第六話 今日も良い日になるに違いない

「それで4号。貴様、俺様とは一度きりしか会っていないはずだが……。よく俺が、きょうあく……、いや、俺様であることを突き止めたな」


 俺はふと浮かんだ疑問を彼女にぶつけることにした。


「そ、それは……。あの後、家族に叱られてお屋敷から出られなくなってしまい……。サメハダーさまは覚えていらっしゃいますか? あの日の帰り際にした約束のことを」


「ん……? いや、その前にサメハダーは止めておこう。ハジメでいいから」


 さすがにコンビニの駐車場で沙也加さまにサメハダー呼びをさせるのは申し訳ないし、俺の心も耐えられそうにないのでそう切り出した。


「ああ! これは失礼いたしました。わ、私は配下として失格です。世界征服という大きな野望のために、凡庸で何の取り柄もない高校生をハジメさまは演じておられるというのに。何者かに勘づかれては我々の計画が……。では、私のこともサヤカとお呼びください、ハジメさま」


 い、いや。ハジメさまって……。一気にランクアップしてしまったのだけど、どうしよう。でも、その凡庸というのは間違ってませんし、演じてなんていません。素の俺様です。


「さ、サヤカ……。や、約束だったな。ああ、もちろん覚えているとも……。確認のため、言ってみるがいい」


 なんだっけか? あの日はなんだかんだで楽しかったような気がする。帰りに俺が声をかけて、彼だと思ってた彼女が嬉しそうにしてた顔もたしかに覚えている。思い切って、俺はどさくさに紛れてそのまま質問を質問のまま返すという力技に打って出た。


「俺様の秘密基地に連れて行ってやる、だから明日楽しみにな。そう仰られました。で、ですが私は……。そのお約束を……、ううっ」


 今にも泣き出しそうな顔になるサヤカ。


「ちょ、ちょっと。落ち着くんだサヤカ。お前は何も悪くはない。いいね、それは仕方のないことだったんだ。大人というやつはよく誤った正義を振りかざすんだ。たまたま、サヤカはその犠牲になってしまったんだ。俺は怒ってなんていないし、こうやって君と再会できたことを嬉しく思ってるんだよ」


「ハジメさま!」


 サヤカは再び笑顔になった。彼女の腕の中のくろちはもうやってらんないという感じですやすやと眠ってしまっている。彼女によると結局外出できないままドイツへと旅立ったらしい。その後も彼女は短期間ではあるが日本へ帰国するたびに俺の消息を自分で追っていたという。


「最終的には、お祖父様にお願いして、勘解由大路家の情報網を使うことになってしまいましたが……。ハジメさまを見つけることができました。その後は暇さえあればストーキン……、いえ、見守り活動をしておりました」


「ひえっ!」


「どうなさったのですか?」


「い、いやなんでもない。気にしなくていい」


 うん。彼女はやはり特殊だった。でも、この俺がいっさい気づけなかったなんて……。恐るべし勘解由大路沙也加。そして勘解由大路家。


 その後、俺はサヤカを無事俺の秘密基地である我が家へご招待。くろちは母に大層気に入られてウチの子として迎え入れられることになった。やはり、勘解由大路家はこの街では有名で、母はお茶やお菓子を俺の部屋に運んで、様子を伺いに来た。というわけでムフフな展開もあるわけでなく。そして俺は数日後、勘解由大路家にお呼ばれした。サヤカのご両親はドイツにお仕事で離れて暮らしているらしく、その日はなんとご当主である厳ついお祖父様に紹介された。はじめは胡散臭いものを見るような目で俺は見られていたが、彼女が耳打ちすると『君があのサメハダーであったか!』と一言。その後は滅茶苦茶フレンドリーな感じになった。その後のサヤカの話でもなんだか俺はお祖父様に気に入られてしまったようだった。というわけで、俺とサヤカは両家公認のカップルになったのである。だが、勘解由大路家の番犬たち、にはいつも激しく吠えられている。いつの日か和解できたらと切望する。


 

 くろちが俺の胸の上で飛び跳ねている。


「ああ、朝か。わかったよ起きるから……」


 顔を洗い制服に着替えて朝食のテーブルにつく。


「父さんはもう会社に?」


「そうよ。ほんと働き者で助かるわぁ」


 テーブルの下では、くろちが子猫用キャットフードをガシガシ食べている。つい先日、離乳食を卒業したばかりだというのに逞しいぜ。俺も見習わなければ。


 朝食を食べ終えると玄関のチャイムがなる。


「サヤカちゃんのお迎えよ。急ぎなさいハジメ、お姫さまを待たせる王子さまなんてカッコ悪いからねぇ」


「うっせーな」


「あら、照れちゃって、かわいい」


「もう、黙ってろって!」


「忘れ物はないかしら? あと?」


「な、何いってんだよ! おい! サヤカに聞こえてるって!」


「ん? することしてんのねぇ。私も早く孫の顔がみたいわー」


「もう!」


 ほんとにウチの母は、悪ノリが過ぎる。まあ、そのおかげでサヤカと出会えたということもあるので、実はとても感謝している。口には出さないけど……。


「ああ、お待たせ!」


「お、おはよう。ハジメ君……」


 玄関を開けると、サヤカが顔を真赤にして立っていた。


 家を出てしばらく歩くと冷静になったのか、外向けでない俺との間だけのサヤカに戻る。そしてカバンの中から分厚い手帳を取り出した。


「では、ハジメさま。世界征服へ向けての計画について、本日はプランDの詳細の確認です……」


 俺はいまだ彼女の中の憧れ、『凶悪海獣サメハダーZ』さまであることが、絶賛継続中であった。


 空を見上げると雲一つないさわやかな秋の空が広がっている。俺は大きく伸びをした。


「ハジメさま、聞いているのですか?」


「は、はい、ごめんなさい……」


 今日も良い日になるに違いない。たぶんだけど。



 

 了

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ブラックベリーシンドローム~「知的な」勘解由大路沙也加と俺の初デート~ 卯月二一 @uduki21uduki

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