双子の王子

らいか

双子の王子

 それはある時代、ある場所での物語。

 とある王国の王妃が身籠った。しばらく世継ぎに恵まれなかった。王様は、大いに喜び。占い師にどんな子が産まれてくるのかを尋ねきた。

「最初に、残念な事をお伝えしなければなりません」

 占い師は目に涙を浮かべて沈黙してしまう。その口はブルブルと震えていた。

「なんだ。申してみよ。ワシはお前の言葉を信じるし、怒ったりもせぬ」

「そうですか。ありがとうございます。しかし残念ながら、お妃様は、お子様を出産後まもなく亡くなってしまわれます」

 王様は驚愕のあまり言葉も出せず。膝から崩れ落ちた。

「王様。心中お察しいたします。しかし残念ながら重要なのは、ここからなのです」

「これ以上のことが起きると言うのか」

「申し上げにくいのですが、お子様は双子の王子となり、その内の一人が王様を殺すでしょう」

「どちらだ。どちらの子がワシを殺すのだ!」

 王様は占い師の肩を揺さぶり、必死に答えを求めた。

「それは、双子の王が育つまで分かりません」

 それを聞くと、王様は肩から手を離し落ち込んだ様子で「分かった」とだけ呟き、占い師の元を去っていく。


 数日後、双子の王子は産まれたが、占い師の予言通り王妃は崩御してしまった。亡くなる直前王様は王妃に王子の名前だけでもと双子の名付けを任せた。王妃は最初の子をコロッセウス。次の子をセオドリオと名付けた。

 王様は自ら恨みを買わぬように双子を自然豊かな場所に住まわせ、育児や教育は、使用人達へ任せることにした。


 そしてしばらくの時が経ち双子の顔は瓜二つとなった。周囲の人々は、二人の言動で判断するしか見分ける方法はなかった。

「セオドリオ様。どちらに行かれたのですか。お勉強の時間ですよ」

 町から離れた自然の中にある大きな屋敷。ここは王様が長期休暇を取る際に住むところである。コロッセウスとセオドリオは産まれてすぐにこの屋敷へ移されて使用人達とともに、過ごしてきた。

 そんな自然豊かな場所を縦横無尽に駆け回るのは、セオドリオ。剣に見立てのか。右手に枝葉を持ち走っているのを使用人がようやく見つけた。

「見つけましたよ。セオドリオ様。お屋敷に帰って勉強をしましょう」

「やだよ。勉強なんて俺は体を動かしたいんだ」

「運動の時間なら、勉強した後に設けてありましから、さあ、帰りますよ」

「分かったよ」

 セオドリオは少し不満げな顔をしながら屋敷に帰ってきた。

「よう! コロッセウス。今日こそ俺と戦ってもらうぞ」

 そう言って枝葉をコロッセウスの前へ突き出す。

「やめてください。怖いですよ。セオドリオ」

 コロッセウスはすかさず使用人の後ろに隠れる。

「ちっ、臆病者のコロッセウス。つまんねえ奴だな」

「危ないですから、それをしまってください。セオドリオ様。じゃないと運動の時間を勉強時間として延長しますよ」

「ずるいぞ。そんなやり口!」

「どうしますか。セオドリオ様」

「勉強する」

 こうして双子は勉強部屋に通された。そこには教養本がたくさん置いてあり、ドア以外の三方を本棚が囲んでいる。その中央にテーブルとイスが4つ置かれていた。

 テーブルの上には2つの羽ペンとインク入れそして白紙の羊皮紙が束になって双子を圧倒させた。

「今日こんなに勉強するんですか」

「はい、今日の内容は政治学ですから」

 政治学という言葉を聞いた瞬間。双子はドアの方へ駆け出した。しかしそこを、家庭教師が通せんぼする。

「今日こそは逃しませんよ。お二人とも」

「あの勉強は私達には早すぎますって」

「そうだ。そうだ。せめて帝王学にしろ」

「僕は音楽理論が良いです」

「いけません。今日は政治学の勉強をします」

 そうやって家庭教師と双子が水掛け論をしていると、威厳のある。そして聞き慣れた声が聞こえてきた。それは二人の父親。つまり王様だった。

「これは王様、お見苦しいところを見せて申し訳ありません。そういえば、もう長期休暇の時期でしたね」

「まぁ良い。それで二人はまた政治学を嫌がっておるのか?」

「はい、そうでございます」

 家庭教師が申し訳なさそうに王様に謝った。王様は家庭教師のご機嫌を取り。今度は双子の方を向いて、話し出す。

「コロッセウス。セオドリオ。よく聞きなさい。政治学とは本来大人になってから勉強する分野。そのことはワシを含めて使用人達も分かっておる」

「ならどうして、子供の俺達に学ばせるんだよ」

「それは二人が王子だからだ。王子となれば政治に関わる事がいずれ必ず来る。それは政治の指揮官として、そのような者が、大人になってから政治学を学ぶのは、もう遅すぎるのだ」

 二人は、それでも納得いかない様子だ。

「どうだろう。今回はワシが直接政治学を教えるというのは、それでもダメか?」

「父上が直接、私達に勉強教えてくださるのですか! それならやってみます」

 コロッセウスはそれを聞いて満面の笑みを浮かべた。しかしセオドリオは何かに勘づいた様子で、家庭教師の方を向く。

「おいっ、先生! まさか最初から親父の来ることが分かって今日の勉強を政治学にしたんだろう」

「バレましたか」

 双子は事の真相を知ると渋々席についた。

 王様の教え方は、実体験も踏まえたとても分かりやすい者だった。コロッセウスは熱心にメモを取り、セオドリオは話を聞くにとどまったが、二人ともいつもより真剣に勉強しているように家庭教師からは見えた。


 政治学の勉強を終えると次は運動の時間であセオドリオは早々に自然の中へ飛び込み。使用人達をその言葉で急かした。しかし今度は、コロッセウスが乗る気ではなく、玄関で立ち止まってしまった。

