息もできないくらいに、

「はあ?マミーとその元弟子が街で大喧嘩してる?」

「らしいで。しかもその元弟子、まさかのピエーロ・ワンダーの幹部」

「ええ……?」

 ドン引きである。正マミー、正直言って最近血の気が多過ぎる。


 しかし元弟子の幹部というのに当たりがないから、ワンチャン思い出してないかと亜久埜のところに行ってみる。

「兄ちゃん、この人思い出せる?」

「あれ、姫じゃね?」

「姫?てか知ってんの?」

「あだ名だよ。苗字にヒメってついててさ。頭いいのにチョロくて騙されやすいから、プリンセスぽいってことで」

「へぇ〜〜〜〜…」

 思っていたより可哀想な由来だった。とにかく、他の情報も聞き出そうと努力を続ける。


「なんか知らないの?てか本名教えてよ」

「児童期だからな。あんま覚えてない。名前も今は偽名だろ」

「まいっか。正直調べたほうが早いし」

「おい」

 あっさり希望が絶たれたのでスマホの出番である。

 結果、一番望みが高いのは光乙姫というやつだとわかった。


「魚を出す…え、ピエーロ・ワンダーなの?!うわめっちゃ美人じゃん、やば…」

「え、美人幹部?!大好物!!」

「まじ?!……って厚化粧じゃねえかよ」

 ユラとアンが唐突に近づいてきてスマホを覗き込んでくる。

「アン失礼すぎ!お化粧上手な子は努力家で可愛いじゃん!」

「俺は厚化粧を見抜けないあんたを馬鹿にして言ったんだよ」

「ハァ?何言ってんの?童貞が知識だけつけて早口しゃべりすんのキッツぅ〜…」


「黙れや」

 喧嘩は意外な人物によって止められた。


「りり……の、妹!」

「珊瑚って名前があんだよ」

「かわいー!あっ、ユラっていいます!よろしくね!」

「…対よろ」

「え」


 ここから、珊瑚による聞くに絶えない罵倒が始まる。読まなくていいよとだけ伝えたい。


「あんたは人の化粧見抜いてるだけでイキってるのキツイしあんたは何でも可愛いと言えばどうにかなると思ってるのしんどい。じゃあ何?そこでペラペラペラペラうっっすい討論してたら何か変わるわけ、例えばモテたりとか。すごいね、思考回路が普通の人間とは逆になってんじゃない?そうじゃなかったら変だもんね。シラフでそんなん考えられたらそれはただの馬鹿だもんね。あんたらが散々仲良くしてるうちの馬鹿兄貴でも可愛いのタイミングくらいは弁えてるよ、馬鹿は伝染るって言うけどそこまで馬鹿だと一般人の頭には入り切らないんだろうねその馬鹿さ加減が。今の喋り方倒置法っていうんだけど、ああ、ごめんごめん、わかんないこと話されるって嫌だよね。一応これ義務教育で習うんだけど、その頭に入ってるわけないよねえ、ごめんね?そんでさっきの…」




「珊瑚、ちょっと落ち着き」

「お兄」

「ほれ、パチパチキャンディあげるから」

「んー…足りない、スイ◯ラいきたい」

「ほざけ。何日分のカロリー摂るつもりや」

 キャンディを飴ちゃんと言わないあたり、ちょっと焦っているのだろう。里盆は兄妹に甘いところがある。


「二人もこの辺で謝ったげてや。キリがない」

「…すいません」

「ごめんねーっ!」

「で?ピエーロ・ワンダーの幹部?」

「んー…」


「よくわかんないけど、ピエーロ・ワンダーなら紹介動画あるでしょ」

「…オープンすぎない?」

「悪の組織は承認欲求強いところがあるからなあ、観てみ」

「う、うん?うん」


ーーーーーーーーーーーーー


『道化師を笑い、ピエロを嗤うことなかれ……レディーース&ジェントルメーンっ!ようこそ混沌のサーカスへ!!血みどろピエロの唯一の光、ピエーロ・ワンダーが幹部、いたずら【FAIRY《フェアリー》】の、光乙姫でーす!』


