第五話 吸血鬼、デートをする
第五話 吸血鬼、デートをする
そういや、全然生き血飲んでねえな。
マリに押し付けられた輸血パックを寝っ転がりながら吸っていると、ふとそう思った。外は灼熱。今日も太陽が高くのぼり、周囲を照らしている。日本の夏暑すぎね? とは思う。場所は違えど、二百年前はこんなに暑い日が続いたことはなかった。テレビで観たが、どうやら地球温暖化というやつらしい。マリも『節電が必要ですね。』と言っていた。
「女引っ掛けてくるわ」
「晴彦様」
「朝には帰る」
「晴彦様、待ってください」
その格好で? とマリが首を傾げる。本を読んでいたらしい女は顔を上げて、やれやれと首を振った。この格好のどこがまずいんだよ。カッケェだろが。不労所得Tシャツ。
「女性を引っ掛けて、どうするんです?」
「そりゃあ、ヤッて……代わりに血をもらう」
「その倫理観は現代に合っていません」
「何でだよ。ウィンウィンだろ」
向こうは気持ちよくなれて、俺は血をもらえる。殺すわけじゃないんだし、無理やりレイプするわけじゃない。この方法が使えるから女から血をもらって食事にしていたんだ。男は……男はなんかやだ。かてぇし、なんかきたねぇし。
「現代ではナンパは加害行為です。お控えください」
「は? 声かけるだけだぞ」
「それが加害なんです。だめなの」
「じゃあどうやって女食うんだよ?」
「その言い方やめてください」
女を引っ掛けてテキトーに連れ込むことはこの時代ではやってはいけないことらしい。成分的には同じでも、輸血パックじゃ満たされない。実際の生き物から体温を感じる鮮度で飲むからいいんだ、血は。
「では、買い物ついでに現代の男女の関わりについて学びに行きますか」
よっこいせ、とマリが腰を上げる。いやまあ、お前が飲ませてくれたら話早いんだけどな。
「お似合いです、晴彦様」
「そう……俺の金じゃねぇからいいけどさぁ」
不労所得Tシャツだけではさすがに不便ですからね、と服屋に連れて行かれて、何着か着せられた。服なんて何でもいいだろ。昔とは違って、服ひとつとっても、素材や色、形、かなり物によって違う。動きやすいし、Tシャツで充分だな。
「お客様スタイルがいいからよくお似合いです」
店員の女が愛想よく笑いながらそう言った。手頃な女いるじゃん。顎を掴んでこっちを向かせ、目を見つめる。こうすると、女は大体力が抜けて言うことを聞くようになる。
「やめなさい」
「だああ! いでえ!」
「店員さんが困ってます」
マリに思いっきり背中を叩かれて力が抜けた隙に、店員の女が逃げ出す。コイツ物理もいけんのかよ。並の人間のパワーではない。絶対跡残った。許せん。
「吸血鬼は魅了が使えると聞いていましたが……まるっきり催眠ですね」
「あーー……まあ、女にはよく効くな」
「催眠の類は、許可なく使うと死刑ですのでお気をつけください」
「死刑!? はぁ!? 何で!?」
「これが司法社会です」
何もしてねぇのに死刑になるのが司法社会かよ。マリの方をじーっと見つめると、ウインクで返された。魅了はよく効くやつと、全く効かないやつがいる。特にこういう……魔力的な意味で格上の相手には意味をなさないことが多い。
「というわけで、現代の男女の仲の深め方を見てみましょう。あちらにちょうどよくデートしてる二人がいますね」
「いるけども」
「あのようにして、一緒に同じものを見たり食べたりして男女は仲を深めていきます」
「それで、いつヤるんだ」
「初対面でエッチなことをする可能性は低いですね」
じゃあ意味ねーじゃん茶番かよ。白けた空気を察してか、マリがムッとした顔をする。
「体の関係だけが恋愛ではありません」
「恋愛じゃねーよ俺がしたいのは、食事だよ食事!」
「だからその食事にありつくために恋愛が必要なんですよ、吸血鬼の場合」
変なことしたら逮捕されるんですから、と恐ろしいことを言われる。肩を寄せて歩く男女を眺め、茶番だろと内心怒りを感じながら、マリの手を取る。
「何ですか?」
「アイツらがやってるの真似してんだよ! これが必要なんだろ!」
一瞬目を見開いてマリは押し黙った。それから、握った手に視線を落として、くつくつ肩を振るわせる。笑ってんじゃねえかこの女。
「私を口説くつもりなんですか。大胆ですね」
「現状手っ取り早いのがお前だったから」
「自分を殺した人間の孫なのに」
吸血鬼って随分甘いのね、とニヤニヤ笑われた。上機嫌なまま、マリは俺の服を買った。つないだままの手は気にも留めていないようだ。これ手をつないだところで何なんだ。動きにくいだけのような気がすんな。
休憩ですよ、と渡されたクレープという菓子をかじっていたら、近くにいた男女がキスをしていた。ああいうのなら分かるわ。現代でもキスはあんだな。マリの肩に手を回して唇を合わせようとしたら、剛肩でブン殴られた。
「やめて」
「アイツらもしてたじゃねーか……!」
「あれはだめ」
何がよくて何がダメなのか、基準がよく分からない。ぶん殴られた顔を押さえて女を睨みつける。こんな馬鹿力の宿敵女を相手にするのがそもそもの間違いなような気がする。やっぱコイツのいうことなんか無視して、他の女を引っ掛けてこよう。
クレープをムシャムシャ全部食って立ち上がると、マリはきょとんとした顔でこちらを見上げた。
「行っちゃうんですか」
「暴力女に用はない」
「通報されても知りませんよ」
荷物重いのに……、と若干しょぼくれた顔をしていた。一口がやたらと小さいせいで、マリのクレープはまだ半分以上残っている。知るかよ、とそばを離れる。その辺にいる女を捕まえて、見つめてやったら向こうから抱いてほしいって言ってくるだろ。死刑……死刑になんのかなマジで。
振り返ると、マリが小さい口で一人ちびちびクレープを食べている姿が目に入った。少しは引き留めるとか、ねえのかよお前は。俺このまま脱走するかもしれねーぞ。
「……クソッ」
結局、元の場所に戻ってマリの横にどすんと腰掛ける。
「おかえり、晴彦様」
「うるっせえ早く食って早く帰んぞ」
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