊が生きている?」


泰成は自分の目を疑った。いつももなら自分が道を通る時には熊は呪力で死んでいるからだ。

なぜだろう、そう泰成が考え込んでいる間に後ろを向いた熊の背中めがけて玉藻が飛び込んだ。


「ほらっ!倒して今日のご飯にいたしますよ!」


バッカン!と彼女の蹴りが音を立てて炸裂した。その蹴りで玉藻は一発で熊を仕留めたのであった。


「さっこれを持ち帰りましょう!」


玉藻は軽々と熊を背中に担ぎ、山を下っていく。

泰成は呆気にとられてしまった。


確かに玉藻はお世辞にも細い身体ではなく、脂肪と筋肉がのった肉々しい体つきであるからほかの女よりは丈夫そうだ。


だが獲物を担ぐのは絶対に自分だと思っていた。実際泰成は普段からそうしている。


「?ほら、早く帰りましょう?」

動かない泰成を不思議そうに振り返った。きょとんとしたその顔は泰成にとって実に愛らしかった。


「玉藻、貴方は本当にいい女性だ。美しいだけでなく丈夫で強い。益々好きになった。ただ重くないか?私が変わりに持とう。」


「あーはいはい。では私は降りながら山菜をもっと採りますのでお願いいたします。」


・・・・・・





「いっちょ上がり!」

山から戻った玉藻は熊と山菜を和えて料理をした。


1口料理を口に入れると、その腕前は1級品なことが分かる。葛の葉の上品な料理も美味しかったが、また違った、味や風味が楽しい料理であった。

記憶を失っているものの、料理のレシピは知っているらしく、「これは何か」と食べたものを聞くと、「これは○○で、こうして作るのですよ」と楽しそうに答えてくる。


「全部してもらって申し訳ないな。流石に狩りの方は吾がやるから料理だけ頼んでいいか?」


「いえ、むしろ狩りまで自分ですると山菜なども狩りに合わせて調整ができて献立が考えやすいので別に...」



「でも片付けなど家事などもやってもらうのにさすがに負担が大きすぎる...ん?」

申し訳なさそうに食事をしているとふと、庭に目がいく。庭は狩りをした獣を捌いた血でまみれており、建物にも血の跳ねがあった。


「!?!?」

「やっぱりだめですよね...すみません...」

玉藻は申し訳なさそうに誤魔化し笑いをした。

恐らく玉藻は恐ろしい程にがさつなのだ。しかしその一方で料理にはそんながさつさなどを一切感じられないため、好きなことはとことんこだわる一方で、興味無いことには関心がないため驚くほどに適当になるのであろう。

よくよく見ると、部屋の掃除も泰成の納得いく出来栄えではなかった。


「...分かった。貴方には狩りから食事まで料理全般を頼もう。その代わり、その後の片付けや部屋の掃除は吾が承ろう。」


「よろしくお願いします...」


「気にしないでくれ。誰にも得手不得手はある。補い合ってこそ生活というものが成り立つものだ。現にこうして美味しいものを食べられているが吾にはここまで出来ないよ。ありがとう。」


「そうだ、水菓子を食べに行かないか?」

「! 行きたいです!」


こうして2人は境内の下方に向かって歩いた。下方に向かう整備された道は鳥居がずらりと並び、異様とも、美しいとも捉えられる。玉藻は泰成の高い身長に合わせて設置された、彼のための鳥居のように感じられた。

彼の濡れ羽色の髪に鳥居の朱が反射して輝かしい。


筋肉がついた高い背丈に目鼻立ちの通った中性的な顔立ちと実際見れば見るほど美丈夫なのが癪なので玉藻は思考を放棄し、彼をあまり見ずに鳥居の美しさだけを味わうようにした。


