4月5日 深夜の配達人たち

 もーすぐ春休みが終わる。そして明後日は始業式だから、さすがにアタシも登校する。ごろんとベッドに横になる。


 とうとう三年生かー。体よくサボってゆる~く過ごせるのも、来年までなんだな。働き始めたら、サボりはおろか遅刻もできないもんなー。アタシもそこまでは腐ってないつもりだけど、できることなら働きたくないよなー。ごろごろ、ごろごろ。


 ……なに考えてるんだか。ニートは嫌だって、とっくに結論出てるじゃん。でも考えずにはいられない、来るべき就職へのモヤモヤ。というのも……。


 新聞配達、明日から一人なんだよね。今までは倉科さんが付いててくれたけど、もう大丈夫って太鼓判もらっちゃったからさ。……もしかしてアタシ、キンチョーしてる? そんなバカな。


 でも、不安じゃないって言ったらウソになる。最初はママに言われた通り、手伝い気分のつもりでいたけど、これはれっきとしたお仕事で、お金のやり取りと責任が伴う……って思うと、すごく息苦しくなってくる。アタシみたいにテキトーに生きてきた人間に、ほんとにこんなことが務まるのかって。


 アタシって、意外と根はマジメなのかも。いや、それはないか。これはただ単に、初めてのことだから、慣れてないから、そう感じるだけ。多分ね。


 さーて、時間だ。アタシは仕事場へ向かった。



 「おはよーございまーす」


 お店に着くと、先に来た数人がチラシ入れをしていた。アル中のオッサンと、蚊声兄ちゃんと……知らないおじいちゃん。この人は初めて見るな。


 「ああ、ああ、君がリオナちゃんか。若い子がこんな仕事させられて、大変でしょ」

 「そっすね」

 「ワシね、柴山っていうの。これからよろしくね」

 「どーも」


 気さくで優しそうなおじいちゃんだ。……改めて見ると、けっこー高齢な感じがするな。フツーに年金もらって生活してそうな。こんな人まで働かせるなんて、ほんとに人手不足なんだな。


 さてと、アタシの担当区域ぶんは……これか。だいたい百軒程度の家を巡るから、新聞の部数は百三十部ぐらい。なんで少し多いかというと、違う新聞を二部とか三部取ってるところがあるから。フツーの新聞と、スポーツの新聞の組み合わせとかね。未だにこんなに取ってる家があるなんて、びっくりしたよ。こういうニュースって、ネットで全部見られると思うんだけど、そうじゃないのかな。


 んで、この新聞に、チラシを挟んでいく。これ機械じゃなくて、人間がやってたんだね。まだ手際がよくなくて、あんまり早くできないけど。


 てか、アル中のオッサン、はっや。とんでもないスピードでチラシ入れてくじゃん。仕事はできる人なんだな、アル中だけど。てかアル中って手が震えるから、こんなに早くできないよね。じゃあ違うのかな。でもめんどいからアル中でいいや。


 「むむむ……」

 

 軍手で作業するから、ペラペラのチラシは掴みづらい。日によってチラシが多かったり少なかったりして、今日みたいに少ないとやりにくいんだ。


 「お先!」

 「はいよ、気を付けて」


 アル中のオッサンは、あっという間に積み込みを終えて、原付バイクで出ていった。ちなみにここは、ほとんどの人がバイクで配達をしている。チャリを使っているのは、アタシと倉科さんだけだ。なんとくるみちゃんまで原付にまたがっているなんて……年下なのにすごいな。


 アタシは免許を持っていないから、チャリでギコギコするしかない。バイクと比べるとかなり時間はかかるけど、アタシの担当区域は住宅地や団地が中心だから、そこまで苦じゃない。


 免許もなー、今年の夏休みに合宿で取っちゃったほうがいいんだろうけどなー。必要になってからじゃ遅いもんなー。うーん、あとでママに相談してみようか。いや、パパのほうがいいかな?


 そんなことを考えているうちに、柴山のおじいちゃんも準備を終えて出ていく。あの人もバイクに乗ってるんだよなぁ。原付って、けっこー簡単に乗れるものなのかな。


 ……って、しまった。蚊声の兄ちゃんとまた二人きりになっちゃったよ。もし向こうから話しかけてきたらと思うと、ソワソワしてしょうがない。さっさと終わらせて出発しよーっと。


