第六話 吸血鬼、幽霊を恐れる

第六話 吸血鬼、幽霊を恐れる

「うおおおお」

「晴彦様、うるさいです」

「おまっ、なんでそんな冷静なんだよ、おかしいだろ」

 テレビの画面に映る謎の女にのけぞっていると、マリはいつも通りのまっさらな顔で俺をたしなめた。この女、やはり人の血が通ってない。こんな映像を見ても、顔色一つ変えずにせんべいを貪り食ってやがる。どういう肝の座り方してんだよ。

 このテレビという機械は人類の進歩を大いに感じる素晴らしい発明品であると言えよう。薄っぺらい画面の中で、記録した映像がほとんどそっくりそのまま再現される。こんなものが魔術ではなく科学で作られているというのだから驚きだ。科学技術には使用者の才能がいらない。誰でもこの機械の利点を享受できる。恐ろしいとさえ思う。

「晴彦様、おばけだめなんですか」

「逆に聞くが、ああいうのが好きなやつのほうが珍しくね?」

「そうでもないですよ。少し前はオカルトブームと言って、魔術や魔物がブームになったこともありました」

「マジかよ⋯⋯」

 吸血鬼タレントなんていうのも流行りましたね、とマリは頬杖をついた。

「今でも活躍しているモデルもいらっしゃいます。ほら」

 マリがスマートフォンの画面を俺に見せる。小さな液晶の中には、言われてみれば同族らしい吸血鬼の写真があった。寿命が人間と違うため若く美しい期間が長い吸血鬼は、アイドルやモデルに向いているらしい。

「俺もなるかな、芸能人」

「どうして」

「女を食いたい」

「本当に死刑になりますよ」

 そんな不純な動機で務まる仕事ではありません、と女が半笑いを浮かべた。見た目はどの吸血鬼もこんなものだし、イケるだろ。ふと顔を上げると、画面の中で女が子どもの幽霊に足をつかまれて、どこかに引きずり込まれるところだった。

「んぎゃあああ」

「晴彦様、見えない見えない」

「あんなん見たら呪い殺されるぞ!」

「されませんよ。あとあなたは、どっちかというとオバケ側じゃないんですか?」

「失礼なこと言うな」

 俺は生まれつき吸血鬼だが、誰かを呪い殺す力なんてのはもちろんない。そもそも吸血鬼って血から栄養とる以外はそこまで人間と変わんねえからな。ちょっと女を魅了したり、がんばれば飛べたりはできるけど⋯⋯。

 マリの影に隠れるようにして画面を盗み見る。こええ。

「そんなに怖いならやめる?」

「俺が怖がってるからやめるみたいな言い方やめろよ」

「みたいなじゃなく、そうなんですよ」



「晴彦様、お風呂入っちゃってください」

「⋯⋯今日は入らない」

「え? 昼間に怖いの見たから? だからやめるかって聞いたじゃないですか」

 風呂から出たマリが髪を拭きながら顔をしかめる。濡れた髪は黒く光っている。マリアの血をひくわりに、この女は全然西洋人っぽくない。両親はもっと似ているのだろうか。そういえば、マリはこのバカみたいに広い家に一人で暮らしていたらしい。ほかの家族はいないのだろうか。

 まあ今はそんなことはどうでもよくて、とにかく風呂には入りたくない。ただそれだけだ。

「一日くらい入らなくても平気だろ」

「バッチイですよ」

「吸血鬼は汗かかねんだよ!」

「またそんなしょうもないウソを⋯⋯」

 いいからつべこべ言わずお風呂に入りなさい! と服を引っぺがされる。

「きゃあああ」

「絹を裂いたみたいな悲鳴」

「処女にひん剥かれた!」

「本当に一回殺しますよ」

 ぷん、とぶすくれながら腰に手をやっている。かわい子ぶった声を出しているが、吸血鬼を簡単にひん剥くくらいの怪力である。コイツあのビームなくても普通に腕力で魔物と渡り合えそう。エクソシストってみんなそんななの?

「水場はやばいんだって! 幽霊は光が反射してるところに映るらしい」

「大丈夫ですよ、私この家でオバケ見たこと一回もないですもん」

「いいやこの家には何かいるね。俺頭洗ってるとき視線感じたことあるし」

「それ順番待ちのシャンプーですよ」

 パンツ一枚でずりずりと引きずられて、風呂場に投げ込まれる。ちゃんとお風呂出たら、今日はデザートにリンゴ剥いてあげますからね、と諭された。子どもか。

「わ⋯⋯ったよ、入るから今日一緒に寝ろ」

「いやです、エッチなことするでしょ」

「しねえよ!」

「⋯⋯」

「⋯⋯お、ノーブラ」

 無言で乳をわし掴んだら髪の端を燃やされたので、風呂に引っ込む。触ったらすぐキレるんだよなあの女。湯気がこもる浴室でさっさとかけ湯をして、湯舟に体を沈める。風呂も技術がだいぶ進んだな。ふうと息を吐く。浴室を脱衣所をつなぐ扉は半透明になっており、うっすらと脱衣所の明かりを透かしている。鼻まで湯船につけてあったまっていると、なめらかな動作でドアの向こう側を人のような影が通りすぎていった。

「!?」

 大慌てで湯船から出て扉を開ける。誰もいない。

「マ、マリ! マリー!」

「はい、マリはここです」

「出た! マジ出た!」

「ええもう見事に全部出てますね。体を拭いて服を着てください。乙女の前になんて格好で現れてんですか」

 ぽか、と殴られた。いやそれどころではない。あの人影は確実にマリのものではなかった。シルエットが違う。骨格は同じ女のものだったような気がするが、マリのほうはだいぶ乳がでかいので、間違うことはない。あれはマリ以外の女の影だった。

「幽霊ガチ出た。女、女の霊」

「女の人騙して血を飲んだりしてるから憑りつかれたんじゃないですか」

「だましてねーよ、合意だわ」

 マリのあとに続いて風呂場に戻る。魔力は感じないけど⋯⋯と首をかしげている。だから魔物じゃねーんだよ。幽霊なんだよ。

「今日絶対一緒に寝ろよ」

「絶対いやです」

 

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吸血鬼は今日も今日とて 治療薬 @therapy119

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