34. 歌こそ人生
シアンは満足げに頷いた。しかし、次の瞬間、その表情が一変する。
「でも、次はないからね?」
シアンは美しい
ゼロは、その視線に押しつぶされそうになりながらも、必死に言葉を絞り出した。
「しょ、承知しました……」
その声は震えていたが、同時に新たな決意も滲んでいた。次こそは上手くやるという固い誓いが、その一言に込められていた。
シアンは、ゼロの決意を確認すると、急に表情を和らげた。
「じゃぁ、僕はこれで! 期待してるよん」
そう言うとシアンは、まるで風のように軽やかにすぅっと割れた空間の中へと戻っていく。
後には、かすかな柑橘系の香りだけが残された。
シアンの去った後、賢者は思索を巡らせているゼロの顔を見つめる。
思い起こせば確かに千年ほど前に世界が火に覆いつくされたという神話が残っていた。まさかそれがゼロの関与していたことだなんて想像もしていなかったが。
そしてこれからゼロは新たに世界を創り直すらしい。また火の海にならない世界構築、それは賢者が考えてみても極めて難問だった。
社会を活性化させるにはみんなの本能を刺激し、意欲を最大限にまで引き出す必要があるが、それは同時に暴走した欲望による戦火を呼ぶ。それが人間というものであり、それはどうしようもない。そのトレードオフの間のナローパスをどう通すか……?
その、途方もない難問に賢者はため息をついた。
「ゼロよ。お主はこれからどうするつもりじゃ?」
ノアの問いかけに、ゼロは静かに微笑んだ。
「今度こそ、本当の意味で人々を幸せにできる世界を作り上げたいと思います。そのためには……歌ですよ……」
ゼロの言葉に、ノアは目を丸くした。
「はぁっ? 歌? 歌なんか何の意味があるんじゃ?」
ノアの声には、困惑と軽蔑が混ざっていた。しかし、ゼロは意気揚々と続ける。
「それですよ! 私も前、そう思ってたんです。そして、経済優先の世界作りを志向した。歌は添え物だったんです。でも、リリーと一緒に歌っていてわかったんです。歌こそ人生なんです!」
ゼロの目が輝きだす。その姿は、まるで長年の謎を解き明かした探究者のようだった。
「何を言っとるんじゃ……歌はしょせん娯楽じゃろ?」
ノアは眉をひそめる。しかし、ゼロの熱意は止まらない。
「人間は心の生き物。心に響くものと言えば、それはアート、そして、その中でも歌が一番心に染みるんです」
「うーん、そんなもんかのう……?」
心の話を出されるとノアも弱い。
「で、ノアさんにお願いしたいのは音楽の街づくりです」
「え? ワシがやるのか?」
ノアの声が裏返る。ゼロは、少し意地悪な笑みを浮かべる。
「……。手伝ってもらうって言いましたよね? 記憶無くすのとどっちがいいんですか?」
その表情には、世界の管理者としてのかつての威厳が垣間見えた。
「お、お主、脅迫するのか?」
「いいじゃないですか、音楽の街づくりくらい」
ゼロの声には、どこか楽しげな調子が混ざっている。ノアは、渋々ながらも興味を示し始める。
「ワシはアートなら絵画の方が……」
「いいですよ? 音楽だけじゃなく芸術の都市にしましょうよ」
ゼロの提案に、ノアの目が輝き始める。
「ほう……? 芸術都市……ねぇ……。しかし、金が……」
「金貨なら何百万枚でもコピーして出しますよ。くふふふ」
ゼロのチートな提案に、ノアは背筋が寒くなる思いをした。
「コ、コピー……。まぁ、お主ならそうじゃろうな……。……。よかろう! やってやろうじゃないか!」
半ばやけくそ気味にノアは叫んだ。
「良かった! まずは著名なアーティストを
「その辺は貴族たちの伝手で何とかなるぞ。そうじゃ! あいつに頼むといいかな……」
ノアの声に、少しずつ熱が帯びてくる。
「いいですね、なるべく若い人に自由にやってもらいましょうよ」
「おぉ、そうじゃな……。まぁ、金に糸目をつけんということなら何とでも……だな。カッカッカ」
ノアの目に、かつての冒険心が蘇ってきたようだ。
「頑張りましょう!」
ゼロは右手を差し出した。その瞳には新たな挑戦への期待と興奮が満ちていた。
「ははっ、もうわしは引退したというのに……」
賢者は渋い顔をしながらグッと握手をする。
二人の握手が交わされた瞬間、部屋の温度がグッと上がったように感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます