35. 限りなくにぎやかな未来

 データのロールバックが終わり、世界は再び動き出す――――。


 ゼロと賢者の意識は鮮やかな光景の中に投げ込まれた。そこは、リリーの家の庭、大漁を祝うパーティの真っ最中だった。


 空気は活気に満ち、笑い声と歓声が四方八方から聞こえてくる。焼き魚の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、ワインの香りが風に乗って漂う。


 また、あの楽しい日々に戻ってきたのだ。


 ピィィィィ……。


 ペンギン姿のゼロは幸せそうに微笑んだ。


「さぁ、みんな! 大漁を祝って、乾杯だ!」


 リリーの父親の声に、人々は歓声を上げる。ワイングラスが掲げられ、陽の光にルビーのように輝く。


「カンパーイ!」「カンパーイ!」


「ピィピィ!」


 ゼロは嬉しそうな鳴き声を上げながら、リリーに飛びついた。その姿は、まるで長い別れを経てようやく愛する人に再会できた恋人のようだった。


「あら、ゼロったら甘えん坊さんね……」


 リリーは嬉しそうな表情でゼロを抱き上げ、優しく頭をなでた。その仕草には、深い愛情が滲み出ている。


「ピィ……」


 ゼロは小さな鳴き声を上げながら、リリーの胸に顔をうずめた。かつて死に別れたリリーとの再会。それは、ゼロの心に深い安堵と喜びをもたらした。


「おい、ゼロ、あまりベタベタは感心せんぞ」


 正体を知っている賢者は、渋い顔でパンパンとゼロの背中を叩く。しかし、ゼロはその声も構わず、リリーに甘え続けた。


「あ、賢者様!?」


 リリーの父親は、いきなりの賢者の登場に驚きの声を上げた。周囲の村人たちも、その姿に目を丸くする。


 賢者は、そんな反応を楽しむかのように微笑んだ後、声を張り上げた。


「あー、村の皆さんに聞いてもらいたいことがある」


 パーティの参加者たちはざわめき、一斉に賢者に注目した。


「森にあるワシの家の周りを開拓して、音楽とアートの文化魔法都市にすることにした」


 賢者のいきなりの構想に、参加者たちはどよめいた。


「文化魔法都市……というのは?」


 父親はなかなかイメージがわかずに質問した。


「それはな……」


 賢者はニッコリと笑いながら丁寧に説明していった。


 賢者とゼロが激しい議論をした結果創り上げられた構想は、素朴な田舎の村からするとぶっとんだものだった。


 それは、巨大コンサートホールを中心とした、ハリウッドとディズニーランドとコミケとミラノを内包したような文化の発信地というもの。クリエイターを世界から集めて厚遇し、コンテンツを世界に発信して経済を回す。まるで常にお祭りのような文化都市を創り上げるというものだった。


 もちろん、そう簡単にはいかないだろう。だが、金貨は無尽蔵に生み出せるのだ。この無限のお金を使って新たな文化優先の世界を創り上げるのは、たとえ失敗したとしても、何かに繋がるに違いなかった。


 驚きと期待が入り混じった空気が、庭を包み込む。


「この村も領主から割譲してもらう。構想に協力してくれるなら税金は無しにしよう」


「おぉぉぉ……」「すごいわ……」


 賢者の言葉に、みんな驚きの声を上げた。希望の光が、一人一人の目に宿る。


「ついては文化魔法都市づくりを手伝ってくれるスタッフ大募集じゃ。月給は金貨十枚じゃぁ!」


「じゅ、十枚!?」「おぉぉぉ!」「うわぁ!」


 広場は興奮の渦に包まれた。夢のような話に、誰もが心を躍らせる。


「じゃぁ、私、お歌うたうわ!」


 リリーは楽しそうに手を挙げた。


「おぉ、ありがとう。リリーちゃんは初代歌姫だな」


 賢者はまるで孫をいつくしむような笑みを浮かべる。


「ピィピィ!」


 ゼロも翼を叩いて大喜び。構想の発端となったリリーの立候補はまさに理想的だったのだ。


「歌姫~! あたし頑張る―!」


 リリーは嬉しそうにおしりフリフリダンスをする。


「なら、街の名前も『リリエンタール』にするか」


 賢者の提案に、リリーは歓喜の声を上げた。


「やったぁ!」


 リリーはピョンと跳ぶ。ゼロにはその姿が天使が舞い降りたかのように見えた。


「詳細はまた追って発表する! ぜひ、楽しい街づくりに協力してくれ!」


 賢者の言葉に、人々は大きな拍手で応えた。希望に満ちた未来への第一歩が、ここに記された瞬間だった。


「さぁ、新領主様どうぞ!」


 リリーの母親がワイングラスを賢者に渡す。賢者は、それを高々と掲げた。


「それでは、文化魔法都市リリエンタールに乾杯!」


「カンパーイ!」「カンパーイ!」


 夕暮れの空に、歓声が響き渡る。こうして、ゼロと賢者の新たな世界作りがスタートした。


 文化を優先した開発構想が上手くいくかどうかは、まだ誰にも分からない。だが、ゼロには確信があった。リリーの素朴な歌声が、人類を新たなステージへと導いてくれる――そんな根拠のない、しかし揺るぎない確信が、ゼロの心を満たしていた。


 パーティはいつになく盛り上がり、夜空には宵の明星が瞬き始めていた。



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魔物だって愛されたい! ~最強の魔物が少女の可愛いペットに!?~ 月城 友麻 (deep child) @DeepChild

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