 そんなコロッセウスを見て王様は彼に優しく話しかけた。

「どうしたコロッセウス。自然が怖いか」

「自然は怖くありません。むしろ芸術と同じように僕は自然を愛しています」

「ならばなぜ、自然の中に入らぬ?」

「私は運動。特に剣術や武術など、僕は戦いたくありません」

 実際、コロッセウスは、一日の大半を屋敷の中で過ごし、いわゆる兵法というものに苦手意識を持っていた。

「そうか。ならばコロッセウス。将来我が国が周辺諸国から襲撃を受けた時、お主は戦わずに済むと思うのか」

「それは……」

 コロッセウスは言葉に詰まり、俯いてしまった。すると自然の中を駆け回っていたセオドリオが戻ってきて、こう言った。

「そんな時が来たら、代わりに戦ってやるよ。コロッセウスは臆病者だからな」

「ありがとうございます。セオドリオ」

「その代わり、俺の練習には付き合ってもらうぞ」

「分かりました……」

 コロッセウスは、まだ思うところがあるそうだがセオドリオの提案を了承した。するとセオドリオはコロッセウスの手を引いて走り出し自然の中へ連れていった。

「まずは柔軟運動だな」

「それくらいなら」

 コロッセウスはそう言うも思った以上に彼の体は硬く。体動かすたびに騒ぎ立てていた。一方のセオドリオは驚異の丈夫さと柔軟性を兼ね備えた体を持っている。己の体を文字通り自由自在に扱うことができる。

「さすがにここまでの運動が下手だとは思ってなかったぞ」

「すみません」

「謝ることじゃないぞ。コロッセウス。お前はまず、先生に基本の体作りを学んで来い」

「分かりました」

 その後、コロッセウスの体作りが完了していよいよ戦闘訓練へと入る。

 双子は木製の剣と盾を持ち向かい合う。立会人は家庭教師だ。

「それではお二人とも準備はよろしいですね」

「はい」

「いつでも良いぜ」

「では始めてください!」

 二人とも真っ先に攻撃へ移るのではなく。相手の出方、様子を伺っている。最初に仕掛けたのは、やはりセオドリオだった。彼は相手の方に剣を向けて腕を引き駆け出す。それを待っていたかのようにコロッセウスほ盾を構えてセオドリオの突きの攻撃へ備える。しかしセオドリオはコロッセウスの間合いに入ったところで突然体勢を低くして、コロッセウスの向こうずねを叩く。その痛みに耐えかねて体勢を崩した。コロッセウスに追い討ちをかける。コロッセウスはその場に尻もちをつきながらも、セオドリオに剣先を向ける。その表情はどこか怯えているようだった。

「そこまで!」

 家庭教師の合図を聞くと双子は剣を納める。

「相変わらず読みが甘いな。コロッセウス」

「まだ痛みがあるんですけど、セオドリオ」

「痛みを感じられるだけ、ありがたいと思え。これが本当の戦闘なら、少なくともお前の両脚はもう無いぞ」

 「今度は、お二人で狩猟をしてきてください」

 そう言って家庭教師は双子に狩猟道具を渡す。

「狩猟ですか。僕は動物を殺めることには反対です」

「コロッセウス様その気持ちはよく分かります。ですが、市場に出回っている肉類はご存知通り。いずれも動物の命を頂いているのですよ」

「それは、わかっていますが……」

「ほらっ、さっさと行くぞ。コロッセウス」

「待ってください。今行きますから」

 そうして双子は森の中へと入っていった。

 そんな日々が何年か続き、双子は立派な青年へと成長していく。顔が瓜二つなのは相変わらずで、その容姿は、双子とも金色の短髪で、二重まぶたの青い瞳を持つ高身長痩せ型の美青年になっていた。

 双子を見分ける方法としてはその言動は元より、コロッセウスは撫で肩。そして顔の輪郭が丸みを帯びている事。セオドリオは、やや吊り目で全身が筋肉質である事。

 コロッセウスは、明るく柔和で芸術を好んだ。

 セオドリオは、冷静、狡猾で戦闘を好んだ。

 双子は狩猟の森から屋敷に帰る道中である。

「やはり、狩猟は慣れませんね。動物達に申し訳がないです」

「そんな迷いがあるから、弓矢を全部外すハメになるだろう」

「セオドリオ。あなたには動物達への愛は無いのですか」

「それはある。だが、奴らは俺達と違って弱肉強食の世界に生きている。俺は狩猟もその一環だと思っているからな」

「そういう考え方もあるのですね」

「ほら、屋敷が見えてきたぞ」

 双子が屋敷へ帰ると使用人に迎え入れられる。

「お二人とも狩猟お疲れ様です」

 家庭教師は双子から狩猟道具を預かると、続けてこう言った。

「お二人とも、明日は王都へ視察に行きますよ」

 双子は産まれてからこの自然の中にある屋敷から出たことはない。もちろん町の情報は毎日届けられていたので、世間知らずなんてことにはならないだろう。

「少し遅すぎじゃないか」

「そうですかね。僕は楽しみです。町で国民がどのような生活をしているのか。気になることばかりです」

「確かに、外に出ることを怖がっていたコロッセウスがこんな事を言うようになったなら適齢期だな」

「何ですか。その判断方法、釈然としませんね」

「これでも褒めているつもりなんだが」

「そうですか。ありがとうございます」

 コロッセウスは珍しくそっけない態度でお礼を言った。


 翌日、双子は使用人達と王都へ視察に来ていた。

 町は城壁に囲まれており、レンガ造りの建物が目立つ。時間帯は朝。町に活気が溢れ出す頃で、人々の往来も増加してくる。

「かなり栄えているようで安心しました」

 コロッセウスは嬉しそうに町の周囲を見回している。

「これだと容易に体を動かせる場所はなさそうだな」

「セオドリオ。あなたの体を動かすというのは戦闘訓練のことでしょう。僕は反対です」

「けど、豊かな土地ほど、周辺諸国に狙われやすいだろう」

「縁起もないこと言わないでください」

 市場には肉類、魚類。そして野菜とさまざまな食材が売られている。人々の住む家は一軒家が多くどれもレンガ造りである。町並みは自然と人工物が見事に調和したとても上品なものとなっていた。さらに言ってしまえば、国民は双子が王子である事を知らない。知らされているのは、双子の王子が産まれたという情報だけで人相や性格といった情報は伏せられている。

