第2話 『鮮血の魔女』

 赤い宝石のような瞳で、ルーティを見下ろし、にやりと口元を歪ませる。


「ああ、でもいい格好ね? コレクションしておくなら、これくらい厳重に拘束しておいた方がいいのかもしれないわ。でも、牢獄に入れておくなんてナンセンス。可愛い子を閉じ込めておくなら、鳥籠なんかがお似合いだと思うわよ?」

「き、貴様……! どこから――」

「その質問に答える意味はないわ」


 少女が手を振るうと、騎士の首が飛ぶ。


「だって、貴方達はここで死ぬんだもの」


 全てが一瞬の出来事で、あっという間にルーティ以外の者達は死んだ。

 馬車の速度は徐々に落ちていき、やがて停止する。

 ルーティはただ、目の前に立つ少女を呆然と見据えていた。

 圧倒的なまでの強さ――ルーティには少女が何者なのか、その姿には見覚えがあった。


「……君はもしかして、『鮮血の魔女』か?」

「あら、私のことは知っているのね?」


 くすりと笑みを浮かべた少女――ルーティとそれほど年齢は変わらないように見えるが、彼女は『鮮血の魔女』と呼ばれる異名を持っている。

 噂では不死の身体を持っているとされ、伝説上に存在する吸血鬼の末裔ともされていた。

 ――王国においても、討伐対象とされ多額の懸賞金を懸けられている危険な人物だ。


「ふふっ、お仲間がやられたっていうのに、随分と間の抜けた顔をしているのね?」

「……え?」


 少女に指摘されて、ルーティは少し驚いた声を上げた。


「だって、そうでしょう? 貴女は今、全く身動きができない状態なのよ。ここにいた騎士達は、貴女の身を守る存在でもあったわけで……それを私が殺してしまったわけでしょう? つまり、貴女の生かすも殺すも全て私の気分次第――そうでしょ? さぁ、貴女はどうするのかしら?」


 楽しそうに、少女はルーティに問いかけた。

 確かに少女の言う通り、今のルーティは抵抗することは全くできない状態にある。

 万全の状態でも勝てるかどうか分からない相手を目の前にして――できることは命乞いくらいだろう。

 けれど、ルーティはこれをチャンスだと考えた。

 逃げられるチャンスではなく、彼女の手によって、自らの人生に幕を下ろすチャンス、である。


「君が何の目的で襲ったのか分からないけれど、殺したいなら、殺せばいい」

「! あら、意外ね。それとも、鎖で繋がれても騎士道精神とやらは生きているのかしら? 私に命乞いをするくらいなら死んだ方がマシ、とか」

「……うん、そう思いたいなら、それでいいよ」


 ルーティは少女に向かって、投げやりな様子で答えた。

 少女の神経を逆撫ですれば、すぐにでも殺されるかもしれない――そんな状況でも、ルーティには恐れなどない。

 むしろ、終わらせるなら早く終わらせてほしい。

 それが、ルーティの願いであった。

 だが、ルーティの言葉を受けた少女は怒るどころか、一層に楽しそうに口元を歪ませて、


「……ふぅん? 貴女、私に殺されたいのね?」

「っ」

「あはっ、少し焦った表情を見せたわね。今の、すごく可愛いわ。食べちゃいたいくらい」

「……この馬車を襲ったのは、全員殺すつもりだったからではないの?」


 ルーティは少女に向かって言い放った。

 そうだ――ルーティはそもそも、王国内でも高い戦力と言える。

 こうして鎖に繋がれている今でこそ、彼女にとって脅威となりうる存在を消す機会でもあったのだ。


「そうね。『半分正解』」

「……半分?」

「ええ、半分」


 少女はゆっくりと、ルーティの首筋に顔を近づける。

 そして、口を開いて肩のあたりに噛み付いた。


「……っ」


 ルーティはわずかに表情を歪ませる。

 吸血行為――初めての経験であったが、牙を突き立てられているはずなのに、不思議と痛みはない。

『身体の力』を吸われるような奇妙な感覚があり、思わず身じろぎしてしまうが、頑強な拘束がそれを許さない。

 しばらくすると、少女はルーティから離れ、鮮血が垂れる口元を拭う。


「ごちそうさま。貴女の血――とっても美味しいわ」

「まさか……本当に、君は吸血鬼、なのか?」

「ふふっ、どうでしょうね――少なくとも、普通の人間は吸血なんてしないとは思うけれど」

「……まあ、そのだね。別に、ほしければ、全部あげるよ」


 ルーティがそう言うと、少女は喜々とした表情を見せた。


「全部? それって――貴女の『全て』を私にくれるっていうことでいいのかしら?」

「全ても何も、僕にはこの身体くらいしか、残されてないけど」

「だから、その身体を全部くれるっていうこと?」

「……どうしてそんな念入りに確認するのか知らないけど、ほしいならあげるって。好きなようにして」

「そう、分かったわ――」


 ルーティの言葉に応じるようにして、少女が右手を振るった。

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