第五話 凶悪海獣サメハダーZ
俺の眼の前にはコンビニ。そしてそこは商店街からは少し外れた言ってみれば郊外である。幹線道路沿いの全国チェーンのコンビニの広い駐車場に俺達は立っている。どうしたのだろうか、沙也加さまは動こうとしない。
「ねえ、どうしたの?」
「あなたは何も感じないのかしら?」
なんだ? また謎の哲学的なナニカなのだろうか。それとも変容する日本人の生活におけるコンビニエンスストアの意義について俺に論述させようとしているのか。彼女の腕に抱かれたくろちも不思議そうに見上げている。
「ここはもともとコンビニじゃなかったわよね」
「ん? ああ、よく知ってるね。俺が小学生のころはここに公園があったね。都市の再開発だとかで、さっきまで一緒にいたあの公園に場所は移っちゃったけど、よくここで遊んだよ」
「そう、公園よ。あそこの白のレクサスNXが停まっているところにブランコがあったわ。そしてグレーのスバル・クロストレックのところは砂場に滑り台。オレンジのダイハツ・ハイゼットデッキバンの位置には、同じオレンジ色の謎のキャラクターオブジェがあったはずよ。私はあれが何故か不気味で怖かったわ……」
「おおっ、それ分かる! あのパンダかクマかわかんないやつ。あれ? でも、その頃はドイツにいたんじゃないの?」
「小学三年生の夏休み。日本に帰ってきてたの……」
「そっか。なるほど、だったら覚えてるかもね。でも、近所に住んでる俺ですらそこまではっきり覚えてないんだけど、すごい記憶力だね」
彼女の横顔からは、ここが何の変哲もないどこにでもある駐車場ではなく、かつてあった懐かしい公園の風景が見えているのだろうと思えた。
「そうじゃないの……。ここは私を大きく変える転機となった場所。この様子だとやはり覚えていないようね……」
「えっ?」
俺を見つめる沙也加さまの瞳が少し揺れているように思えた。
「私は、この場所で昔、あなたと会っているの。『凶悪海獣サメハダーZ』さま……」
「……!?」
彼女の発した普通なら正気を疑うその言葉に、俺の全身は稲妻が走った。
「あの頃の私は、ドイツに引っ越したばかりで友だちもいなかった。言葉も通じないし、もともと気も弱くて病気がちだったから外にもあまり出なくて……。そんなんじゃ駄目に決まってるわよね。せっかく帰ってきたこの日本で、もしかしたら友だちができるんじゃないかって。お祖父様のお屋敷をこっそり抜け出したの。その当時は家族も過保護でね、言ってみればプチ家出。そのあと大騒ぎになったみたいだけど……。あの出来事はそれを差し引いても最高の経験だったわ」
「クククッ……」
「どうしたの? ハジメ君……」
俺の芝居じみた押し殺した
「この俺様が貴様のことを忘れるだと? これは見ない内に俺様への忠誠も信頼も薄れてしまったようであるな。『配下4号』よ!」
「!?」
沙也加さまの表情がさらに驚いたものから、満面の笑顔へ。花咲く笑顔というのはこういうのを言うのだろう。
「ハジメ君、いいえ、サメハダーさま。覚えていらっしゃったのですね」
正直、これは俺にとっての一か八かの大勝負、大博打であった。この公園、小学三年、凶悪海獣サメハダーZ。この言葉から導き出されるのは唯一俺が封印していた黒歴史、最強の悪役ゴッコである。戦隊モノに夢中だった当時の俺は、どういうわけか毎回華々しく散っていく悪役たちに気持ちが向いてしまっていた。男子が一生のうち一度はかかる
小学生にとって奇抜さというのは上手く嵌まると熱狂的な支持を集める。当初は遊び友だちたちも楽しそうにつきあってくれていたが、もちろんそんな特殊な遊びは3日と持たなかった。まあ、それが彼女が『配下4号』と呼ばれた理由である。ちなみに1号から3号は、あの罰ゲーム仲間、三バカたちである。やつらとはなんやかんや長い。彼らが去ったあと公園で見かけたのが彼女なのである。正直、俺はどうしてだか彼女を男の子だと思いこんでいた。スカートは履いていなかったと思うし、男子の好きそうなスポーツブランドの黒のキャップを被っていたと記憶している。子猫だけじゃなくて、場合によっては人間の子どもだって性別判断は難しいのかも。
「ふふっ。驚いたか」
「はい……」
彼女の目には薄っすら涙が浮かんでいた。
えっ? これって奇跡的な過去の出来事を思い出して、いい感じで『よかったね』っていう展開じゃないの? 俺は退くに引けなくなりこのまま突っ走ることを選択したのだった。
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