「町中にもところどころ自然豊かな場所があって僕は好きですね」

「俺には少し物足りないな。あまりにも上品すぎるというか。観光客が来た時には娯楽が少ないかもしれないな」

「珍しく意見が一致しましたね。私もそう思います。今の王都には娯楽が少ないかもしれません」

「珍しくは余計だが、もっと吟遊詩人や道化師なんかがいても良い気はするな」

 双子の言う通り最高水準の生活は充分に遅れるだろう。しかし国民は生活する。ことに留まっていて、娯楽や余興といったものを知らないように見えた。

「お二人とも、そろそろ王城へ向かう時間ですよ」

 使用人が言う。

「我々は王城へ行くのも初めてですね。少し緊張してしまいます」

「とは言っても、いずれはその王城で住むことになるんだ。緊張していたって仕方ないだろう」

「不謹慎なこと言わないでください」

 コロッセウスがそう言うとまた使用人が話し出す。今度は辛い表情でとても言いづらそうである。

「それが残念なことに、そうなるのも時間の問題かもしれません」

「どういうことですか?」

「実は王様はここ最近ずっと風邪気味で寝たきりの生活が続いているんです。町の視察を始めたのも万が一のことがあっては遅いと視察の時期を早めたのです」

「そんなこと。初めて聞きましたよ!」

 珍しくコロッセウスが声を荒げる。

「王様にこの事は口止めされていたので、すみません」

「そういうことなら仕方ありません。あなたのせいではないので謝罪されなくても、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。コロッセウス様」

「それよりも父上が心配です。早く王城へ向かいましょう」

 王城そして王様の寝室。そこには豪華なベッドで弱々しく仰向けになっている。双子の父親。王様の姿があった。

「コロッセウス。セオドリオ。よく来たな。歓迎するぞ」

 息も絶え絶えの王様は一言。一言を噛み締めるように双子の息子へ話しかけた。

 コロッセウスは、すぐさま王様の枕元に駆け寄った。

「父上、無理にお話にならなくて結構です。私はここへ残り。父上の看病をすると決めましたから」

「そうか。ありがとう……コロッセウス」

 セオドリオは寝室の両開きするドアの前で、見張りの兵士のように立ち尽くすのみである。その表情は険しいものであった。

「親父、この事は他に知っているものはいるのか。周辺諸国も含めてだ」

「セオドリオ。今聞くことではないでしょう」

「いいや、これは国の一大事だ。口が聞けるうちに聞いておかないと、後々、面倒になる」

「そうだな。少なくとも国民や周辺諸国には知らせておらぬ」

「そうか」

「遺言書も残してある。ワシが……」

 そこまでいかけたところでコロッセウスが止めに入る。

「そんな事言わないでください!」

「待て、コロッセウス。親父は遺言書も残して覚悟決めている。たとえ身内でもその覚悟をないがしろにするのは違うだろう」

 セオドリオはそう言って寝室を出ていきその後を使用人が着いていく。

「セオドリオ様どこへ行かれるのです?」

「親父はもう長くない。だから運命に任せるのさ」

「運命ってどういう事ですか。セオドリオ様⁉」


 翌日の早朝コロッセウス父親のために薬を取りに来ていた。その部屋には多くの薬草はもちろんすり鉢や天秤、鍋など薬の調合に必要なものがすべて揃っていた。そこにある棚には完成した薬品がいくつも置かれていた。

「父上がいつも朝服用している粉薬はこれですねなぜでしょう。同じ名前の薬の瓶が2つある。薬剤師の作り置きですかね」

 中身を確認してみると、白い粉薬が同量入れられていた。

「僕は薬学に詳しくありませんし、とりあえず2つ持っていきましょうか」

 コロッセウスが王様の寝室へ戻ると、王様は同じ薬を2つ持ってきた。息子を見て背筋が凍りつくのを感じた。

「申し訳ありません。父上なぜか同じ名前の薬が2つありまして、どちらとも持ってきてしまいましたってどうされたのですか? いつも以上に顔色が優れませんよ」

「悪寒が少ししただけだ。気にするな」

「そうですか。それなら良いのですが……」

 王様は心配そうに見つめる息子のコロッセウスから目を逸らす。

 口では悪寒と言った。しかし悪寒どころの話ではない。双子が生まれる前、占い師に言われた。「双子のどちらかが王様を殺す」という言葉が、王様の脳裏を埋め尽くした。

「コロッセウス。薬はいつも自分から飲むと決めておる。だから手伝わなくても良い」

「えっ? しかし父上は寝たきりで手足も動かせないはずですよ」

「そうだったな。スマン今のは、ちょっとした見栄だ。王子に看病される王様など情けないからな」

「そんな事ないですよ。僕は父上の子に生まれて幸せでしたし、こうして看病できるだけでも嬉しいです」

「そうか。ありがとう……では、わがまま言っても良いか」

「どうぞ、ご自由にお申し付けください」

「その2つの瓶に入っている粉薬を混ぜて飲ませてくれ。同じ薬なら問題なかろう?」

「それがわがままなのですか。父上?」

「そうだ」

 コロッセウスは不思議に思いながらも父親の言う通り2つの瓶に入っている粉薬を混ぜて、匙に乗せ父親の口元に運ぶ。王様は小さく口を開けてそれを舌の上に乗せる。王様の唇はブルブルと震えていた。

「大丈夫ですか父上、こちらお水です」

 王様はコロッセウスからコップを受け取り、その中の水を今度は一気に飲み干した。

「そんな一気にお水を飲んだら咽返してしまいますよ」

「ゴホッ、ゴホッ」

 王様は大きく咳をした。

「ほら、僕の言った通りでしょう。ってどうしましたか父上?」

 王様の顔はみるみる青紫色になっていき口から泡を吹き出し苦しみ始めた。

「大丈夫ですか父上!」

「コロッセウス。遺言書を見ればすべて分かる。だからこの国と国民を……」

 そこで王様は事切れた。

「父上、どうしましたか? 父上、父上!」

 コロッセウスはずっと握っていた手が段々と冷たくなっていくのを感じて、すべてを察する。そして今までにないほどの絶叫を上げて泣き崩れ、その日は一日中泣き過ごした。

 王様、崩御。

 この知らせは国民と周辺諸国に伝達され国葬が行われた。そして後継者を双子の国内は大揉めになった。王様の残した遺言書には、双子のどちらかが王様を殺す事が書かれており後継者は、王子二人だけの話し合いで決め。その決定に必ず従う事と著してあった。

「コロッセウス。お前が王様をやれ。俺はこの国を出て一人旅に行く」

「父上を殺してしまった。僕などに王様の責務が務まるわけありません」

「そうかもな。けど、俺は王様には向いてない。お前なら分かるだろう。コロッセウス」

「そうですね。分かりました。しかしなぜ一人旅へ?」

「コロッセウスが王様となった今、俺の役目はもう何もない。だから俺は自由にさせてもらう」

「もし僕に後継者ができなかったらどうするのですか」

「その時は、この王朝が滅ぶ日だよ」

「王子ともあろうものがそんな事を言ってはいけません!」

「俺はもう王子じゃない。ただのセオドリオだ。じゃあなコロッセウス」

 そう言って翌日には灰色のロープだけを羽織ってセオドリオは王国を去って行った。


 セオドリオが去った後、数日間ほどコロッセウスは寝込んだが、そうもしてられないと思い。先代の政策や町並みを維持しつつ、娯楽の発展に注力した。まずは画家や音楽家の支援である。画商や楽器職人から宮廷直々に買取を行うことでその者たちは宮廷からのお墨付きをもらったことで自信を持ち。やがては宮廷お抱えとなっていった。

 さらには国内最大級の劇場を建てて、演劇も支援した。たまにコロッセウス自身も絵を描き。作曲して歌い。劇場で演じて見せた。それのどれもが一級品で、明るく愉快なものだった。おかげでコロッセウスは国民的人気者となっていた。

「最近は、国民の笑い声も聞こえて来てますます活気に溢れておりますな」

 従者が言った。

「そうですね。僕が始めてこの町へ来た時はせいぜい微笑みくらいでしたが、今は国民の楽しげな姿を見られてとても嬉しいです」

「しかしコロッセウス様。問題もございます。魅力的な土地には人が集まるというもの。いよいよ人の往来する道ですら土地がなくなって来ていますぞ」

「それは分かっています。しかし自然を壊してまで土地を広げるつもりはありませんよ」

「ではどうすれば良いのでしょう」

「地にが人の住むところが、少なくなって来たのであれば、天に作れば良いのです」

「天に人を住まわせる⁉︎ 一体どうやって」

「今までにないほどの高い建物を作りそこに複数の国民を住まわせるのです」

「なるほど、とは言ってもあまり想像ができないのですが……」

「仕方ないですね」

 そういうとコロッセウスは絵の具とキャンパスを取り出しあっという間に建物の想像図を描いてしまった。

「細かい設計などは大工に任せておくからこういうものを作ってください」

 コロッセウスは外観だけでなく内装までしっかりと描いていく。

 それを見ていた従者は唖然とするばかりである。

「素晴らしいです。コロッセウス様、さっそく計画に移しましょう」

「はい、そうしてください」

 こうして、いわゆる集合住宅の建設が始まった。それは新たな雇用を生み出すきっかけとなっていた。

 こうしてコロッセウスは数年かけて、自らの王国を万国に誇る芸術そして観光都市へと成長させたのである。そしてそこにはお忍びで帰ってきたセオドリオの姿があった。

 久しぶりに再開した双子は、昔住んでいた。自然の屋敷へ足を運んだ。

「懐かしいですね。セオドリオ」

「そうだな」

「それで今回はどうしてここへ来たのですか?」

「最後の思い出にはここが良いかなって、思っただけさ」

「どういう意味ですかそれ」

「その意味は自分で考えろ。コロッセウス」

「よく分からない人ですね」

「そんな事よりどうだろう。コロッセウスここで勝負するというのは」

「遠慮しておきます。きっと僕は戦闘においてあなたに勝てることはないでしょうから」

「勝負は木製の剣と盾を使った模擬戦だ」

「人の話聞いてますか」

「この金貨が地面に落ちたら試合開始。どちらかが降参するまで続けるぞ」

「その金貨。裏面に僕の横顔が彫ってあるやつじゃないですか」

「さすが王様だな」

 そう言いながら双子は武器を備えて外に出る。そしてあの時のように双子は向かい合う。

 セオドリオは金貨を親指に乗せて、天高く弾くと思った瞬間。 金貨を地面に叩きつけた!

「それは、酷くないですか!」

「王様だからって容赦しねえぜ」

 そう言いながら瞬足で相手の間合いに入り早々、勝負を決めにかかるセオドリオ。しかし自然の中に響いたのは木剣のぶつかる音。セオドリオはそれでも一歩。また一歩とコロッセウスを後退させる。だいぶ下がったところで彼は一瞬力を抜き、コロッセウスは勢いそのままに尻もちついた。しかしすぐに立ち上がり、セオドリオ目掛けて剣を突く。それは盾に防がれてしまい伸び切ったコロッセウスの腕にセオドリオは思い切り木剣を叩く。

「負けました」

「やっぱり俺の方が強かったな」

「そうですね。今度はあなたの話を聞かせてください。セオドリオ」

「良いぜ」


 数年前。セオドリオは王国を出て当てもない一人旅を始めた。

 野原駆け抜け山を超えて海も渡った。その間も戦闘訓練は一日たりとも欠かす事はなかった。

 早朝日の出とともに起き。軽く準備運動をしてから、今日の食料を山へ取りに行く。木の実、キノコや果物。動物を狩り、時には雑草も食べて飢えをしのいだ。このあたりの知識は、かつて家庭教師から学んだことである。政治学を双子とも嫌っていた勉強だとしたら、大好きだったものが自然の勉強だった。

 朝食を済ませると、セオドリオはお手製の木刀で素振りを始める。ただ素振りをするわけではない。想像上の相手と戦いつつ意識を無くし、また戻ってくるまで、続けるのだ。武術も同様の事をする。それを彼は無の境地と呼んだ。他には大木に向かって拳を撃ち。大岩を背負って山を駆け抜けて、背丈あるほどの草を蹴り千切る。夜は、立った瞑想をしてそのまま眠りにつく。全身の筋肉も嫌というほどに虐め抜いた。

