第8話

 日の暮れた歩道は街灯に照らされた所以外暗闇に包まれている。


静寂の中に響く二つの靴音。


「…なぁ。」


沈黙を破ったのは瑛晴だった。


「さっきのどういう意味だ。」


「主語がない。」


「だから、さっき明…さんと話してたこと。なんで一人で帰っちゃだめなんだよ。」


数歩先を歩いていた一澄の足が止まる。


「お前、邪魂が何かあの人から聞いたんだよな。」


「まぁ大まかに。」


「それで邪魂を見たのは今日が初めて、と。」


「そうだよ。だからなんだよ。」


一澄の足が止まるのと同じく瑛晴の足も自然と止まっていた。


街灯に照らされた場所にいる瑛晴からは、暗闇の中にいる一澄の姿を視覚では捉えづらい。


「だからだよ。」


振り返った一澄の瞳が暗闇の中に浮かび上がる。


「元は人、生者を襲う。でも今までお前はあれに出会ったことがない。それには理由がある。」


黄色い瞳の視線は瑛晴の後ろへ向けられる。


「一、あれは日が沈み始める時間帯から朝方までしか動かない。ニ、襲うタイミングはターゲットが一人や、人気の少ないところにいる時。」


一澄の視線の先が気になりゆっくりと首を回す。


「そしてこれが一番の要因。三、なにかの拍子にあれを見た人間を最優先で襲う。」


身体ごと後ろに振り向いた時には既にあれはいた。


一澄の視線は始めから瑛晴の背後にいる邪魂に向けられていたのだ。


暗闇の中で蠢く、この世のものではないのだと一目で分かる何とも言い難い姿。



「それが邪魂だ。」



 瑛晴の背後にいる邪魂はまるで一澄など見えていないのか、ずっと目の前の人物を見下ろしていた。


「…あっ。」


声が出なかった。嫌な汗が出る。先程の出来事が夢ではないのだと再確認させられる。


「邪魂を視認した人間はあれに必ず襲われる。だからあの人は俺を一緒に行かせたんだよ。」


一澄の手が瑛晴の肩に置かれる。と、同時に後ろに押し出される。


「下がってろ。お前にはどうすることも出来ない。」


構えの姿勢をとると、不思議と一澄の周りが風に揺れ始めた。


刹那、アスファルトの地面から無数の木の幹が伸び邪魂を絡めた。


「すげぇ…。」


捉えられた邪魂は呻き声のような音を発していた。


聞いたことがある言葉。夕方にも聞いた。


【タ、すケ…テ】


瑛晴の脳内に先程の男性の姿が浮かんだ。思わず身じろぎ、奥歯を噛み締める。


「邪魂の言う言葉に意味はない。聞く耳を持つな。」


後ろで姿は見えないはずなのに、一澄は振り向くことなく瑛晴を自分の背中に重なるように動く。


「邪魂には核がある、それを壊せば祓える。位置は大体人間のそれと同じ。」


一本の太い幹が新たに生え、左胸あたりを突き破る。


呻き声を上げたまま、囚われていた邪魂の体は塵になって消えた。後には無数の木の幹があるだけだった。

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陰陽之虚 中条穹 @nakajo_0408

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