 どアップで二回瞬きした後、片足でくるくる回りながら遠ざかり、カーテシーとウィンクをキメる。さながらバレリーナとプリンセスのハーフ。ちょっと派手なメイクにピエロっぽい涙のマークを足した顔。


『実は元々、水系ヒーロー候補生!だから、ヒーローのことちょっとは知ってるんだ!』


 元弟子というのは本当かもしれない。


『あのね?このコードネーム。【FAIRY】ってのは、妖精って意味でしょっ?妖精というのは美しい存在…………つまりね?』


『誰よりも美しくヒーローを、世界を壊す。これが私の、生きがいたる役目なの』


 感じるのは、笑顔の変質。

 最初は、まさにプリンセスの如く優雅。次は、年相応に無邪気。

 最後に、まっすぐな、残酷さ。


 なんだかすごい。そんなチープな感想しか抱けず、動画を見たほとんどが固まってしまった。


ーーーーーーーーーーーーー


「表情筋にプロ精神を感じますね…………」

「うお、雪葉」

「ミュージカルか演劇か、かじってますよ」

「お、おう…?」


「音楽の成績は誰がどう考えてもトップ。クラシックバレエを習い、小さい劇団に所属。おばあさんが日本舞踊の先生で、表情管理に厳しかったらしい」

 疑問に答える亜久埜。無駄に詳しい。

「詳しっ、キモっ…」

「幼馴染だから一応」



 しかし、衝撃の一言が放たれる。

「でも、俺が知ってる姫はもっと地味だったよ」

「えっ」

「箱入りお嬢様ではあったけど、ギャルではなかったし、化粧してるのすら見たことなかった」

「…」

 小学生とかそれが当たり前でしょと思わないでもないが、最近の小学生のことなんか正たち陰キャ中学生にはわからない。


「見に行く?」

「ナンパでもしに行くか?」

「せっかくやし見に行かん?」

「見に行こーよ、あーくん」

「幼馴染が勝つラブコメ!幼馴染が勝つラブコメ!」

「ママと感動の再会じゃねェか!」

「兄ちゃん、行こうよ!」


 無駄に活気を帯びだしたみたらしメンバーの圧に負け、亜久埜はとうとう頷いた。


ーーーーーーーーーーーーー


「【白魚ノ晶・たつのおとしご】!」


 いくら撃っても無駄だと水希も薄々分かってきてはいたが、まあそれでも足止めくらいにはなるので撃つしかなかった。


「……」

 乙姫は別に戦闘狂ではない。今も、最低限の理性と常識のもと戦っている。

 そして、己を魅せることに注意を払っている。

 乙姫の野望、願い。それは、動画で宣言したまま。誰より美しくヒーローを甚振ること。

 頭の中で、自分の声がする。

 次はベルーガを召喚しろ。隙を見せるな。胸を張れ、骨盤を立てろ、腹から声を出せ、目をそらすな。言葉遣い、瞬き、関節の動かし方、全てに気を配れ。

 深呼吸…する間もないので、普通の呼吸のままベルーガを仕向け、次はシュモクザメでも出すか、いや物騒だしここはイッカクくらいにしておこうと考えた。



 そんなことは露知らず、ベルーガに苦戦する水希。ぶよぶよとしている身体は、水を飛ばすことでしか攻撃できない水希にとって難敵だった。


 水鉄砲も懐中時計もかなり使っているが、あっちは消耗した様子がないのにこっちはクソ消耗している。一番強い【泡沫・三千世界】は、能力で出すだけでは到底足りない大量の水が必要だ。ここは港町でも河川の近くでも何でもない。

