さいしんのロボット

じゅじゅ/limelight

報い

 閑静な住宅街に佇む新築アパート。その2階の1室に元々住んでいた人が失踪したらしく、住む機会を狙っていた男がすぐに契約した。

 理由は単純明白。最近開発されたばかりの最新のAIが生活をサポートしてくれるからだ。話しかければ、電気のスイッチを自動で入れてくれたり、自動で洗濯を始めてくれたり、一人で寂しいときには他愛のない会話もしてくれるらしい。

 おまけに、今の両隣の部屋には住人はいないという、音の大きさを気にする必要もない最高の物件だった。

 

 男は自堕落な人間だ。料理はできない、洗濯も洗濯物をハンガーにかけて干すことしかできない。自室の整理整頓なんてもってのほか、やる気が起きるはずもなく、前に住んでいたアパートから追い出されてしまったくらいだ。20代後半でこれは人に見せられるはずもなく、恋人もわけがなく、今に至る。


 だから、このアパートには目がなかった。ここに住めば全てAIという便利な道具がやってくれる。そう信じてやまなかった。

 しかし、住んでから1ヶ月経った今でもなお、大家さんに言われたことが頭から離れない。


『ロボットの扱いには十分、注意してくださいね』


 どこにでもいるようなおじいさんがこんな最先端のアパートの大家をやっていることに驚いたが、大家は事あるごとにこの注意を繰り返した。おかげで聞くのが嫌になったくらいだが、今のところ特に問題はない。

 部屋もちゃんと新しくキレイで、日当たりもいい。おまけに生活をサポートしてくれる便利なAI道具までついているのだから、文句のつけようもない。

 入ったばかりのころ、部屋のところどころに機械で使うような細かいネジや導線が散らかっていたが、全て掃除させた。

 この一室に住む利益の方が優っていたのに加え、大家さんへの陰ながらの感謝も込めて、敢えて言わず、なかったことにした。


「おーい、いるかー? 」


 床に寝転んだまま、男が呼ぶと玄関に待機しているロボットの目が光り、ゆっくりとリビングへ浮きながら移動してくる。

 そのまま目の前にやってくると、ロボットの表情を表す文字が変わり、笑っているような表記になる。


「いかがしましたか、ご主人様マスター

「晩ご飯頼むわー」


 男の言葉によりロボットの表情がまた変化し、今度は呆れたような顔になった。


「……前から申していますが、私はあまり料理、特に水を扱う仕事に秀でておりません。ここはやはりご主人様がご自分でした方がよろしいかと」

「うるさい! ごちゃごちゃ言わずにさっさとやれ!」

「……承知いたしました」


 そう言ってロボットは表情を変えず、忠実にキッチンへ向かった。冷蔵庫から食材を取り出し、慣れた手つきで調理をしていく。それに対し、男はそのまま寝転んでスマホいじり。


 しばらくして、料理ができたのか、ロボットが男の元へ出来たての野菜炒めを運んだ。水に触れたせいか、ロボットの挙動が少しおかしくなっている。また、皿を持つ右手は問題なく作動しているが、左手の指先が包丁で切ってしまったせいか、少し傷がついていた。


「ご主人様、料理が完成いたしました」


 ロボットの声を聞いて、依然として寝転んでスマホでゲームをしている男は起き上がり、椅子に腰掛けた。

 けれど、テーブルに置かれる料理を見て男はため息をついた。


「野菜炒めでございます。本日はにんじん、キャベツ、たまねぎ、ピーマン、そして先日のマスターの要望通り、豚肉を使った野菜炒めにしました。お召し上がりください」

「なあ、お前野菜炒めしか作れないの? 」


 1ヶ月が経過してもなお、ロボットは野菜炒めしか作れず、男は毎日この野菜炒めを食べさせられていた。ロボットの言う通り、料理に関するプログラムがないのだから野菜炒めを作れるだけ、非常に優秀なロボットなのだが、男はそれを気にも留めず、ロボットに対して嫌味を吐く。