 いよいよ海岸に着き、躊躇なく海へ飛び込み泳ぎ始めたセオドリオだったが、やはりそこは人間。数時間進んだところ疲れ果て気を失ってしまった。

「俺から話せるのはここまでだ」

 セオドリオは話を黙って聞いてくれていた。コロッセウスに言った。

「この後どうやって助かったのですか?」

「話せるのはここまでって言っただろう。さよならだ。コロッセウス」

「ちょっとどういう意味ですか」

 セオドリオはその問いかけに答えず王国を去ってしまった。

 帰路につきながらセオドリオは海で気を失った後のことを思い出す。当時対岸にある帝国では奴隷貿易が盛ん行われてこの日も港に奴隷商人が奴隷船の帰りを待っていた。

「棟梁。なんか浜辺にすごい筋肉質の男が流れ着いてますよ」

「なんだと、奴隷船から放り出された不良品じゃないだろうな」

「不良品なんてとんでもない。こりゃあとんでもない。掘り出し物ですよ」

「お前がそこまで言うなら信じてやるそいつを連れて来い」


 そうしてセオドリオが目を覚ます頃。髪は剃られ、両手足と首に鉄製の分厚い枷を付けられて、奴隷の競売にかけられていた。

 円形型の舞台で競売にやってきた人たちが、良い奴隷はいないかと品定めをしている。そんな中。セオドリオを拾った奴隷証人が出てくる。

「さあ続いての商品は文字通り先ほど私の部下が浜辺で見つけた。文字通りの掘り出し物でございます」

 奴隷商人は自信満々にそう言った。

「見てください。この筋肉。農奴にするも良し。召使いにするも良し。剣闘士にするも良し。さあ、買った。買った!」

「おいっ、奴隷商人さんよ。剣闘士になれるってのは本当か」

「なんだ奴隷の分際で、買い手がそれを望めばな。ただお前に選ぶ権利はないぞ」

「分かっている。だが、俺はどうしても剣闘士になりたい。だからここで実力を示す」

 「生意気な口を聞きやがって!」

 すると奴隷商人は彼の背中を鞭で思い切り叩いた。背中には赤い絵の具で線を引いたようなアザが何本もできる。それでもセオドリオは痛がる素振りを見せず。むしろ振り向きざま奴隷商人を見て、ニヤリと笑い。

 「このままだと大事な商品が傷物になってしまうぞ」

 「黙れ! 黙れ! 黙れ!」

 「ならば今ここで俺を殺し永久に黙らせてみるが良い!」

 奴隷商人の鞭を叩く強さ速さは一層、酷くなる。バチンッ!バチンッと鈍く軽快な音が舞台に響く。

 その光景に誰も手や声をあげる者はいない中から渋く貫禄のある声がセオドリオの耳へ届く。

「その奴隷。私に買わせてくれ」

「良かったな。彼は有名な興行師だ」

「興行師というとあれか。剣闘士を育てて戦わせる奴らの事か」


 交渉は成立し、セオドリオは望み通り。剣闘士の道を歩む事になる。そしてちょうど10日後に闘技大会が行われるので、そこへ出場する事となった。

 興行師セオドリオを生活を見てこう評価した。彼の戦い方は野蛮すぎる。闘技大会はあくまでも見せ物であるから、華麗に戦う事も必要だ。

 セオドリオはそう言われても納得がいかず。また己だけで剣闘士としての鍛錬を始めた。鍛錬の方法は、旅路の時にしていたものである。ただ瞑想の代わりに2時間ほどの散歩へ毎日出ることが日常になっていた。そんな散歩を続けていると、ある女性がセオドリオへ思い寄せるようになっていた。その名をソフィルと言った。ブロンズの長髪は艶やかで顔は美しいというよりも可愛いらしいと言われることが多く。性格はどこかコロッセウス思わせるような言動が多々見られた。


 セオドリオが帝国に帰ってくると一番にソフィルは迎えに来た。

「お帰りなさい。セオドリオ。王国の様子はどうでしたか」

「そうだな。ようやく街や文化の程度が帝国に追いついたって感じだったな」

「そうですか。それは良かったです」

 そこへ興行師もやってきた。

「セオドリオ帰ってきてたのか。明日はいよいよ闘技大会当日だ。間に合わないかと思ったぞ」

「俺がそんなヘマするかよ」

「そうだったな」


 闘技大会当日。会場となる円形闘技場には大観衆が集まり、その中には皇帝の姿もあった。

 セオドリオはその日⒚勝を難なく挙げて、⒛戦目の相手闘技大会の王者ラーマと戦うことになった。二人は鉄製の剣と盾を持ち向かい合った。体格は二人ともそう変わらない。

「よう新進気鋭のセオドリオ調子はどうだい?」

「御託良い。さっさと始めるぞ」

「それもそうだな!」

 ラーマが一気に詰め寄り上から剣を振り下ろす。それを盾で防ぐセオドリオ。行き着く暇もなく、今度は横に剣を振りセオドリオの脇腹を狙うもそれを剣で迎え撃ち会場には剣と剣がぶつかる甲高い音が響き。観衆は湧き上がる。剣闘士の剣による押し合いが始まった。ラーマは躍起になって目ギラつかせ歯を食いしばっている。一方セオドリオは表情ひとつも変わらない。

「なんだ、お前。済ました顔しやがって俺を舐めてんのか!」

「ああ、舐めている。俺は防御しかしないから、思う存分攻撃すると良い」

「生意気な野郎だ。戦いそのものを舐めていやがる」

 ここは一旦引き体勢を立て直すラーマ。しかしセオドリオは攻撃してこない。観衆もそれに気づくと彼への激しい野次が闘技場内全体から飛んできた。そんな中でも試合を見にきていたソフィルはセオドリオの勝利を祈り続ける。

「くそ、隙がねえ防御徹するって言葉は本当らしいがだからこそ俺の動きを逐一観察しているのが分かる」

「このままでは観衆も面白くないだろう。だから俺は武器を持たずに素手で戦うことにする。ただ攻撃はさせてもらうぞ」

 そういうとセオドリオは武器と防具をその場に捨てた。これには観衆も苛立ちを隠せない。しかしラーマは違った。ここでセオドリオを躊躇なく斬ってしまえば王者としての器量が疑われる事になる。

「なら俺も素手で戦う事にしよう」

 そう言ってラーマも武器と防具をその場に捨てた。その行動に観衆は湧き上がる! ここに闘技大会としては異例中の異例。徒手格闘での戦いが始まった。

 二人は同時に走り出しお互いの顔面目掛けて拳を撃つ。セオドリオの拳は見事ラーマの頬に当たるがラーマの拳はセオドリオの横顔をかすめたに過ぎなかった。しかしラーマは反対の拳でセオドリオの腹に一発入れようとするも、これは片手で止められてしまう。お返しとばかりにセオドリオはラーマの腹に膝蹴りを入れる。だが、そこは王者ラーマこの程度では怯まない。頭突きを思い切り良くセオドリオの顔面にお見舞いするも彼のすまし顔は変わらない。するとセオドリオはさっきラーマの顔面に入れた拳を今度は腹に入れる。大木を貫くほどの拳。さすがのラーマも後退して腹を抑える。

