第四話 吸血鬼、ご近所付き合いを知る

第四話 吸血鬼、ご近所付き合いを知る

「晴彦様、ゴミ捨てに行ってください」

「……太陽サンサンなんですけど!?」

 元気マンマンだからちょうどいいですね、とマリに背中を押されて玄関まで追いやられる。今日も今日とてクーラーの冷風を享受していたら、人間の女に追い出されそうになっている。

「ちょ、俺吸血鬼! 日光とかマジでヤバい」

「ウソおっしゃい」

 今日はプラごみの日というやつらしい。やたらと軽いゴミ袋を押し付けられて、放り出された。アッチィ。あの女いつか絶対泣かす。そもそも俺の援助をするんじゃなかったのかよ。血も吸わせない、こき使う、触ろうとすると燃やされる。なんなんだあの女。

 まあ、別にやりたいこともやらなきゃいけないこともないからいいけど。再生にかけた二百年のうちに、もともと住んでいた国は知らない国になっていたし、知り合いと呼べるやつも死に絶えた。帰る場所も行く宛も、そもそもない。

 あの女をどうにか上手く殺せたとして、それでその後はどうしようか。憎き太陽を睨み上げる。太陽如きに吸血鬼が殺せるか。

「う〜〜ん……」

「おい、プラでもネット被せろバカ吸血鬼」

「ンだとぉ!?」

 バッと振り返るも誰もいない。確かにケンカ売られたような気はするが……。

「おい、どこ見てんだ」

 脛を思いっきり蹴られて、声にならない悲鳴をあげる。

「何すんだガキィ! 殺すぞ!」

「お前がボクをバカにするから」

 ふんっと鼻息を吐いてのたうち回る俺を見下ろしている。近所に住むガキである。コイツは大変憎たらしく、ふてぶてしい。見たところ十もいかないくらいのガキのくせに、俺に突っかかってくる。腹が立つので何回かマジで殺そうとしたが、逆にマリに殺されかけた。

「早くマリちゃんちから出てけよ吸血鬼」

「なんで俺が居座ってるみたいな……囚われてんだよ!」

「囚われてるヤツが着るTシャツじゃない」

 ガキは俺が着てるTシャツを指差した。漢字で『不労所得』と書いてある。カッケェだろうが。

「つーか着いてくんなガキ!」

「ボクはマリちゃんちで宿題する」

「家でやれ家で!」



「いらっしゃい家須くん」

 ゴミ捨てたらガキついてきた。マリはゴミ捨てに勤しんだ俺を労うでもなく、まずはついてきたガキを歓迎していた。

 この家は俺の部屋(通称、独房)は和室であるが、他は洋室の部屋が多い。床も大体は濃い色のフローリングだ。ツルツルした廊下を歩いた先にあるリビングには、ソファやテレビもある。いいなーテレビ。俺の部屋にも欲しい。

「お前そんなの膝に乗せるなよ、バッチィぞ」

「家須くんはバッチくありません。ひどいこと言わないで」

「ほらすげー顔で中指立ててる! コイツお前の前では猫かぶってるだけだぞ! 俺には当たりつえぇもん!」

 この家須とかいうガキは、マリの前では猫をかぶって大人しくしている。そこも腹が立つ。マリの膝の上でジュースを飲んでいたガキが腹立つ顔で中指をチラつかせてくる。ほんと腹立つガキだな。

「マリちゃん、算数教えてください」

「いいですよ」

 やってられるか、と部屋に戻る。ガキってあんな生意気だったっけ? 二百年経つとガキの感じも結構変わるな。



「晴彦様、エクソシストの会議があるので家須くんの算数見てあげてください」

「エーーッイヤだ!」

「ワガママ言わない」

 しばらくエアコンの下でゴロゴロしてたら、スパンと障子を開けてマリが不躾にそう言い放った。なんで俺が。ゴミ捨ての次は子守り? 因縁の吸血鬼にそんなんさせる?

「夕ご飯ラーメンにしてあげるから」

「そんなん言ってまたパチモン出すだろお前」

「素麺はラーメンのパチモンではありません」

 ちゃんと仲良くしてくださいね、とガキを押し付けて、マリは速攻で出て行った。だからイヤなんだ女は。自分の都合しか考えてない。残ったガキがイヤそうに俺を見ている。なんでお前がそんな顔すんだ。俺の方がイヤだわ。

「お前算数なんてできんの?」

「ナメんなガキィ!」

 俺が何年生きてると思ってんだ。まあ半分以上眠ってるけど! ここ二百年はカスから再生してただけだけど! こんなガキができること、俺にできないはずはない。

 チビガキが持っていたテキストをひったくって、中身をペラペラめくる。なるほどなるほど。

「おい、九九ってなんだ」

「はぁ……」

「テメェやれやれみたいな顔すんなや、俺は二百年眠ってたの! 配慮しろ!」

「ガキって呼ぶ相手に配慮求めないでくれます?」

「うるっせえわ!」

 テキストを放り投げて、床に寝転ぶ。こんなガキの相手なんてしてられないね。マリもいねぇし、俺は寝る。

「吸血鬼、お前マリちゃん泣かせたら殺すからな」

「今時のガキはマセてんなぁ!」

「うるさい、本当に殺すからな」

 あの女のどの辺がいいんだか。確かに乳はでかいけれども、腕力と魔力がゴリラ並みである。恐ろしいわあんな女。

「ボクたちはいつでも悪い魔を祓える。それが国に許されている。お前だって今すぐにでも研究の実験台にしてやってもいいのに……マリちゃんがお前の件について責任を感じているから手出ししてないだけだ」

 首だけでガキの方を見る。マリは知らない。このガキはマリの前で猫を被っている。コイツはただの小学生ではなく、俺みたいな輩を研究解剖するような変態小学生であることを。魔族と人間が対等に暮らす社会、なんてアイツらは言ったが、そんなのは所詮きれいごとだ。実際、居住の権利を与えられたところで、魔族を祓うエクソシストは職業として認められ、魔族を研究する施設なんてのも大っぴらに存在している。これのどこが対等だ。

「知らねーよ! アイツのババアが勝手に間違えたんだろが!」

「マリアは偉大なエクソシストだったよ」

「じゃあ間違えんなや! 迷惑だわ!」

 とにかく、マリちゃんに危険が及んだらボクが殺す、と釘を刺された。ただのガキだとナメてたら変な施設に拉致されて殺されかけたので、俺はこのガキが言っていることが事実だと知っている。マリには言うなと口止めされているから言ってない。こんなん脅迫だろ。どいつもこいつも。

「あとお前マリちゃんのおっぱい触ったんだってな。次やったら殺す」

「……いいだろ乳くら」

「殺す」

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