牡丹灯籠ゆれる盆

長尾たぐい

牡丹灯籠

 この町の家々は、盆祭りで使うためだけに牡丹飾りのついた灯籠を持っている。

 近所の人々が灯籠を提げ、祭りの会場である寺へ向かうのを縁側から眺めていると、スマホが唸り声を上げた。

『萩原、今からでも来ねえ?』

『女子の盛り下がりがすごい』

 「萩原は来れるかまだわかんないけど」と俺をダシに使ったお前らの自業自得だ、と手持ちのスタンプの中から厳ついイラストのものを選んで送る。

『知るか』

「シンちゃん、他からお誘いがあったの?」

 首筋にひやりとした吐息がかかった。

「クラスのやつらに駅前の夏祭りに誘われてた。……言っとくけど俺はちゃんと断ったよ」

「あら、まるであたしが妬いてるみたいな言い方」

 露子さんは笑いながら、手に持っていた下駄を沓脱石に置いて足を通す。きちんと髪を結い、灯籠を手に提げた薄い縞模様の着物姿の露子さんは「絵から抜け出てきたかのよう」だ。

 露子さんの下駄がカラコロと昼間の熱を含んだままのコンクリートの上で音を立てる。

「そういえば、去年写真を見せてくれた彼女は?」

「最近ダメになった」

「そ。今だから言うけれど、あの子あたしと『感じ』が似てたから、別れて正解よ」

「……」

 露子さんが握る牡丹灯籠の火がゆらりと揺れる。

「ま、何か起きたら、ここの和尚さんに祓ってもらいな」

 露子さんは祭りでにぎわう寺の境内でせっせと働く和尚さんの後ろ姿を指さす。声が届く距離ではないのに、すぐに振り返って手を振ってきた。それで周りの大人たちも気づいたようで、俺の隣あたり目掛けて手を振ってくる。小中学生たちがわらわらと集まり、露子さんに握手をせがむ。

「おお、冷たーい」

「俺、もう触れない。もうすぐ見えなくなっちゃうのかな」

「私には半透明に見える。灯籠の光が当たってキレイ」

 あたしを保冷剤代わりにするんじゃないよ佳穂、和尚さんみたく大人になっても見える人もいるよ海斗、そんじゃ櫓の方で踊ってみせようか、綾。

 露子さんは子供らとともに音楽と太鼓の音に合わせて踊り、屋台のものを食い漁り、酒をしこたま吞んで、千鳥足で行きより下駄を大きく鳴らしつつ帰路についた。

 和室の床の間の絵の中に戻った露子さんは、幽霊画の人物らしからぬ、呑気で幸せそうな表情を浮かべて寝入った。

 だから、部屋の外から聞こえる「なんで私じゃだめなの……」というか細い声の主は露子さんじゃない。明日また寺に行くか、と俺は冷房の温度を下げ、頭から布団をかぶって眠りにつく。

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