第1話
浅葱の目、濡羽色に輝く細い絹のような真っ直ぐな長髪、ほんのり桃色に色付いた透き通る白い肌など男以上に大きいという点を除けば、その女は一般受けのする美しさである。
顔面は小野小町や楊貴妃らもこの美しさには叶わないかもしれない。
そんな都の女人風な容姿に見合わず、言葉遣いは京ではなくこちら寄りであった。
「だれぇ、初めて会った人さ求婚することねぇべ!!!ニニギノミコトかおめぇは!」
浅葱の女はそう泰成をぶっ叩いた。
「あっっっ!!!かわっ!かわわわわっ!!!あっっ!!!!!!!!!!!
怒った顔も綺麗なんだな!!!!あ、というか吾に触っても大丈夫なのか!?うわ益々良い!!夫婦になってくれ!!!!」
しかし泰成には何も通じない。目を輝かせるばかりだ。
「...は!?おめ、何言ってんだ!?!?
「あっ可愛い!可愛いな!!!!もっとなんか言ってみてくれ!!!は〜超良い!かわっ!かわわわわっ」
叩いても何しても状況が変わらなそうだと思った浅葱の女は諦めてその場から離れようとした。
「まっ!!!待ってくれ!すまなんだ!せめて名前だけでも」
「お前に教える名前などあるかぁ!...ん、待てよ...」
10秒くらい女は青くなりながら考え込み、泰成の方を見た。
「あの、わたくしとは初対面?」
「...?多分そうだが」
「貴方様以外に近くに住む方はいらっしゃいますか?」
「? ここは山でな。山を降りれば人はいるが遠いし何よりなんというか...貴方のような存在が人里に降りたら大変になるのでは?」
「と、いいますのは?」
「貴方は恐らく人ではないのではないか?」
泰成は自身の頭を指さし、女の頭に生えている狐の耳を彼女に確認するように促した。
「うばぁ!なんじゃこりゃ!」
女は自身の耳を触り驚いた。
「あの、先程の無礼は全てお忘れになってくださいませんか?貴方がお望みであれば妻にもなりましょう。その代わり手伝って欲しいことがございまして...」
引きつった笑顔で女は言った。
「わたくし、自分が何者か忘れてるようなので協力してくださいまし」
泰成は光の速さで合意した。
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相手が自分を覚えていない、所謂記憶喪失ならばしょうがない。とりあえず場所を住まいに移動し、泰成自身について紹介しようと考えた。
「
通りで、と女は納得したように今いる絢爛たる寝殿造りを再度見渡した。
「その体質とは周囲の生きとし生けるものの寿命を奪ってしまうことだ。年々その力は強まり、最近では触れるだけでそのものの命を吸い取ってしまう。」
「じゃあ私はどうなっているのです?」
「正直よく分からない。確かに、神使のような神に近い存在は吾の力の影響は受けにくいらしいが。」
「しんし...?」
「うむ。ここでは簡潔に、神に仕え、神から生み出された者とだけ説明しておこう。貴方の素性に関わることだろうから後々詳しく説明しよう。恐らく貴方はその神使であろう。
して此処は実は神社の境内なのだ。先程年々力が強くなっていってると説明したな。皆、いずれこの力が触れるだけでなく、外にも及ぶと恐れた。そこでたまたま父の泰親が私のこの呪力を何故か境内で抑えることが出来る神社を占いで発見したのだ。まぁ体よく父に汚名を被せないよう対処されたと言われても過言では無い。
が、実際1度人がいない時に外に出て実験したが鹿を秒で殺めてしまった。境内にいる時はさすがに秒では殺せないから効果はあるだろう。」
「でも京の陰陽師がたまたま陸奥の神社を見つけることが出来るのですか?」
「そう思うか!?私もそこはずっと疑問だったのだ。確かに父は稀代の天才陰陽師である。だが、なんというか私にとっても、邪魔な息子を遠くに置きたい父、いや安倍家にとっても都合が良すぎて気持ち悪いのだ。
私は正直頭が切れる人間では無いが、何となくこれは仕組まれたもののように感じるのだ。
浅葱の君、貴方は自身の記憶を取り戻す手伝いをして欲しいと言った。一方で私も何故私がこの陸奥に身を置くことになったか真相を知る手伝いをしてくれないか?」
泰成は女の手を取り、乞うた。
「あ、もちもちで暖かいおてて...愛おしい...」
「あ、じゃあわたくしと泰成殿は対等ということでございますね?では妻の件は無しにさせてください。」
「えっ」
「ですから、わたくしも泰成殿も互いに協力し合いたい、ということでしたら対等ではございませんか?だったら妻になるのはややわたくしが不平等では?」
「はい!異議あり!私はこの境内を好きに使わせるし、飯も食わせる!どうだ!私の方がやや上だ!!!」
「はい!その分は働きます!恐らく料理はできる気がします!他掃除などの家事全般やらせていただきます!」
「ぐっ...確かにそれは有難いんだよな...
よしではこうしよう。
互いの目的に協力し合い、私はあなたに衣食住を提供し、貴方は家事を手伝う。それに加え私は全力でそなたを落としにかかる。それで本当に私のことを好きになってくれたら妻になってくれ。これでいいか?」
「いいでしょう。ではそのような形の契約でお願いします。」
「そういえば名を忘れたならなんて呼ぼうか」
「まあ浅葱でも何でもお好きに呼んでください。」
「いやせっかくならちゃんと考えたい。」
泰成は女に近づいてその眼を見つめた。
「目の色が水面に浮かぶ藻のようだから
「あら、玉なんて大層なものをつけて頂けるのですか?いいでしょう。では私のことは玉藻とお呼びください。」
「ああよろしくな、玉藻」
泰成は朗らかに微笑みその名を呼んだ。泰成のことを不審者だと疑ってやまない玉藻でさえもその微笑で名を囁かれたらときめきを感じてしまった。
こうして玉藻と泰成2人の奇妙な共同生活が始まった。
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