「まだ……終わってねえぞ……」

 しかしその言葉も虚しくラーマは紙面に伏せた。大観衆が祝福の大声援を挙げる中ソフィルは嬉しさのあまり泣いてしまっていた。


 試合後。コロッセウスは皇帝から呼び出しを受けて謁見の間に来ていた。

「俺に用事か。皇帝」

「なんと無礼な奴だ!」

 お付きの者が声を荒げると、皇帝がそれを諌める。

「落ち着け。まずは闘技大会の優勝おめでとう」

「まさかそれを言うためだけにこの俺を呼び出したわけではあるまい」

「さすがだな。最近、コロッセウスとやらが治める王国が発展目覚ましいのは知っておるか?」

「それがどうした」

「帝国はその王国を攻める事を決定した」

「俺はその戦争に参加すれば良いのか」

「そうだ。闘技大会優勝者の貴様には大きな期待がかかっておる」

「ならば、コロッセウスを打ち取れば満足か」

「それ以上の功績はなかろう。帝国としても数年ぶりの戦だ。期待しておるぞ」

「分かった」


 セオドリオは故郷との戦争に向けてまた訓練を始めた。そこには興行師、王者ラーマ。そしてソフィルの姿もある。

「まさか我々の知らないところで、そんな計画が進んでおったとは」

「この中で戦争を経験した者は興行師のお前しかいない。何を驚いている」

「いやに冷静じゃないか。戦争が恐ろしくないのか」

 興行師はセオドリオへ問いかけをした。

「戦争が恐ろしく残酷なことは知っている。だからといって、俺は今回の戦争に反対するつもりはない」

「そうか。ラーマはどうだ?」

「戦争をその身に感じられる機会なんてないと思ってたから、戦争が一体どんなモノか確かめて来るぜ」

「分かった……」

 興行師はそれ以上、話を広げず。その二人に訓練の指導を行った。特に闘技大会の王者ラーマの指導に力を入れていく。

「ラーマよ。戦争は闘技大会と違って複数の相手をしなければならない」

「そんな事お前に言われなくたって分かっている」

「それに戦争では一撃必殺が求められる。ラーマ、貴様は闘技大会に慣れすぎて相手にも攻撃の機会を与えてしまう癖がある。それではすぐにやられてしまうぞ」

 興行師はラーマの中にある剣闘士としての心を戦士の心に変えるための修行を始める。相手となるのはセオドリオである。セオドリオの戦い方は初めから戦士の心を軸に持っていたと興行師は言う。すなわち、見せるための戦いではなく。勝利するための戦いを心得ていたのである。二人はあの時闘技大会で行われた試合とは別に鉄製の剣と盾を使っての戦いを繰り広げていた。

「セオドリオ。貴様は何のために戦うのだ」

 ラーマがセオドリオ問いかける。それと同時に剣をセオドリオの腹目掛けて突く。

「俺は戦うために戦うのみだ」

 セオドリオはそれに応戦するように盾で防ぎ、伸び切ったラーマの右腕に斬り掛かる。

「それはどう言う意味だ」

 それに気がついたラーマは瞬時に剣を引き、斬り掛かってくる。セオドリオの剣を盾で防ぐ。

「戦いこそが俺をもっとも成長させてくれる喜びだからだ。貴様は何のために戦う? ラーマ」

 セオドリオの剣とラーマ盾がぶつかり一際大きな音を響かせる。

「俺は武勲を上げるために戦う」

「その武勲とはなんだ」

「コロッセウスを討ち取ることだ」

「よく分かってるじゃないか」

 セオドリオが剣を収めた。


 その日の夜のことセオドリオはいつも一人で訓練に励んでいる場所へソフィルを呼び出した。そこは森の中にある開けた場所で空には満天の星が輝いている。

「危ないところをよく来てくれたな。ソフィル」

「セオドリオ様から呼び出したのなんてこれが初めてですから……」

 恥ずかしそうにするソフィルを見てセオドリオ微笑みを浮かべた。

「君には真実を伝えておこうと思ってね。と言っても俺が単純に楽をしたいだけかもしれない」

「どういうことですか?」

「最初に言っておくが、君の期待している返答は返せない」

「そうですか。残念です。セオドリオ様は鈍感それとも堅物なのですか」

「堅物だな」

「それでもわざわざお呼び出しになるということは、何か話したいことがあるのでしょう」

「そうだな。何から話そうか……まずは俺が王国の王子ってことからだな」

「そんな……ということは、セオドリオ様はご自身の故郷と御兄弟を攻めるということですか⁉︎」

 さすがのソフィルもこれには驚きを隠せず困惑していた。

「この事は誰にも言うなよ。そして止めても無駄だぞ。俺は王国を攻めるし、コロッセウスを討ち取る」

 ソフィルは言葉を出そうにもなんと声をかけてあげれば良いのか分からなかった。

「その事を知った上で今夜は俺の思い出話に付き合ってくれ」

「分かりました」

 そうしてセオドリオはソフィルに思い出話を聞かせ始めた。

「子供の頃は自然豊かな場所で過ごしていたんだ。コロッセウスはいつも読書をしているような大人しい子だ。争いを好まないだけならまだ良い。だがあいつは外に出ることを恐れるほどの臆病者だ」

「セオドリオ様はどのようなお子様だったのですか?」

「俺は今とさほど変わっていない。昔から自分を鍛えて戦うことが大好きだった。変化したのは相手がコロッセウスから君に変わったことくらいだな」

「嬉しいです。そんな風に思ってくださりありがとうございます」

 ソフィルは、どの星にも負けない笑顔で応える。

「ですがなぜ、そんなにも戦うことが好きになったのですか」

「なぜ俺が戦う事を好きになったのかは分からない。ただ単に男としての他人よりも性根が熱く荒々しいものだったのか」

「セオドリオ様は殺されるのが怖くないのですか」

「怖いとも、だが死ぬ事そのものに恐れを抱いた事はない。ただ殺されるという事に限定すれば恐怖することもある」

「言っている意味がよく分かりません」

「すまない。つまりは自分死ぬ瞬間を選べないのが怖いのだ」

「セオドリオ様はどのように死にたいのですか」

「俺はせめて武勲を上げてから死ぬ事としている。それから愛する者や土地で死んでも後悔はない」

 セオドリオはそこまで言うとソフィルを見つめる。

「君は今回の戦争を俺にとって不条理なものと考えただろう。それはそうだ。なるべくならば、俺だって故郷とは戦いたくはない」

「ならば今回の戦争へ行かずにここで私と暮らしましょうよ」

「残念ながらそれはできない。皇帝との約束を守る事が俺にとって最大の使命だからだ」

「それはなぜなのですか」

「俺は王子でありながら王子の素質はその振る舞いだけに留まる。だから憧れていた。いくつもの国を治める皇帝という存在に」

「そんな事ありませんよ。セオドリオ様は立派な王子です」

「ありがとう。しかし王子の役割とは王様のように振る舞うことではない。国民を代表して政治を指揮することなのだ。その点において俺は全く向いていない」

「セオドリオ様……」

「なぁ君はこんな俺の死に場所の1つになってくれるか」

「もちろんです」

 そう言うと二人は誓いを立てた。


 数ヶ月後いよいよ戦の準備が整い。遠征の日がやってきた。セオドリオとラーマはともに戦う戦士として召集され、鉄製の剣と盾そして鎧や兜も送られた。

 出発の時、見送る人々の中にはセオドリオの子を身籠ったソフィル姿がある。

 あの夜以来二人は訓練の時以外も過ごすようになり、街のみんなからは事実上の夫婦と呼ばれるほどになっていた。

 剣闘士仲間からは、「女性に苦労はさせるなよ」と忠告され、女性からは「他の男に浮気されないためのコツは相手に尽くすことよ」とお節介を言われる始末。彼女の方は満更でもない様子で、当のセオドリオはいうと、生まれて初めて恥をかかされたと怒っていた。

「本当に人気者ですね。セオドリオさま」

「人気なのは君の方だろう男どもは、みんな君に釘付けだったぞ」

「そうだったのですか。全く気が付きませんでした」

「女って怖いな」


 そんなソフィルがセオドリオに近づき……。

「どうか無事に帰ってきてください。私の王子様」

「当たり前だよな。セオドリオ。もうお前は一人じゃないだからよ」

「お世辞はやめろ。行くぞ。ラーマ」

「なんだよ。そっけねえな」

 二人の背中が遠く、小さくなっていくのを不安そうに見つめるソフィル。

「どうかご達者で、セオドリオ様」

 そう言ってソフィルはお腹をさすった。

 

 そうして二人が王国に着く頃にはセオドリオの故郷は火の海になっていた。

「俺は先に王城へ向かう。兵士の屍で山でも作っていろ」

「待て! くっ……邪魔だ!」

 ラーマは向かって来る兵士を次々と斬り捨て王城への道を無理やり開いていく。しかし炎による熱と今までに経験したことのない。一対多勢の戦いに思いの外苦戦を強いる。

「これが戦争か」

 ラーマは獅子にも劣らない咆哮を上げ迫りくる兵士を一人残らず切り刻み。王城へと続く道を無理やり突破した。その惨劇は民衆の悲鳴と兵士の断末魔が混ざり合い業火のなか新しい何かが産声を上げているようだった。大衆は我が先と走り逃げ。大人は互いに罵声を浴びせながら喧嘩をし、子供はそれを聞いて泣き叫ぶ。それらを町を包む炎の轟音が、かき消していく。ある者の顔や体は焼け爛れ、もう人間の様相をしていない。帝国軍人の獅子奮迅の勢いで王国軍は気圧されていく。町のあちこちでは住民たちの悲鳴と子供の泣き叫ぶ声がラーマの耳を貫く。肉の焦げた臭さと、鉄錆の匂いが鼻にこぎり付く。建物を燃やした黒煙が帝国の戦果を表すように何本も立ち上り空を黒く染め上げる。

 その間セオドリオは、久しく王城へ帰ってくると城内は灯りがついておらず、彼が呼びかけても誰も返事をしない。大階段のある限界そこからまっすぐ行った突き当たりにある。謁見の間はその玉座には誰もおらず、その広さが寂しい寒さを増長させていた、かつて先代が会議をしていた場所もただ整然とテーブルにイスが並べられているだけである。

「おいっコロッセウスいるんだろう。セオドリオが戻ってきたぞ。この臆病者!」

 その時には、もう甲冑を脱ぎ捨てて、コロッセウスと瓜二つの顔が、あらわになっていた。

 もしやと思いセオドリオは本来、政治犯を捕まえて閉じ込めて置く場所である地下牢獄へ向かう。


 そこには牢獄に入り片隅で蹲るコロッセウスの姿あった。顔は頬骨と目の下のクマで覇気がなく、体も骨と皮だけになっていた。髪も伸び切り。髭も剃らず。醜悪な体臭を全身から放っていた。

「情け無い姿になったな。コロッセウス」

 するとコロッセウスはセオドリオに背を向けたまま弱々しい声で話し出した。

「やはり予言は本当でした」

 コロッセウスは嘆き悲しむ。その顔をセオドリオは見ることができない。

「しかし、信じてくださいセオドリオ。僕は決して父上を殺そうとしたわけではないのです」

「その言葉を信じるぜ。コロッセウス」

「ありがとうございます。セオドリオ」

「何せ俺があの時、薬と毒を両方用意したのが原因でお前は親父を殺すハメになったんだからな」

 その言葉を聞いてコロッセウスは驚愕し、初めてセオドリオの方を向く。

「醜悪な顔だな。コロッセウス」

「セオドリオ。あなたこそ醜悪な心を持っています! なぜそのようなことをしたのですか」

「ただ試しただけさ。親父を殺そうとした人間と実際に殺した人間が違うと予言はどうなるのか気になっていたんだ」

「そんなことのために父上を……あなたは愚か者です」

「国を滅亡させた王様に言われたくはないね。それに親父はもう死ぬ寸前だった。このまま自然死を待っていたらいずれ王位継承で揉める事は目に見えていただろう」

「それでも、あなたは愚か者です。人の命を奪おうとするなど」

「おい、おい、人の命を奪ったのはコロッセウスあんただろう」

「だから僕はこうして一人。牢獄で死を待っているのです」

「そいつは好都合だ」

「どういうことですか!」

「実は皇帝の面目を保つために俺はこう言ったのさ」

 そこで言葉を切りコロッセウスの耳元で囁いた。

「俺がコロッセウスを討ち取る」

 コロッセウスは背筋に冷たくひりつくような感覚を覚える。

「さあ! 先代の王様を殺し、国を滅ぼした史上最悪の暗君コロッセウス。覚悟しろよ」

 そこでセオドリオを剣を振りかざすその切先はコロッセウスの目と鼻をかすめるに止まった。さらにコロッセウスの腹部へ剣が来たときは、腕を引きその勢いで腹部を突こうとするも、寸前で刃を止める。コロッセウスはセオドリオの攻撃をそこから一歩も動かず、冷静な目で見ていた。当然、セオドリオが持っているのは、鉄製の剣だ。普通の者なら生きた心地がしないだろう。