 「な……か」


 あ、ヤベ。聞こえちゃったぞ。うっかり聞き取るために手を止めたから、聞こえてないフリもできなくなっちゃったぞ。


 「えーと?」

 「……たか」

 「んん?」

 「……れ……し……」

 「はい?」

 「な……ま……」

 「ナマステ?」

 「……ま……た……」


 もうツッコまないぞ、アタシは。でもこの文字群から推測はできる。ズバリ。


 「慣れましたか、って?」

 「はい……」

 「慣れてません。以上」


 ちょっとキツい言い方だったかな。ま、いいか。悪い人ではないんだろうけど、人と話すときはもっと腹から声を出してくれ。頼む。


 そうしてすっかりチラシ入れも、積み込みも終わったアタシは、チャリで夜の街へと繰り出していった。ちなみに蚊声の兄ちゃんはまだ終わってなかった。どんだけ遅いんだよ。



 「えーと、最初の家は山田さん、次が西村さん、その次が岡本さん……」


 名簿とにらめっこしながら、練習でたどった道のりを思い出す。この名簿には、新聞を届ける家の契約者名、住所、銘柄が載っている。だから基本的にはこれを見てやれば間違えることはないんだけど……番地なんか見たって、家がどこにあるとか分からん。表札がない家もあるし。だから家の特徴を自分で見て記録して、覚えていかないといけない。これがいちばん大変だった。


 あとは、道順だ。ありがたいことに、どの道をどう行けば効率よく配達できるか、倉科さんがあらかじめルート設定をしておいてくれたから、アタシは覚えた通りに進んでいけばいいのだ。


 というわけで、さっそく山田さんの家からお届けしていく。ゴソゴソ……。

 次は西村さん。岡本さん。高松さん。高松さん。小島さん。南さん。


 ……うん、順調。なんだ、やればできるじゃん、アタシ。こう言っちゃなんだけど、ぜんぜん難しい仕事じゃないや。それに楽ちん。接客業とかは絶対に無理だからなー、アタシは。こういうマイペースに、黙々とできる仕事が性に合ってる。

 思ったよりいい仕事かもしれないな、これは。週三なら無理なく続けられそうだし、やってみるもんだな。


 そうして次々と新聞を配っていき、残り数も少なくなってきた頃。とある家の庭に入り込むと、白い軽バンが停まっていた。リアドアが開いていて、エンジンもかかっている。この家の人かなぁ。そう思って玄関脇のポストまで向かっていると……。


 「あら?」


 お姉さんがいた。あ、なんかすげー美人の予感。暗がりだからはっきりとは見えないけど、目がぱっちりしてるもん。しましまのニット帽もカワイイし、抱えている空きビンのケースもいい味出してる。

 ……空きビン? なんだ、この人。


 「あら、あら、あら~」

 「どーも」


 なんかめっちゃニコニコしてる。笑うと目がなくなるんだな。てか、なんでアタシはこんなに人の顔を見てるんだ。普段はそんなことしないのに。


 「新聞配達してるんだ?」

 「そーです」

 「そっか~。私はね、牛乳屋さんなの」

 「牛乳?」

 「そうだよ~。昔ながらのビン詰め牛乳なのです」

 「へー。配達してるんですか」

 「そうそう。契約してくれてるお客さまに牛乳をお届けして、飲み終わったビンを回収する。それがお仕事なの~」

 「ふーん。なんだか珍しいですね」

 「それは、ギャル子ちゃんも同じじゃな~い」

 「ぎ、ギャル子……?」

 「ねね、名前なんていうの?」

 「リオナです」

 「そっか、リオナちゃんね。私は相田牛乳店の、相田まつりっていうの。仲良くしてね~」

 「こちらこそ」


 ……うーん。これはかなりクセが強いお姉さんだな。アタシには分かる。というか夜に働いてる人たち、みんなクセ強すぎじゃないか? そういうものなのかな。まあ、アタシも既にその一員なんだけどね。


 「うふふ、お庭でエンジンかけっぱなしでいると、怒られちゃうから。またね、リオナちゃん」

 「気を付けて」


 まつりさんを乗せた軽バンはバックで庭を出ていき、そのままどこかへ走り去っていった。

 この時間は新聞だけじゃなくて、牛乳も配達してるんだな。知らなかった。イマドキ、ビンの牛乳ねぇ。物好きな人が買ってるんだろうな。


 その後も、道に迷ったり家を間違えたりすることなく新聞を届けていき、ついに全ての配達を終えた。よーやく終わったよ、まったく。キンチョーしてたからか、思ったより疲労感があるなー。さっさとタイムカード押して帰ろうっと。


 あ、向こうの空、白くなり始めてる。時刻は四時過ぎ……夜明けはまだ先かな。

 それにしても、この明け方の澄んだ空気、気持ちいいな。寒いけど。

 なんかいい気分だ。今日はいい夢、見られそう。

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チャリで新聞配るギャル 神田新世 @sinsekainokami

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