バジリスク捕獲大作戦

 バジリスクの捕獲について、俺たちは作戦会議をすることにした。


「伝説のバジリスクって、それほど大きくないんですよね?」

「ああ、『博物誌』によるとその体長は25cm程度。文字通り小さい蛇くらいの大きさだな」


 ドスケベ触手が専門の田中さんがそこそこモンスターに詳しかったので、自然とリーダーが田中さんになった。


「しかし目をみたらアウトだ。見たら最後、石化してしまう」

「石化した人を元に戻す方法は?」

「わからない。石化したら文字通り死ぬってことだろうな」

「それなら、奴の位置を把握しないと扉を開けたら全員石化、もあり得るぞ」


 そのためには、まず情報が必要だ。この部屋の向こうがどうなっているかを知らなければならない。


「持っててよかった、小型カメラ」


 俺はいついかなる時も持ち歩いている小型カメラを取り出す。数㎝角の優れものだ。


「へえ、小さいんですね」

「今から葉山に頼んで、そこのディスプレイに映してもらおう」

「でも画面の向こうの奴と目が合ったらどうする?」

「同じ石化の魔法を使うメドゥーサは直接姿を視認しなければ石化の効果は無かったと思う。だからカメラ越しなら大丈夫なんじゃないか?」


 俺たちの話を聞いていると思われる葉山にも聞こえるようにカメラの型番と使用アプリを読み上げると、間もなくカメラがライブモードになった。


「これで扉の向こうを探れないか……?」


 バジリスク対策に俺は僅かに扉を開け、腕だけ突っ込んで急いでカメラを扉の上の方に張り付ける。


「よし、部屋の中の様子が見えるぞ!」


 扉の前に設置されたカメラから、荒れ果てた室内の映像が届く。


「酷い……」


 葉山が涙声になっているのが聞こえてくる。調度品は壊れ、石になったと思われる葉山の両親が映る。そして画面内を蠢く何者かに俺たちは釘付けになった。


「こいつか……」


 それは体長30㎝に満たない小さな蛇だった。伝承通り、頭にギザギザの模様がついている。これが王冠に見えることからギリシャ語で王侯を意味するバジリスクと名前が付いたらしい。奴がこちらをみたらどうしよう、と思ったが小さい蛇が大人の背ほどの高さを見上げることはなかった。


「姿が確認できたとして、どうするの?」


 夏川さんがこれからのことを尋ねる。


「入って奴を捕まえるしかあるまい。ところで、誰が先陣を切るんだ?」


 ドスケベ田中が俺たちを見回す。女性に先に行けとは言いにくい。野郎三人で目を合わせたところ、チェンくんが手を上げた。


「いいのかい?」

「ボクにやらせてください」


 とうとう語学留学生の仮面を脱ぎ捨てたチェンくんは、リビングに飾ってあった鎧から槍をもぎ取って手に持つ。


「ボク、本国に通報されたら本当に死にますから」


 笑えないことを言っているが、チェンくんはいい笑顔だった。


「もしあなた方が生きて帰ったら、同志によろしくと伝えてほしい」

「やめろフラグになる。それに槍で攻撃すると毒でこちらも死ぬからやめろ」


 ドスケベ田中がチェンくんの肩を叩く。項垂れたチェンくんは槍を置いた。


「そうだ。あんたのマフラー、これは何の毛皮だ?」


 急に田中に話を振られ、夏川さんはマフラーを握りしめる。


「何って、ミンクだよ。赤坂に事務所のあるベンチャーの社長からもらったんだ」

「そいつは好都合だ」


 ドスケベ田中は夏川さんからマフラーを受け取ると、チェンくんにマフラーを渡す。


「実はバジリスクの弱点はイタチなんだ。何かあってもこれで大丈夫だろう」

「本当かなあ」


 チェンくんは半信半疑でマフラーを身につける。


「あの、箱を被せるってのはどうでしょう?」


 白石さんが提案する。俺たちは家の中から頑丈そうな箱を集めてきて、ひとりひとつ手に持った。


「いくぞ」


 ディスプレイにバジリスクの背がはっきり映った瞬間、俺たちはそっと扉を開けた。ここから先は本気のデスゾーンだ。先頭はチェンくん、田中、俺。そして扉の外に夏川さんと白石さんだ。


 うう、石化した葉山の両親がいる。怖い。


 バジリスクはカメラの映像通り、部屋の向こう側でこちらを背にしている。絶対大事なのは、奴の目を見ないこと。それだけで俺たちは死ぬ。


 バジリスクがこちらに首を向ける。やばい、目が合う!


 俺たちは必死で上を向いた。箱なんか被せられない!


 足元を蛇が走って行くのが気配でわかった。


「そっちに行ったぞ!」


 入り口で待機している女性陣に声をかける。


「えい!」


 白石さんの叫び声がした。俺たちは怖くて天井をずっと見つめている。


「……もう大丈夫です」


 白石さんの声がした。俺たちはおそるおそる入り口の方を見ると、逆さまになった木箱と腰を抜かした夏川さん、そして呆然と座り込む白石さんがいた。


「へへへ、寿命縮んじゃった」


 白石さんは笑っていた。俺たちは怖くて動けなかったっていうのに。一体彼女は何者なんだろう?


「よかった、よくやった」


 木箱を逆さまにしてバジリスクを完全に箱に閉じ込めると、どこからか葉山が現れた。相変わらず怪しい格好のままだ。


「一体何故このようなことが起こったのだろう、早速返品しなければな。石化の解除もバイヤーに相談するとしよう」


 木箱の中では何かが蠢く音がする。この中に一瞬で人を殺せる猛毒を持った生物がいると思うと薄気味悪くて仕方がない。


「あの、よかったらこいつをどこで買ったか教えてください」


 チェンくんが朗らかに言う。


「きっと頼もしい同志になるでしょう」

「同志も石になるけどな」


 また笑えないことを言うチェンくんに葉山も苦笑いをする。


「あの、よければ私も……」


 白石さんもか!? あ、葉山もすぐに白石さんに教えてる!? 一体何者なんだ白石さん!?


***


 こうして即席で作られた俺たちのバジリスク討伐チームは解散した。流石に怖くなった俺は盗撮画像サイトを閉鎖して諸々全てをネットから引き上げた。それは夏川さんも同じようで、二度と煽りで金儲けはしないと誓っていた。


 しかし、ドスケベ田中は元気に漫画を描き続けている。この前出した新刊の「石化したのに感じるなんて聞いてません!」はなかなか面白かった。スケベは全てを救う。チェンくんは相変わらず地下組織で頑張っているようだ。頼もしい同志は増えたのだろうか。


 そして白石さんは、やはり謎のままだった。そして葉山の両親も元に戻ったのだろうか。そもそも奴はどこからバジリスクなんてものを仕入れたのか。それに俺が最初に閉じ込められていたあの地下室は一体なんだったのか。大体葉山は一体何者なんだ?


 疑問は尽きなかったが、俺は日常に戻ったんだ。知らなくてもいいこともこの世の中にはあるんだろう。今日もどこかでバジリスクが生きていることをこの世界の人々が知らないように。


〈了〉

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デスゲーム風に集められた即席チームでバジリスクを捕まえる話 秋犬 @Anoni

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