そうこうしているうちに鳥居を抜け、一面に桃の果樹園が広がった。


「わぁー...」


思わず玉藻は感嘆した。そこには蟠桃と古代桃、また見た事のない丸い桃があった。


「遠慮せず食べておくれ。」


そう泰成に促されとりあえず目の前にあった丸い桃を食べてみた。


「美味しい。桃って甘酸っぱいものや苦味があるものが多いと思ってましたがこれはただただ甘みしかない。」

「だろう?他のも食べてくれ」


「このよく見る桃!こちらも甘い!蟠桃も甘い!毎日食べられたらこの上ない幸せですね」


「食べられるぞ毎日。ここにある桃の木は時期問わずどれかしらの木に実がなっているから何時でも食べられるんだ。まあ、旬の桃が1番味が安定いるが。」


「なんとまぁ...貴方、境内から出られないのがご不満かもしれませんが自由に動き回れる人達よりここで一生を過ごす方がよほど充実していると思いますわよ。」


「それはそうかもしれないなぁここは良い箱庭なんだ」

「一山丸々の境内を箱庭呼びなんて贅沢ですね」

玉藻は遠慮なく桃を次々貪りながら文句を垂れる。


「あ、桃そんなに気に入ったなら川で冷やして食べるともっと美味しいから試してみてくれ」

「ば!もっと早く行ってください!」


玉藻は大量に桃を袋に詰めて川に向かった。泰成はそれを見守りながら着いていった。


・・・

川に桃の入った袋をさらしてしばらく経ったのち桃をかじった。


「あ!本当だ!甘さが少し減った気もしなくは無いけど冷やすと水分補給している感じがして喉が気持ちいいですね」

「そうそう、美味しいよな」


「貴方こんな贅沢を毎日...?」

「最近はな。今まであの桃の木々は桃なんて実っていなかったんだ。あれはずっと花だけ咲いては散る実らない木だったのにここ最近、数年ほどまえからかな。実り始めたんだ。」


「邪気を払ったり不老不死の力があるとされている桃が...」


なんとも不思議だ、と泰成は呟いた。


「改めて分かってもらえたかな。ここは常識が通じない不思議な場所でおかしなところが沢山ある。吾たちの不可解な点もきっとこの境内から起きているのではないかと思っている。」


「なるほど」


何故かこの神社に導かれた泰成、記憶が無くなった自身、年中実がなる桃

全てこの境内で起こっていることだからそうなのかもなと玉藻は思った。


そうこうしているうちに冷やした桃を平らげた。それを見た泰成は


「そろそろ戻ろうか」


と促したので2人は戻るために腰を上げた。

その瞬間泰成目掛けて鳥が飛んできた。泰成は当たらないよう避けたら玉藻に当たってしまい2人は崩れるように倒れた。


そしてその鳥は泰成の頭に留まった。


「鳥!死んでない!!!」


2人は大声をあげた。その声に驚いて鳥は飛び去ってしまった。


「何故だ?そもそもいつもなら近くにいるだけで駄目なはずなのに」


泰成は玉藻に覆いかぶさったそのままの姿勢で考え込んだ。


「あのすみませんが重いので避けて考えてもらってもいいですか?」


「あ、済まない」


泰成は玉藻と重なっていた手を離して上体を起こし、玉藻の隣に座った。その時閃いた。


「あ、鳥が留まった時吾は玉藻と肌が触れていたんだ。ちょっともう一度手を触らせてもらっても?」

「ええどうぞ」


手を繋ぎ、泰成はそこにいた虫におずおずと触れた。その虫は触れられて飛び去った。


「!」

「やはりそうだ!玉藻に触れていると大丈夫なんだ!なにかに近づいても何も死ななかったのも玉藻がそばにいたからだ!これで、これで外にも出ることができるかもしれない...」


泰成はその場にへたり混んで涙を流した。

玉藻は泣いている泰成の涙を拭い抱きしめた。だがその実、何故自分がこの青年の呪力を無効にする力があるのか甚だ疑問であった。


「ありがとう玉藻吾はやっと人になれた」


まぁいい。今はこの青年の晴れやかな瞬間なのだから一旦置いておこう。そう思い綺麗な顔に零れる露を再度拭って頭を撫でた。しばらく泰成が落ち着くまでこうしていよう。


すると後方からごとっと何かが落ちる音がした。


「あ、あ、あんた達...何を!?!?

って貴方玉藻じゃあないじゃないですか!!!!!!」


その音はわなわなと震え叫んでいる女性が落とした荷物の音であった。


「! 葛の葉ばあさま何故ここに!!!」


「何故も何も頑張って強い呪符をまた作ったんです!!!!!!ああ頭が痛いそしてどうして玉藻までここに...だって貴方は...」


葛の葉は状況が整理できずに苦しんでいる。


「葛の葉は玉藻と知り合いなのか?」

「知り合いも何も...高天原での私の教え子ですよ。」

「たかまのはら...?」


玉藻は聞きなれない言葉に首を傾げた。

だがかつてその場にいたはずなのだから聞き慣れていないはずがない。

うっすら葛の葉は何かを察した。


「泰成。全て説明なさいな。」


・・・


泰成はとりあえず今までの事を説明した。


「...玉藻は記憶喪失で、玉藻と触れていると呪力が無くなる...なんとまぁ...」


葛の葉は頭に手を当て、大きなため息をついた。


「なんて厄介なことが起こっているのでしょう。

でも不幸中の幸いは私が玉藻のことを知っているということですね。

記憶喪失なら教えてあげましょう。私が知る限りのあなたを。」


2人は固唾を飲んで葛の葉の言葉を待った。


「よくお聞きなさい、玉藻。貴方は死んだのです。いえ、死んだはずなのです。」



















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

胡蝶夢跡綺譚 夢鳥瑶乳 @yohchi_tamamo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る