春雷が告げれば
華僑院 桔梗
春雷が告げれば(上)
アラームの音がする。
もう朝が来てしまったみたいだ。
今日は週の半ば、月曜日とはいい勝負の憂鬱なる水曜日。
高校生である
カーテンを開けば、今日も強くはないものの雨は降っているしゴロゴロと雷の音もした。
そんな悪天候の中見知った人物が大きな黒い傘を差して立っていた。彼は、いやそれは2階の私の部屋をずっと見ていたのかこちらにすぐ気づく。
「浅葱、おはよう!今日も迎えに来たよ!」
「……
……今日もいるのか。
準備を済ませて浅葱は玄関口で待っていた葉瑠君の元へ向かった。
葉瑠君は私の大好きな幼馴染の男の子であり、この田舎の同年代の子もほとんどいない小さな村で、赤ちゃんの時からずっと一緒に育ってきた仲良しのお隣さんだ。家族ぐるみの付き合いで同い年だけれど浅葱にとってはお兄ちゃんのような存在でもあった。
「……もう、朝練がある日は無理に一緒に学校行かなくていいって言ってるじゃん。」
「そんなこと言うなよ。この田舎からじゃ学校まで行くのにバスも出てないしこの雨じゃ自転車も使えないだろ?女の子一人じゃ慣れてる土地でも危ないって。」
「でも最近雨が続いてるし、朝練のない葉瑠君を付き合わせるのは申し訳ないっていうか……。それに、葉瑠君はこないだあんなことがあったのに。」
「そんな事気にすんなって!浅葱に何かあった方が俺嫌だし。」
「………。」
そこからは浅葱も葉瑠君も黙って学校まで向かった。いや、正しくは、葉瑠君は何かと話を降ってくれていたのにも関わらず浅葱の耳にはまともに入ってこず、流していたこともあって会話が続かなかったという話なのだが。
浅葱は最近の葉瑠君が気味が悪くて仕方がなくこの登校のちょっとした時間でさえも何とも表現しがたい恐怖を感じていたからだ。
その理由は分かっている。前の葉瑠君だったら自分の睡眠時間を削ってまでわざわざ浅葱のために早起きなんてしないはずだから。幼馴染だから、ずっと見ていたからこそ分かっている。あの日、葉瑠君は確実に死んで今隣にいるそれは私の知っている葉瑠君ではないのだと。
この村では最近毎日のように雷雨が続いていた。
元々雨の多い土地ではあるのだが、今年は雨量はそこまで多くなく変わりに曇りの日でも雷が酷いため、乾燥した空気では落雷によって山火事が起きるのではないかと村の皆は心配していたくらいだ。
浅葱はあの日、たまたま一緒に葉瑠君と下校していた。
高校生になってからは2人とも同じ高校といえど小さな村から隣町の同級生が多く集まる高校へと進学したため、お互い同性の友達も増えたし部活もクラスも違うため一緒にいる時間はめっきり減った。もちろん、家は隣のため顔を見かけることはあったが、行き帰りの約束などもしていないため本当にその日はたまたま昇降口で会った流れで……正確に言えば、せっかく会えたのだからと浅葱が結構な無理強いをして一緒に帰ることになったのだ。
浅葱は嬉しかった。仲の良い友達は沢山出来ても葉瑠君はやはり浅葱にとって特別な友達だ。
高校に入学してからの2、3ヶ月で少し距離ができたように感じていたが話せば前と何も変わらない大好きな葉瑠君。
しかし、あの日、突然強くなった雷が葉瑠君に向かって落雷したことによって状況は変わってしまった。
浅葱がしっかり脈がないと生死を確認した葉瑠君が何故か病院に搬送されてから何事もなかったかのように外傷もなく息を吹き返したと聞いた時、そこで実際に病室に赴き彼に会って話した時、浅葱だけは確信した。
彼の浅葱を見る目で。
彼はもう私の知っている葉瑠君ではなく何者かに乗っ取られているのかもしれない、と。
その現実離れした私の想像が事実であると裏付けるかのように、葉瑠君はあの日以降浅葱によく構うようになった。以前まではどちらかと言えば浅葱が葉瑠君に話掛ける関係だったし高校に入ってから学校で話すことなんてほとんどなくなっていたが、行き帰りの登下校はもちろん、休み時間の度に他クラスの浅葱の元へ葉瑠君は来るようになった。
周りもそんな彼の様子を見て不審がるものだと思ったのだが、まるで今まで通りといった風に扱い、誰もそれをおかしいとは思っていない様子だった。
家に帰ってからもよく浅葱の部屋に居座るようになった葉瑠君に浅葱の家族も葉瑠君の家族も何も疑問を口にはしなかった。
葉瑠君は友達が多いから浅葱にだけ構うということは絶対にない。彼は誰に対しても優しいから葉瑠君なのに、それが最近では浅葱にだけ向けられているなんて。
だからこそ、今日こそは聞かなければならない。あなたは何者なのか。
私の大好きな葉瑠君ではないとしたら……。
きちんと確かめなければならない。
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