少女の夢

@tamaazusa

少女の夢

 俺は、急いでいた。土砂降りの中、車を全速力で走らせて。

 一刻も早く、逃げるために。

「なんで、何で俺がやるよりも先にっっっ!!!」

 車の中で、一人叫ぶ。

 急げ、急げ。じゃなきゃ、俺は―――



「夢、現実とは鏡合わせの世界。忘れ去られ、誰も覚えてないもの。これからするのは夢物語。夢のお話をいたしましょう」

 少女は独り、そう呟く。



 はあ、はあ。

 やって、しまった。

 俺は後ろを確認する。

 土砂降りの中街灯に照らされた、それを。

 は、早く逃げないと。

 俺はただがむしゃらに、その場から逃げた。



「私は用事があって外出していました。なんとかその用事を終わらせたので、まだ用事は残っていましたが、一旦家へ寄ろうと歩いていました。しかし生憎、雨が降ってきてしまいました。その時傘を持ち合わせていなかったので、私は足を早めました。雨脚はどんどん強くなっていきました。前が見えないほどにまで」

 そして少女は寒そうに体を震わせた。



 ここまで来たら、もう大丈夫だろ。あそこからは十分に離れた。

 息が切れ、過呼吸になっていた。立ち止まって深く深呼吸をする。

 今更ながら、自分がずぶ濡れであることを認識した。

 ずぶ濡れになった服が肌にひっつき、うっとうしい。

 どこか雨宿りができるところはないか。

 雨に濡れた前髪を荒々しくかきあげて、周りを見回す。

 都合よく、近くに公園があった。

 公園の明かりに照らされた屋根付きのベンチで、俺は一息ついた。



「雨が降り止まないまま、日が暮れてしまいました。私は住宅街を抜けて、人通りの少ない道路へ出ました。ぽつりぽつりと間隔があいて建っている街灯の光を頼りに、私は早く家へ帰ろうと走っていました。しかし突然、車のヘッドライトが私を照らしました」

 少女はぬれている髪を拭いた。



 雨はざあざあと降り続けている。止む気配はない。

 ちっ。なんであんなところから人が飛び出してくるんだ。おかしいだろ。

 とっさに車を置いてきちまったし、今日の任務も失敗しちまったし、ほんっとついてねえなあ。帰ったらどやされる……。

 自分の不運さにあきれて、はあとため息をついてしまう。

 雨がやまないかと外をぼーっと眺めていたが、やむ気配はない。

、ここにずっと居るわけにもいかないしな。ぬれながら帰るか。

 そう思って立ち上がった時、ちょうど誰かが公園に入ってきた。



「どんと衝撃を感じ、自分の身体がふわりと宙に浮く感覚がしました。車から人が降りてきて、その場から逃げ出したのを見ました。その男には見覚えがあったのですが、私はその場からしばらく動けませんでした」

 少女は泥と雨で汚れたパーカーを脱いで、着替えた。



 土砂降りのせいで姿があまり見えない。しかしこっちに向かってきているのは分かった。

 認識できるほど近づいてきたとき、俺は自分の目を疑った。

「な、なんでお前がいるんだ。あんなスピードでぶつかったら、普通……それに、なんだ?」

 少女が持っていた鞄をいきなり開け始めたので、俺は困惑した。



「私はなんとか立ち上がって、落としてしまった鞄を拾いました。鞄の中に入っているリストに載っている顔と男の顔が一致しているのを確認し、男が走り去った方へ歩き始めました。雨はもう、気になりませんでした」

 少女は鞄に付いている水滴を拭き、鞄の中がぬれていないかを確認した。



「ああ、ああああっっっっっ!!!!」

 なぜ、なぜお前がそれをっっ!!

 そうだ、最初からおかしかったんだ!!!

 すべて、すべてお前のせいだったんだなっっ!!

 俺はポケットに隠していた包丁を取り出し、その少女へと斬りかか

 パァンッッ



「私はパーカーのポケットに手を入れながら、雨の中を歩いていました。遠くに公園があるのが見えました。おそらく例の男がいるだろうと検討をつけ、公園へと向かいました。案の定男がいたので、私は少し驚かしてやろうと鞄の中を見せました。すると男が包丁を持って襲い掛かってきたので、私は躊躇なく撃ち殺しました」

 少女は置いてきた拳銃の代わりを引き出しから取り出して、パーカーのポケットに入れた。



 凶悪な殺人事件 犯人も自殺か

 ××県○○市の住宅で△月□日、女性議員として活躍していた松本智美氏が自宅で亡くなっているのが見つかった。拳銃で頭を撃たれており、即死だった。室内をあさられた形跡があり、金庫に入っていたおよそ一億円ほどの宝石類が盗まれていた。また、現場から約四キロほど離れた公園内で、鈴木潤一容疑者の遺体も発見された。同じ拳銃を使って頭を撃ち抜かれており、手には今回の事件で使われたと思われる拳銃が握られていた。自殺したものとみられる。警察は鈴木容疑者を犯人として事件を調査している。



「これは、私の夢。私が夢? ふふっ」

 少女は新聞を読みながら、笑う。

 無造作に放られた鞄の中で、宝石がきらきら輝いていた。

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