33. 蛮族に死を!

 世界は、狂気の渦に飲み込まれていった。


 連合国の方が経済力も高く、軍事大国エムペラルドは、日に日に追い詰められていく。経済制裁の波は容赦なく押し寄せ、国民の不満は頂点に達していた。街にはデモ隊が溢れ、警官隊と衝突を繰り返し、その怒号は夜空に響き渡る。


 ストーム大統領は、薄暗い地下壕で頭を抱えていた。彼の目の前には、刻一刻と悪化する戦況を示す赤い点が瞬いている。


「経済もダメ、軍事もダメか……。こうなれば……」


 ストームの目に、狂気の炎が燃え上がる。その瞳に映るのは、もはや理性の光ではなく、破滅への決意だった。


「全てを焼き尽くす! 世界を灰にしてくれる!」


 彼の叫びに一人の将校が反発した。


「畏れながらそんなことをしたら我が国も……」


 パン!


 ストームの手に握られていた拳銃から硝煙があがり、将校は床に崩れ落ちた。


「国家反逆罪現行犯だ……。他に意見のあるものは?」


 ストームは将校たちを見回したが、みな冷や汗を流し、押し黙ったままだった。


「よろしい……」


 ストームは満足げに笑うと腕をビシッと上げて叫んだ。


「偉大なる我が民族こそが世界の正統なる後継者だ! 蛮族に死を!」


「蛮族に死を!」「蛮族に死を!」「蛮族に死を!」


 将校たちも腕を上げ、熱にうなされたように繰り返した。


 ついに禁断の扉が開かれる。大量破壊兵器、その存在すら秘密にされてきた究極の兵器が、今、その姿を現す。


 地下深くに眠る巨大施設きょだいしせつが、唸りを上げて起動し始めた。大地が震え、空気が震える。まるで地球そのものが悲鳴を上げているかのようだ。


「発射準備、完了しました」


 冷たい機械音が響く中、ストームは最後のボタンに手をかける。その指が震えているのは、恐怖か、それとも興奮か――――。


「さらばだ、愚かな世界よ」


 ボタンが押された瞬間、一斉に放たれる究極のエネルギー弾。巨大施設から無数の光の筋が空へと伸びていき、空は光跡で不気味に輝いた。


 それを検知した経済大国連合も、躊躇なく報復の攻撃に出る。正義の名の下に、彼らもまた破壊の兵器を解き放つ。


 やがて大地は、太陽をも凌駕する輝きに次々と覆い尽くされていった――――。


 空が裂け、海が沸騰する。


 こうして都市は次々と核の炎に焼かれていった。超高層ビルは一瞬にして塵と化し、繁栄の象徴だった街並みは灰燼に帰した。かつて笑顔と希望に満ちていた人々は、一瞬にして蒸発していく。


 ゼロは、この光景を呆然として見つめていた。


「なぜだ……なぜこうなってしまったんだ……」


 その瞳に映るのは、自らが育んだ世界の最期だった。長い年月をかけて築き上げた文明が、あっという間に崩れ去っていく。


 ゼロは必死に時間を巻き戻す。何度も、何度も。


 しかし、ストーム大統領を排除しても、別のもっと過激な指導者が現れる。いろんな手段を講じても結局は破滅へと向かってしまう。


「どうして……どうしてこんなことに」


 ゼロの声は、虚空に吸い込まれていく。世界は、まるで破滅を目指しているかのようだった。今までのゼロの努力は、全て水泡に帰したのだ。


 あまりの絶望に、ゼロは嗚咽おえつを漏らす。その姿は、もはや世界の管理者のそれではなく、全てを失った哀れな存在でしかなかった。


「もう……終わりだ」


 ゼロは、ボロボロになった自らの姿を見つめる。かつての輝きは消え、今や朽ち果くちはてた老人のようだ。


 最後の力を振り絞り、ゼロは時空のはざまに身を投げる。そこは、永遠の眠りにつける場所。全ての苦しみから解放される、安らぎの地。


「さようなら、愛しき世界よ……」


 ゼロの意識が遠のいていく。温かい何かに抱かれるような、不思議な感覚――――。


 かつての栄光も、争いも、全てが過ぎ去った幻のよう。


 そして――――。


 全てが闇に包まれた。



       ◇



 訥々とつとつと話すゼロの言葉が途切れると、部屋に重い沈黙が降り立った。賢者ノアは、まるで千年の重みを一気に背負わされたかのように、大きく息をつく。その表情には、驚愕と悲哀、そして深い思索の色が混ざり合っていた。


「なるほどのう……そんなことがあったのか……」


 ノアの声は、かすれていた。長年探求してきた世界の真理が、こんな形で明かされるとは思ってもみなかったのだろう。その瞳には、真実を知った興奮と戸惑いが交錯していた。


 空間の裂け目から出てきたシアンは優雅にコーヒーカップを取り、一口すする。


「『失敗作として消すべきだ』って意見もあったんだけどね。僕がゼロの復活まで待ってあげようよって言ってやったんだよ」


 シアンはクッキーを取り、ポリポリとかじる。その口調は軽やかだったが、言葉は重くゼロにのしかかる。


 ゼロは自分の世界が、自分の存在と共に消されかけたという事実に、今さらながら恐怖を覚える。


「あ、ありがとうございます」


 深々と頭を下げるゼロ。その仕草には、感謝の念と共に、懺悔ざんげの色も混じっていた。


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