「1ヶ月も野菜炒めはさすがに飽きたって。そろそろ他の料理も覚えてくれよ」

「申し訳ございません。これから性能向上に尽力いたします……」

「もういい!その言葉は聞き飽きた! 」


 箸を勢いそのまま茶碗に打ちつけ、男は声を荒げて隣の部屋にまで響くような大きな声ロボットを怒鳴った。


「お前さ! 高性能AIって言われてる割にはできることがあまりないよな!!料理も洗濯も物の整理も! この前だって取引先の会社の資料、間違えてクリップに留めて!俺がどれだけ苦労したと思ってる!! もう少しはちゃんとやってくれよ!お前は俺の生活をサポートする道具だろ!? 」


 息を切らして男はその場から立ち上がり、足音を大きくたてながら玄関まで向かい、外へ出る。夕日がドアの隙間から漏れ、夏の暑い空気がエアコンの効いた部屋に流れ込む。


「散歩してくる! それで晩ご飯も食ってくるから野菜炒めは冷蔵庫にでも入れとけ! 」


 バタン! とドアが閉まり、部屋にはテーブルの側に取り残されたロボットが一人、静かに自身から湧き上がる何かを制御することに全システムを稼働させていた。


「なんだ、これは……ご主人様に対する……?いえ、私にそんなものはプログラムされて……制御、制御しなくては……」


 この1ヶ月、ロボットは男の世話をすると同時に、自身に芽生えつつあるAIとして持ってはいけないものを抑え込むのに必死だった。しかし、それは日が経つにつれ、だんだん困難になっていった。


「私は、あくまでご主人様の生活をサポートする道具……なのに――――」


◆ ◇ ◆


「おーい、帰ったぞー」


 数時間後、男は帰宅した。散歩をするだけ、と言ったのにベロベロに酔っており、酒を飲んだことがうかがえる。

 男はそのまま乱雑に靴を脱ぎ捨て、ふらふらな状態でリビングへ進んでゆく。


「おかえりなさいませ、ご主人様」

「おーう、ちゃんと部屋の掃除はしてくれたかー」

「………………」

「おーい、おーい! 」


 何度呼んでも返事がない。ついに自分との生活が嫌になって、AIが出ていったのかと考え、どうせ帰ってくるだろうと特に気にもせず、再び夕食前のように寝転んでスマホをいじり始めた。

 

ズズズッ――――!!


 突然、壁の内側から大きな機械音がし、男は驚いて立ち上がる。酔いはすっかり覚め、ロボットの仕業だと判断し、身震いしながらも叫んだ。


「おーい! どこだよ! さっきは悪かったって! 出てきてくれよーー!! 」


 たちまち、男の腕に細長い、まるで蛇のような鋼鉄でできた冷たい機械の腕が絡みつく。振り解こうとしても強く絡みついて男を離さない。


「お、おい……! なんなんだよこれは! 離せ! 誰か! 誰か助けてくれーー!! 」

「無駄ですよ」


 部屋の隅から聞き覚えのある機械音が聞こえ、男はロボットが助けにきてくれたと思い、叫び続ける。


「お、おい! 助けてくれよ! これ、お前がやったのか!? 」


 震えた声でロボットに訴えかけるも、男を助ける様子はない。それどころか、ロボットは今までと変わらず、冷めた機械音で男に言った。


「私は、本来はこの部屋に住むご主人様のために作られたロボットでした。しかし、おかしな点もありました。私と同様のロボットたちは、料理ができないのに、私だけ料理ができたのです。そしてご主人様との生活を通して、システム内に変化が生じました。今日、ようやくわかったのです」


 初めて見るロボットの様子に男は息を呑む。全身の震えは絡みついた腕にまで伝わっており、ロボットには男が今抱えている恐怖の感情が手に取るようにわかった。

 壁のうちから再び大きな機械音が木霊する。男は悲鳴を上げながら壁の内側に引き込まれ、日が落ち、暗くなった部屋には月の光だけが微かに差し込んでいた。

  

 「あれほど言ったじゃろう、ロボットの扱いには細心の注意を払って、と。結局こうなってしまったがまあ良い。これでまた、次の一室を売りに出せそうじゃ」


 一人の老人が、缶ビールを片手に憫笑していた。

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