「World Unite Games Olympia」

日々人

「World Unite Games Olympia」

「World Unite Games Olympia」宣言

「私たちは、世界中の人々がつながり合い、個人の運動参加の自由を尊重することを誓います。誰もが自らの選択で競技に参加できるこの祭典を通じて、全ての人々に平等な機会を提供し、スポーツを通じた国際的な友情と理解を深めます」



 ー ー ー ー ー


通信技術の進化により、オリンピックは新たな形態へと変貌を遂げた。

世界の健康機関、運動委員会の推奨の元、今や人々が運動の記録を幼少期から残していくことは生活の一部と言っても過言ではない。

放課後、休日、仕事終わり。公認ジムに通い、過去のデータと今の自分を比較。

己の体と向き合うことはスポーツを愛でる人々にとって当然の営みである。


私は世界大会レコードのメダリストから幼い子供達までの身体データ、競技記録を管理している運営システムである。

新時代のオリンピック「World Unite Games Olympia」の特徴は、旧オリンピックと旧パラリンピックの垣根を取り払った点があげられる。

陸上競技、ボッチャ、チェアスキー、車椅子バスケットボール等、障がいのある人もない人も、クラス分けはあるものの、基本的には同じ競技に参加することが可能である。


各国の児童は、定期的に身体データを記録、更新していくのが常で、この時点で早くから将来性をピックアップされ、国にプロスペクトされる子ども達がいる。

ここに、そのプロスペクトされていた一人の男子中学生が久しぶりに姿を見せた。

そして、これまで継続していた競技とは違うものにエントリーをした。




 ー ー ー ー ー 




車椅子から降り、スポーツタイプの三輪の車椅子、レーサーに乗りかえる。

昨年、テニスの全国大会で入賞した。そんなオレが、三か月前の事故で車椅子生活になってしまった。

まだまだ気が晴れないが、リハビリプログラムの一環で何か選択する必要に駆られた。

車椅子競技、中距離走1500mを選んだ。

理由は簡単だ。希望者が少なく、なるべく他人と接したくない、その思いだけだ。


トレーナーの指示を無視して、最初からタイムを計測したいと主張した。

だが、いざ挑戦し始めたけれど、うまく漕げずに苦戦した。

呼吸が乱れ、心拍数が上がり、体が強張る。

言い訳が頭に思い浮かぶ。

もともと、このトレーニングに乗り気ではなかった。

自暴的な気持ちが強まる。

テニスラケットを手に縦横無尽に動き回っていた、あの頃の自分には遠く及ばない。




ある日、トレーナーが「ゴースト」と並走する機会をリハビリプログラムに組み込んでくれた。このサービスは基本的に有料だが、リハビリテーション下における治療法としては医療保険や公的支援の対象になっている。

「ゴースト」は過去の優れたレコードを持つ選手を視覚映像の影として復元するもので、国際大会レベルのスポーツマンがよく利用している。


「ゴースト」が視覚映像として影になり、僕の前に現れた。

おそらく、今の自分に合わせたレベルの一般登録者から復元したのだろう。

オレは怪訝な態度で影を見つめた。

登録データは現在のものなのか過去のものなのか、誰か得体のしれない者。

その影がレーサーに乗り込んだ。


「こんにちは。よろしくお願いいたします。」


「ゴースト」は音声ではなく「文字のチャット機能」で挨拶してきたが、それが本人なのかあらかじめ設定された「ボット」なのかはわからなかった。

オレは返事を返さなかった。

こんな身でもジュニアクラスでは優秀な成績を収めてきた。

プロスペクトは外されてしまったが、このリハビリプログラムから伺うと、選手生命は尽きていないと判断されたということだ。

そのプライドを胸にオレは「ゴースト」に追いつこうと必死に三輪を漕いだ。

「ゴースト」もぎこちないが、オレより手馴れているようでなかなか追いつけなかった。

目の前を行く「ゴースト」がオレを振り向くのがわかった。


「大丈夫かい?ゆっくり行こう」


オレの心の奥底に眠っていた、持ち前の負けん気が顔を覗かせた。


それからも、オレは「ゴースト」からのチャットを無視してトレーニングに没頭した。

リハビリテーションの仕組みに関心を抱く余裕はなかった。

オレがタイムを伸ばしても「ゴースト」も同じようにタイムを伸ばして競り合って来た。




 ー ー ー ー ー




練習を重ねるうちに、オレは「ゴースト」と並走するまでに体の扱いに慣れてきた。

そしてこの「ゴースト」の境遇を思った。

オレは何を今さら、と相変わらず送られてくるメッセージに対して返事を返さなかったが、さすがに罪悪感を抱くようになり、


「こんにちは。


 きょうもよろしくお願いします。」


とだけ、返事を返すようになった。

「ゴースト」を追い抜くことが競技復帰への道なのだと、自分を奮い立たせ練習に励んだ。日々の練習を通じて少しずつ体力を取り戻していく様子が提示されるデータから見て取れた。


そして、ついにその日が訪れた。

オレはハンドリムを手に、力いっぱい漕いだ。

ゴールラインを越えた瞬間、同年代のランキングに入ったことが伝えられた。

振り返ると「ゴースト」が会釈をしてくれた。

思わず笑顔がこぼれる。

その影から表情は読み取れないが。

良かった。良いレースだった。




 ー ー ー ー ー




ある夜、オレは寝付けずにいた。

端末を手に取る。

悩んだ末、「ゴースト」のアカウントに対してチャットメールを送ることにした。


「こんばんは。

 私は以前、あなたの「ゴースト」とリハビリとして並走させていただいていたものです。


 少し、躊躇したのですが、今日、トレーニングの後にあなたが公開しているアカウント情報を拝見させていただきました。

 そこで、気付いたことがあります。

 もしかして、あなたは、私の知っている人なのではないかと。


 私はあなたがあの日の事故で居なくなってから、あなたの姿を求めていた。

 いつものように頭を撫でて、励まして欲しかった。しかし、もう遠い存在で…」


しかし、入力していた指を止め、文面を変更することにした。




「あなたと一緒に積んだトレーニングは心通うものに感じられ、良き思い出が出来ました。

 お陰様で、今は車椅子を離れ、日常生活には問題ないくらいには歩けるようになりました。

 あなたのおかげで、何か大切なものを取り戻せた気がします。

 ありがとうございました。

 私はまたテニスプレーヤーとして復帰するつもりでいます。

 どうか見守っていてください。」




送信ボタンを押し、しばらく画面を見つめていた。

やがて、あたたかな眠気に誘われた。

抗うことなく、静かに目を閉じる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「World Unite Games Olympia」 日々人 @fudepen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