第三話 吸血鬼、餃子を包む
「オイ、ラーメン食いに行くから金よこせ」
「いけません、輸血パックがあるでしょう」
「あんなもん食えるかぁ!」
現代社会の人間の食い物も悪くねえ。特にあのラーメンとかいう食い物。二郎系? とかなんとか、マリは言っていたな。脂っこいスープに大量の肉や野菜が入ったラーメンは、実に食いごたえがある。
「ニンニクマシマシで召し上がっていますけれど、大丈夫なんですか? 吸血鬼的に」
「逆に何で吸血鬼にニンニクが効くと思うんだよ、ただの野菜だろ」
「確かに」
銀の弾丸は? と尋ねられ、銀じゃなくても銃で撃たれたら痛えわ、と答える。女はそれに対してもまた、確かにと頷いた。
マリはたまに働いているらしく、家にいない日もある。幽閉されている自室から抜け出してカップラーメンなどを漁っていると、やけに静かなこの家の異様な空気を感じる。だだっ広い家ではあるが、何かの呪いがかかっているのか、まれに歩いても歩いても終わらない廊下などにぶち当たる。クソみたいな屋敷だ。
「今日の夕食はあれにしましょう。手伝ってください」
「ハァ!? 手伝い? 俺が? やだね」
「ワガママ言わないの」
ただで美味しいものが食べられると思わないで、と鼻先に人差し指を突きつけられた。この家の主人はマリで、俺は身分預かりの吸血鬼。マリに逆らえば、最悪また二百年消し炭からゆっくり回復しないといけなくなる。さっさとこの女に復讐して自由になりたいところだが、この世界が二百年前からだいぶ変わったのもまた事実。もう少し慣れてからでもいいだろう。
「このタネを皮で包んでください。こうして水をつけて、ひだを作ってとじていく。完成です」
「こんな作業を俺にしろと……?」
「晴彦様にしかできません」
「俺以外でも確実にできるわ!」
私は追加のタネを作りますので、とエプロンをつけたマリが淡々と指示をする。白い皮が何百枚と重なっている。こんなチマチマした作業を俺が……栄養も摂れないのに……? 納得いかないが騒いで燃やされるのも嫌なので、仕方なく言われたようにタネを包む。
「だあっ! できねぇ!」
「ゆっくりでいいですよ。一個ずつていねいにお願いします」
女が振り返って落ち着いた口調でそう言う。三個、四個とぐちゃぐちゃな謎の塊が作られていく。五個目でやっと、見本と似たような形のものが出来上がった。
「上手です」
「……そうか?」
「晴彦様はコツを掴むのが早いですね」
褒められて、悪い気はしなかった。黙々と作業すると、十個二十個と皮に包まれた料理が並んでいく。こう増えていくのを見るのも中々に面白い。謎の達成感がある。
本来食事は動物の血で事足りるのだから、料理なんて何の意味も感じていなかったが、案外悪くないかもしれない。人間のように食事を楽しむ感性が自分にあったことに驚く。吸血鬼もメシ楽しめんだな。
「いたっ」
ふと甘い匂いがする。香味野菜とも生肉とも違う、甘ったるい女の匂いだった。処女の生き血特有の匂いだ。
マリが包丁で指を切ったらしい。そそくさと寄っていくも、睨み上げられた。
「晴彦様、ダメです」
「一滴くらい、いいだろ」
「ダメ、人の味を覚えたら襲ってくるかもしれない」
「お前……人を野生のクマみたいに……」
つーか、人の味ならとっくに覚えてるっての。うっすらと血の滲む指先に、ごくりと唾を飲みこむ。美味そう。
「目の前に肉付きのいい処女がいてガマンしてんだぞ! 少しくらい味見させてもらったっていいはず」
「処女って言うのやめてもらっていいですか? というか、前から聞きたかったんですが、性行為の経験人数で味が変わるんですか? プラシーボ効果では?」
「いいや変わるね。まず匂いからして違う。処女は甘い」
「気持ち悪……」
うるせえよ。あんなに作ったんだぞ、と皮で包んだ料理を指差す。一滴も出ねぇくらいのケガしかしてないんだから、ケチケチするなよ。
「……分かりました、今回だけです。ただし、今後は支給された血液もちゃんと摂取してください」
「よっしゃ処女の生き血ィ」
「その言い方やめて」
マリの手を掴んで血が少しだけにじむ指先を口に入れる。舌で舐め、吸い上げる。大した量の血ではないが、久々の血液なので濃く感じる。あーー、これこれ。
「美味しいの?」
「ふまい」
「そうですか……」
変なの、と訝しげな顔で見つめられる。やっぱ美味いな。この感じなら汗とか、唾とかも美味いだろうな。でも吸ったらキレんだろうなー……。またあの謎の光線で殺されるはごめんだ。
昔は、俺のツラに惚れたとかいう女に頼んで血を分けてもらったりしていた。現代でもそういうの使えんのかな。この女が俺に惚れたら話は早い。吸血鬼の中には催眠が使えるやつもいる。俺ももう少し回復すれば、あるいは。いや、この女そういうのにも耐性ありそうだし危険だ。
「今晩は餃子パーティーです。ラーメンが好きなら餃子も気に入ると思いますよ」
マリは俺が包んだ餃子を焼き上げ、何皿もテーブルに並べた。白かった皮に、きつね色の羽がついている。焼くとこんな感じになるのか。箸で突き刺して口に放り込む。中から熱い肉汁が飛び出してきて致命傷を負った。
「頬張るから」
「アチィなら先言えやァ!」
「見たら分かるでしょ」
でも味は悪くない。晴彦様が包んだから特別美味しいです、とマリは少しだけ笑っていた。まあ今回は勘弁してやろう。
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