第3話 今の段階でなら

 これで、ルーティの人生は静かに終わりを告げる。

 目を瞑り、ルーティは深い眠りに就いた――


「……?」


 そのはずなのに、ルーティの意識ははっきりとしていた。

 四方に向かって繋がれた鎖だけが切断され、ルーティは少しばかりの自由を得る。

 思わず、ルーティは少女の方を見上げた。


「どういう、つもり……?」

「見ての通りよ。貴女は私に『全て』を渡した。それなら、生かすも殺すも本当の意味で、私の自由でしょう?」

「それって、僕を殺すつもりはない、ってこと?」

「ええ、その通り。貴女は今から私のモノ。今更、撤回なんてしないわよね? 逃げたり抵抗したりされると面倒だから、その枷まではすぐに外すつもりはないけれど」


 ルーティには少女の考えが理解できなかった。

 自分を生かす理由が、少女にはあるというのか。


「どうして、僕を殺さないの?」


 思わず、ルーティは尋ねた。

 すると、少女はルーティの耳元に顔を近づけて、囁くように言い放つ。


「私――貴女のファンなの」

「……は?」

「だから、貴女のファン。貴女が以前に魔物を殺した時からね。実は私、その時の戦いを見ていたの。すっごく強くて、可愛らしい貴女を見て、感動しちゃったわ。『運命』っていうのは、きっとこういうことを言うんだろうって。それから、私はずっと貴女のことを見ていたわ。いつか、貴女は私を殺しに来る時が来るって思った。そんな貴女を私が倒して、屈服させて、私のモノにする――それが私の本当の目的だったのだけれど、倒す手間は省けてしまったわね? まあ、私のモノにできたのだから、それでいいわ」


 ルーティは唖然とした表情で、その話を聞いていた。

 ――少女の狙いは、ルーティ・コルセンスそのものである。

 馬車を襲ったのも偶然ではなく、初めからルーティだけは殺すつもりがなかったのだ。

 牢獄に繋がれるのを回避したかと思えば、魔女の所有物になる人生なんて、どこまでもツイていないとしか言いようがない。

 それならいっそ、ここで舌を噛み切って死んだ方がいい――そう考えて行動に移そうとした時、


「ダメよ、『そんなこと』」


 グッと口の中に少女の指を押し込まれる。

 ルーティの行動は、完全に少女に予想されていた。


「貴女は私のモノになったんだから、勝手に死ぬのも許さないわ。それに、貴女にとっても悪くない提案だと思うけれど」

「……?」

「だって、牢獄に繋がされて、不自由な暮らしをするよりもずっといいと思わない? 私は貴女が私との約束を違えない限りは、貴女に自由だって与えることも約束してあげるわよ」

「!」


 少女の言葉の意味を、ルーティはすぐに理解できた。

 それはつまり、少女に従いさえすれば――自由な生活も保障する、といことだ。

 ルーティの反応を見てか、少女はルーティの口から指を抜き取る。


「どうせ終わったと考えた人生なら、生まれ変わったつもりで私と一緒にいればいいのよ。私は貴女がほしい。私のモノにできればそれで満足なの。だから貴女のことは殺さないし、殺すつもりもないわ。もしも、そうね――貴女が私のことを拒絶するのであれば、このまま見逃したっていいわ。貴女はこのまま、牢獄に繋がれることになるでしょうけれど」


 それは半分、脅しとも取れる言葉であった。

 少女の提案を拒絶すれば、ルーティをこのまま牢獄へと送る、そういうことだろう。

 牢獄での不自由な生活をするか、少女と共に自由な生活をするか――以前のルーティであれば、間違いなく少女の提案を拒絶していただろうが、今のルーティにとっては、牢獄に繋がれるよりはずっとマシに思えてしまう提案であった。

 何故なら、ルーティのことを罪人に仕立て上げ、見捨てた王国より――よっぽど魔女である少女の方が、ルーティに対し優しく、譲歩していると言えるからだ。

 大きく息を吐き出して、ルーティは少女に向かって答える。


「……騎士としての道が断たれた時点で、僕の人生は一回終わったようなものだし。それなら、君と一緒の方が、牢獄よりはいいのかもしれない」

「私の提案を受け入れる、ということでいいのかしら?」

「それでいいよ。なんか、考えるのも疲れた」


 ルーティがそう答えると、再び少女が手を振るう。

 すると、ルーティの鉄枷だけが簡単に切断され――自由の身となった。


「……いきなりここまで外すなんて、正気?」

「抵抗する子を無理やり押さえつけるのも楽しいから、抵抗したいならどうぞ」


 少女に言われても、ルーティは行動に移さなかった。

 いつでも簡単にルーティのことを殺せるはずの彼女が、ルーティを自由にした――それだけで、今の段階でなら信用するには十分だ。


「君、名前は?」

「私はアイリス・ネフィリミア。ルーティ、これから貴女は私のモノよ」

「アイリス、か。うん、これから僕は――君のモノだ」


 こうして、『剣姫』――ルーティ・コルセンスは魔女であるアイリス・ネフィリミアの所有物となった。

 投げやりな気持ちで契約を交わしたルーティであったが、アイリスの『ルーティに対する好意』が本物であることは、近い将来すぐに知ることになる。

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無実の罪で監獄送りになった少女騎士、魔女に拾われる 笹塔五郎 @sasacibe

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