春雷が告げれば(下)
葉瑠君は予想通り今日も浅葱の部活が終わるのを待っていた。いくら雨は降っていないとはいえ曇天の中、今にも雷はどこからとも無く落ちてきそうな空なのにこないだ落雷したばかりの人間が平然とこの空の下で待つのはやはり異常と言わざるを得ない。
彼は何者なのだろうか。
「浅葱、おつかれ!待ってたよ。
ほら早く帰って一緒に家でご飯食べようよ。」
そう言って彼は私の手を引いて歩いていく。早く、早く聞かなければ。今日こそはと決めたじゃないか。ドクドクと鼓動が、心臓の音が嫌でも聴こえてくる。
ずっと、毎日思っている。貴方は誰なのか。でも、どうしてもいつも聞けないのだ。もう葉瑠君がいないとしても、葉瑠君じゃない存在が葉瑠君としてここに居るなんて聞かされたならば私は正気を保てるのか。そうやってグルグルと聞きたいことを今日も悩んで悩んで言い出せずにいれば彼の方から尋ねてきた。
「ねぇ、浅葱。俺にずっと聞きたいことがあるんじゃない?」
向こうからこちらへ伺いのチャンスを与えてくれたというのに、なぜかその言葉に浅葱は血の気が引く感覚がした。
「だって、浅葱ずっと何か考え事していて、俺の話も上の空じゃん?言いたいことがあれば何でも言ってよ。俺なんでも答えるよ。」
そういって安心させるように笑いかける彼は本当に葉瑠君に似ているけれど違う。
だって葉瑠君は。
そう思って浅葱は口にする。
「葉瑠君。あのね。ずっと言いたかったんだけど、貴方は、
……貴方は一体誰なの?」
喉から無理やり声に出して音にした。やっと言えた。やっと、彼自身に話しかけることが。
「何言ってるの?俺は俺だよ。」
「違うよ。葉瑠君。貴方は葉瑠君じゃない。」
「違うって何が?どこをどう見ても俺は葉瑠だよ。どうしたの?浅葱。
そんなこと言うの浅葱だけだよ。浅葱は俺の何が違うって思ったの?」
「だって、葉瑠君は昔から私には優しくないんだよ。私にだけ。
だからあの日も、あの日はせっかく久しぶりに2人になれて、一緒に帰れて嬉しかったのに葉瑠君が酷いこと言うから私は……。」
「……酷いことって?俺が何を言ったの?」
何を言ったか。私は忘れもしない。
私は葉瑠君が大好きだから、別に葉瑠君から冷たくあしらわれたとしてもそれはどうでも良かった。どれだけ高校に入って友達ができて環境が変わっても葉瑠君が1番の友達なのは私にとっては変わりがなかったのにそれなのに葉瑠君は。
「……もうお前なんか友達じゃないからって。」
そう、彼は言ったのだ。
もしかしたら高校に入って学校でも新しい関係を築いていった葉瑠君にとって私の存在はもう邪魔だったのかもしれない。たまにでもすれ違ったら声を掛けるのも、話しかけようとするのも迷惑になっていたのかもしれない。男女の友情というものは小さな村では普通のことと成り立っても大勢の同世代が集まる今の学校の中では目立つものだった。
……それはあまり良くない方向に特に。
でもそんなことを私は気にしていなかったしそんな理由で離れるなんて納得は出来なかったからあの日は言い争いになったのだ。だから、彼の今の行動はどう考えてもおかしい。人目を気にすることなく邪魔なはずの私にわざわざ自分から関わりに来るなんて。
「……ごめんな。浅葱。
俺、あの日の落雷があった日のことあまり覚えてないんだけどさ。
きっとそれ誤解なんだよ。」
「……いいよ、そんなこと言わなくって。誤解なわけないの。だって葉瑠君は「浅葱!!!!!だから聞けって!!!」
大きな声で話を遮り、彼は浅葱の両肩を掴んだ。
「大声出してごめんな?俺はあの日お前と帰った日、きっと確かにそんなこと言ったんだと思う。もう友達じゃないってさ。でもそれは縁を切りたいとかそんなんじゃなくて、むしろ逆なんだよ。」
「どういうこと……?」
「あーーそうだよな。お前ははっきり言わなきゃ分かんないよな。本当にごめん!!」
そう言って彼は、続けた。
「つまり、そのー……、俺は浅葱のことが特別好きで、
それは友達に向けるものじゃないから、だからそう言ったんだ。
……浅葱のこと彼女にしたいって思ってたから。」
「……そんな風に葉瑠君が思ってるなんて、私全然思ってなかったよ。」
「あーーほら、やっっっぱり伝わってなかった……!!!くそーーーー……!!!
俺最近はめちゃくちゃ分かりやすく行動してたつもりなんだけど……。」
「でもそれならあの日そう言ってくれれば。」
「そんなの恥ずかしくて言えなかったんだって!察してくれよ〜……。
俺、さっきも言った通り落雷の影響で前後の記憶ほとんどないし、言い方が悪かったのかもしれないけどさ。
本当に好きなんだよ浅葱のこと。
……ずっと、本当にずっと見てたから。
やっぱ友達じゃないと嫌?」
やっぱり彼の話はおかしい。今までの優しくなかった今までの葉瑠君の行動の説明にはなっていないし矛盾がある。それを指摘することは容易だけれど。
でも、
「ううん。嫌じゃないよ。葉瑠君がまた一緒にいてくれるなら。」
「……やっぱり、浅葱ならそう言ってくれると思ったよ。
それなら晴れて恋人同士ということで!
帰っておばさんにも報告しちゃうからな!もう今更嫌だって言ったって無駄だから!!」
「うん、わかった。」
ほら早く帰ろう。そう彼は言ってまた私の手を繋いで歩き出す。
「……浅葱が賢い子で本当に良かった。」
こちらへ向かって微笑みながら確かに彼はそう言った。
浅葱の中で結論は出た。
彼はやはり葉瑠君ではない、別の誰かなんだということが。
でもそれは分かりきっていたことだったし、もう問い詰めることはしない。
ああ、でも良かった。
彼が自分を葉瑠君だと言うのなら。
浅葱の傍から友達以外でも、どんな名詞の関係でも、離れないと言うのであれば。
浅葱は何も文句なんてない。そこだけがずっと気がかりだったから。
葉瑠君の器を乗っ取った彼が何であろうと浅葱に対してどんな思惑があろうとそこさえ守ってくれたら、これからもずっと一緒の葉瑠君でさえいてくれれば浅葱はそれで良かったから。
あの日、葉瑠君は、本当の葉瑠君は文字通り友達じゃないと言って浅葱から距離を取ろうとした。話し合ってもどうしても分かってくれなくて、
だから浅葱の傍にいない偽物の葉瑠君なんていらないと思って確かにあの日浅葱は葉瑠君をこの手で……いや、もうそんなことは今となってはどうでもいいか。
何故か雷に打たれたために病院に運ばれていたという葉瑠君が奇跡的に目を覚ました、なんて最初に聞いた時は意味が理解出来ずかなり動揺したが、結果的に浅葱にとって大好きな葉瑠君は葉瑠君のままで帰ってきたのだから何も問題はない!
ずっと晴れ間なんてなかった空はいつの間にか青々としていた。
それなのに、雲ひとつないはずなのに、雷の音は未だに病まない。
でも何故か私にはそれがとても心地よかった。
春雷が告げれば 華僑院 桔梗 @kikyo_kakyoin
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