第二話 吸血鬼、戸籍を得る
「あーー、エアコンサイッコー、現代バンザイ」
「アレオン様」
「おまっ、急に入んなよビビるだろ」
俺は吸血鬼だ。最近二百年の眠りから目覚め、復讐に失敗した。逃走しようと試みるも、端からジワジワ燃やされて、この恐ろしい女の監視下に置かれた、可哀想な吸血鬼だ。与えられた部屋はエアコンとかいう機械が付いていて、室温を好きなように変えられる。これがかなり快適で、ちょっとこの囚人みたいな扱いにも慣れてきた。
マリはスパンと障子を開けて入ってくると、きちっと正座をして俺に向き合った。最近は暑さのためか、髪をまとめてくくっていることが増えた。至極どうでもいいが、目に入るのがこの女くらいなので、そういう些細な変化で時間の流れを感じるしかない。
「戸籍を作りましょう」
「何だそれは」
「現代で生きるために必要なものです。それがあれば吸血鬼に必要な福祉支援を受けられます。たとえば、輸血とか」
「輸血ゥ? お前がこの前持ってきた血の入った袋だろ。やだね、あんなどこの何とも知れん血を飲むのなんか。お前が飲ませろよ処女なんだし」
「殺しますよ。ワガママ言わないで、輸血パックで食事を摂ってください。それから、戸籍を作るにあたり、あなた様の氏名が必要になります。何かご希望はございますか」
つらつらと話すマリに押し黙る。この女の、こういう喋り方はいちいち癪だ。知らねーことばっかペラペラ喋りやがって。こっちはお前のひいひいババアのせいで二百年眠ってたんだぞ。消し炭から再生してようやくこの形だぞ。手加減しろや。
腹が立って、何だっていい、と畳に寝そべった。どうせ名前なんてまたすぐ変わるし、考えるのも面倒だ。
「何でもいいって……じゃあ私が決めてもいいのですね」
「いい」
「では、晴彦にします」
「……別にいいけど何でそんな変な……もっとあんだろ、俺のこの感じで晴彦はおかしい」
「私が昔飼っていたハムスターの名前です」
なんか分かんないけど、なんか嫌だ。やっぱりやめろと口を出せば、ぶすくれたマリが、何でもいいって言ったでしょと呟いた。ハムスターが何だかは知らんが、弱そうな生き物なことはニュアンスで伝わってきた。愛玩動物とかだろハムスターって絶対。
「お前部屋入ってくるとき、アレオンとか呼んでたろ。俺の昔の名前」
「だってあれ、しっくりきてないではないですか」
「ハルヒコはしっくりきてるみたいな言い方やめろ」
マリが立ち上がって、俺の顔を見下ろす。ワンピースの裾から素足が見えている。仰向けのまま這って移動して、ポジションを変えると薄い青の下着が見えた。現代の女の下着は小さくていいな。脱がしやすそうだ。
「変態」
「見るくらいいいだろ」
「ダメです、はっ倒しますよ」
「名前なんかいらねぇから処女よこせや!」
「殺します」
鼻をほじって、やれるもんならやってみろと構えていると、生命の危機を感じるような光を視界の端にとらえた。これがあるからヤるにヤれない。鬱陶しい。つーか、コイツ俺のことすぐ殺そうとするんだけど。やっぱマリアの血族だわ。
「ほら晴彦様起きて、市役所にレッツゴー!」
「ええ俺、晴彦かよぉ……いいよ、お前だけで行けよ」
「魔物の戸籍登録は本人にしかできないのですよ。いいからさっさと支度をしてください。終わったらご褒美にファミレスでパフェ食べさせてあげますから」
「ファミレスって何だよ……」
「吸血鬼属の戸籍登録ですね。亜人科へお越しください」
マリに無理やり連れてこられたシヤクショという場所は、動きにくそうな服を着た人間や魔物が働く、おかしなところだった。案内の女の揺れる尻尾を見てたら、マリのやつにセクハラとか言ってまたしばかれた。コイツ、いつか絶対処女散らしてやる。
「お写真お撮りしますね」
写真って何だよ。変なところに座らされ、謎のガラスがついた機械の前に座らされる。これが写真? 現代の人間は変な箱を持ち歩いているようだし、意味が分からん。
「何だその箱、魂抜く気か? マリお前また俺を殺そうとして」
「晴彦様いい子にして」
よく分からない書類にサインさせられ、説明を受け、待たされ、何やかんや数時間後に一枚のカードを渡されて解放された。シヤクショ、面倒な場所だ。二度と来たくない。カードには俺の顔の写しや、小さな字で俺の情報が書いてあった。これが何になるのかは分からないが大事なものだそうなのでてきとうに服のポケットに入れた。
「無事に戸籍が作れましたね」
「だから何なんだ」
「福祉の恩恵が受けられるのと同時に税を払う義務も生じます」
「税……金か? ないぞ金なら」
「お金は働いて手に入れるのですよ、晴彦様」
金なんかいらない。俺は血さえあれば死にはしないのだから。働く気もさらさらないね。話半分な俺にため息をついた後、彼女はシヤクショから出てすぐのファミレスというやつに俺を連れてきた。吸血鬼に食事は必要ない。人間の食事なんてたかが知れてるし、こんなもので俺の機嫌がとれるわけがない。
ひんやりした空気が心地いい。ソファもなかなか座り心地が良さそうだ。空間的には悪くはないな。
「晴彦様、これがパフェ」
「いらね」
「はいあーーん」
仕方なく口を開けると、果物と何かしらのクリームが入ってきた。咀嚼してみる。ん? んーー? 悪くないな。マリがスプーンと皿をこちらに渡してくる。まあ食ってやらんこともない。
「人間の食べ物も悪くないですよ」
「処女の生き血の次くらいに美味い」
「そうですか」
マリが笑った。この変な女も笑うのか。シヤクショというやつも、マリも、全然気に入らないが、このパフェは美味いから、今日のところは勘弁してやろう。ありがたく思うんだな。
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