 このままでは負ける。終わりたくないけど、終わらせないと駄目になる。

 草系ヒーローの母であればもしかしたら、と考えたが、それじゃあ後味が悪い。もとを正せば水希自身の問題なのだから。


 水希は声を出した。

「もう、終わりにしようよ」

そんなこと一ミリも思ってないくせに。

「薫ちゃんってば!」

そう呼ぶ資格はないと分かっているくせに。

 それなのに、驚くほど口はよく回るのだった。



 乙姫は、もういいよ、と笑った。

「【修羅竜宮城タマテバコ】」

 それはブチギレと同等の表情であり、多量の水であり、生物をかたどったアートであり、諦めでもあった。


 その乾ききった笑いを、水希は咎められなかった。受け止めきることもできなかった。

「【白魚ノ晶・雨竜】」


 どっと溢れた乙姫の渾身の一撃は、遥か天にまで突き上げられた。

 雨が、降り始めた。


「どうしても、話したくない?」

「…………」

 震えながら、真っ赤になった顔でそっぽを向いて、目にいっぱいの涙を浮かべる乙姫。


 水希は苦笑した。

 成功かと思ったら失敗だったとき、完璧主義の薫はいつもそうやって泣いたから。


ーーーーーーーーーーーーー


「このへんか?」

「そうみたい……って、もうバトル終わってるっぽいよ!」

「やばっ、マミー出てきた」

「隠れろ隠れろ」


 正たちが到着した頃にはすでに、正マミーと派手女が並んで歩いていた。

 世間の目が怖くないのかと聞かれればそりゃあもちろん、本人たちはどんなホラーより恐怖に感じているのだろうが、それは覚悟の上だろう。


 それより流石に今会うのは気まずい、と路地に隠れた正たち。

 とりあえず、向こうは気付いていないようだ。

 ホッと胸をなで下ろしたそのときだった。



「あちゃー。乙姫はもうダメかな?」

「!!」

 知らない声。事件解決直後に乱入者。そんなのもう、敵でほぼ間違いないではないか。


 茶色いおかっぱ髪、小柄な体、タレ目と、太くて短い眉、ワイシャツとサスペンダーつきのズボンを着用し、初対面でも薄っぺらいとしか形容できない笑みを張り付けた男。


 男が正たちに笑顔を向けた、刹那、

「【凍結】!」

「燃えろ!!」

「【ボルケーノ・ヒーローショット】!」

「【コマンド:混合・攻撃 出力:81 対象:全履歴】【展開】!」

「ファのシャープ!!」


「ユラ!アン!珊瑚連れて帰れ!!」

「わかった!」

「まかせろ」

 


「颯天!雪葉持ってくれ!!」

「う、うん!」

「めっちゃ掴まれ!【アクセル】!!」

 颯天は慌てて固まって動けなくなっている雪葉を抱えた。亜久埜は颯天を引っ掴み、普通の人間では実現不可能な速さで逃げ始めた。


「ちょっ、速すぎでしょ!!足!足浮いてる!!」

「喋ると舌噛むぞ、俺の今の速度は時速130kmを超えてる」

「ハァ?!」

 亜久埜は、体の七割が機械仕掛けの【半人造人間ホムンクルクルス】である。そして、そのルーツは車。

 亜久埜の能力は、【加速ダッシュ】といい、文字通り速く走るだけのものなのだが、改造によりその速度は大幅に上昇し、現在は車並みのスピードで走ることができる。


 ゆえに、亜久埜は切り札である。

 戦うための最高戦力としてではなく、逃げるための最終手段としての、だ。




 なぜ、悪の組織であるみたらし談合はその男に攻撃したのか。

 なぜ、ヒーローである正と千颯はその男に攻撃したのか。

 それは、彼がピエーロ・ワンダーの幹部、古賀棚こがたなかむろであるからに他ならない。

 かむろは、たくさんいる悪の組織の幹部の中で最もマトモな噂がない奴で、好きな食べ物とか趣味とかの情報にすら、常に「…まあそういう設定ってだけなんだろうけど」という語尾がつく。

 逆にマトモじゃない噂は多くて、シリアルキラーだとか、誘拐した子供は身代金を取ったあと実験材料にしまくるだとか、一切のためらいなく弱者も味方も殺すだとか、散々なものである。


 【禿のかむろを侮るなかれ】。いつからかそう呼ばれるようになった彼は、ピエーロ・ワンダーの脅威となるなら悪の組織も簡単に潰そうとする。その上アホ強い。なので、見つかったら逃げる一択なのである。

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Hey Hero 岬 アイラ @airizuao

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