 セオドリオは、剣をその場に置き座り込む。

「昔のお前ならば、俺が枝葉を振り回すだけで怯えていたというのに」

「そうでしたね」

「俺が親父を殺したかったのは、親父の代では、いくら訓練をしようとも、その実力を発揮できる戦争は起きないと思ったからだ。もし俺が王様になっていたら、戦争をするために帝国へ攻め込んだだろう」

「そんな、いくつもの属国を持つ帝国と我が国の差は明白。勝てる見込みなどないはずです。なのに、なぜ攻め込む必要があるのですか」

「言っただろう。俺は勝利するために戦争をするんじゃない戦争をするために戦争を起こすんだ」

 セオドリオは平然と言ってのけた。

「しかし俺の戦争をしたいという願いは叶えられた。仮にも一国の王子の身でありながら他の国の皇帝に仕えるなど癪に障るからな」

「どうするというのです」

「俺もここで死を待つことにする」

「なぜそのようなことをするのです」

「コロッセウスお前がそれを言うのか。どうせこの国は滅びゆく運命だ。ならば王様や王子も必要ないだろう。そうだコロッセウスお前の後継ぎは産ませたのか」

「一応、男児を何人か授かりましたが、皆幼くして亡くなってしまいましたよ」

「そうか。これも暗君ゆえの呪いかもな」

「しかし私には世継ぎを残すという最大の仕事がありましたので交わらないわけにはいかなかったのです」

「そうか。俺はさよならを告げて、ここにきた」

「セオドリオ。あなた、まさか思いを寄せる女性がいるのではないですか」

「まだ恋もしたことねぇよ」

「そんなはずありません。あなたは帝国へ帰るべきです」

「聞き捨てならねえ。俺だってこの国の王子だぞ」

「ですがあなたには待っている女性がいるのでしょう」

「そんな女はいない。しつこいぞ。コロッセウス!」

「いいえ、あなただけでも本当の幸福を掴んでください」

「コロッセウス! 俺はお前よりずっと自由に生きてきた。だから死ぬことも自由なんだよ」

「頑固として、死ぬ事をやめないのですね。ならば私がもう1つ罪を被ります」

「俺を殺せるモノなら殺してみろよ」

 コロッセウスは剣を持ち。セオドリオの前に構える。しかしその手足は震えている。

「やっぱり臆病者だな。遠慮なく斬れよ。コロッセウス」

 コロッセウスは剣を大きく振り翳し天を見据えた。

「懐がガラ空きだぜ」

 そう言ってセオドリオはコロッセウスに膝蹴りを入れる。

「なぜ抵抗するのです!」

「言っただろう。死ぬのは自由だって」

「あなたが素手で行くなら、私もそうします」

「勝手にしろ」

 こうして双子の暴力による兄弟喧嘩が始まった。それは帝国の軍人がここに来るまで続くだろう。双子の王子は喧嘩しながらこう言った。

「さてこれからどうするかね」

「どうしましょうか」


「おいっセオドリオどこに行きやがった」

 その声はラーマのものだった。

「おうっラーマこっちにコロッセウスもいるぞ」

 声を張り上げて、ラーマを呼び寄せる。

「誰ですか」

「俺の戦友ラーマだ」

「おぉ見つけたぜコロッセウス覚悟しろよって、セオドリオこれはどういうことだ!」

 双子の顔を見て驚きを隠せずセオドリオに詰め寄るところが……。

「私はコロッセウスです」

「俺はこっちだ。ラーマ」

 ラーマは二人の言動に困惑する。

「ソフィルの事は頼んだぞ」

 その言葉を聞いてラーマは二人を認識する。

「セオドリオ。ずっと俺達を騙してたのか……」

「騙してない。改めて紹介しようこの国の王様であり、俺の兄弟。コロッセウスだ」

「そんな嘘だろう……こんなことって、あって良いのかよ」

 ラーマはその場に膝から崩れ落ちた。

「おいっどうした! コロッセウスを討ち取るんじゃなかったのか⁉︎」

 セオドリオがラーマを恫喝する。

「なんでお前に怒られないといけない! 怒りたいのはこっちの方だ!」

「ラーマ貴様、この後に及んで情が湧いたか」

「逆になんでお前はそこまで冷酷でいられるんだよ……」

 ラーマの声はもう小さくなっていた。

「闘技大会の王者であろうものが情けない!」

「もう俺は王者じゃない。王者なのはお前だろう」

 そこまで黙って聞いていたコロッセウスが崩れ落ちたラーマに目線を合わせてこう言った。

「ラーマさん。セオドリオの戦友となってくれて感謝します。僕ではどうしても役不足だったので嬉しいです。もしよければお顔を拝見してもよろしいですか」

 そう言われてラーマは素直に兜を取った。

「おやっ、涙目ですね。どうやらセオドリオよりも、ラーマさんの方が人の心をお持ちのようです」

「余計なお世話だ」

「なぁ、セオドリオ。ソフィルとお腹の子はどうするんだよ」

「それはお前が幸せしてやれ ソフィルには事情をすべて話である。だから約束してくれ」

「約束なんてできない。ソフィルはセオドリオといるのが絶対幸せなんだ」

「あなたは優しい方ですねラーマさん。ですが一度決意した事は曲げないのがセオドリオの信念です。それは、あなたもよくご存知のはずですよね」

「そうだけど……」

「なら、話は早い。あなたの剣をお借りしますよ」

 そう言ってラーマの剣を取るコロッセウス。それを見てセオドリオも剣を取る。

「何する気だよ」

「さあコロッセウス最期の勝負だ。お互いの腹を割って先に死んだ方が負けってのはどうだ?」

「良いでしょうその勝負乗ってあげます」

 そう言って双子はお互いの腹に剣先を向ける。そして突き刺す。その様子をただ黙って見ていることしかできないラーマに双子の血が腹から地面を張って。

「そうだ。ラーマさん。この戦争が終わったらソフィルさんそしてお世話になった人と……帝国を出てください」

「さもないとお前……帝国中のお尋ね者になるぞ」

「分かった……」

 そう応えるしかラーマにはできなかった。

「もしかしたら……これが本当の予言だったのかもしれないな」

「そうかもしれませんね」

「じゃあな。コロッセウス」

「さよならです。セオドリオ」

 この勝負は数分に渡って続き勝負は引き分けとなった。そして双子の死体を前にラーマの啜り泣く声が王城に響き、遠く離れた帝国では新たな命が産声を上げていた。

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双子の王子 らいか @ra8ito14ikasho612

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