最終話

 2人は森を出て、町へと続く平原を歩いていた。

 視界にはラルクの町が見えてきている。


 ――生きて帰ってこれた。だけど……

 

 狼に襲われ死の淵から辛うじて生き延びたラルクにとっては、本来なら安堵するべき場面である。

 しかし、下を向いて歩く彼の表情に安堵の色はなかった。


 ――もうすぐイライザさんは消えてしまう……



 「帰ってこれたね」

 「……はい」

 イライザは役割をもう少しで果たせる満足感からか、上機嫌にそう言ったのに対し、ラルクの声は沈んでいた。


 

 「ねえ、ラルク」

  呼び止められてラルクは振り返った。

 

 「最後に約束してほしいことがあるんだけど、聞いてくれる?」

 「……もちろんです。何でも言ってください」


 「町の外に出るのは、足が完全に治ってからにしてね」

 「わかりました」

 「約束できる?」

 「はい、約束します。せっかく貴方に助けてもらった命を粗末にはしません」

 「それを聞いて安心したよ、ラルクは素直だね」

 イライザは安堵した様子で言った。

 それとは対照的にラルクは表情も声色も沈んでいる。


 「それから、森に1人で入るのもできればやめてほしいな。魔物は移動するから、今日みたいに普段いないはずの場所に出ることもあるからね」

 「はい、それも約束します」

 「ありがとう。聞き分けがよくて助かるよ」

 


 ◇ ◇

 

 2人は再び歩き出していた。

 歩くにつれて、前方に見えるラルクの町は次第に大きく見えてきた。

 そしてそれは、イライザとの別れがすぐそこまで迫っているということだった。


 

 周囲を柵で囲まれた町の入り口まで100メートルほどの所まで来た。

 

 

 「これで、私の役割は果たせたかな」

 

 背後から聞こえた声にラルクは振り返り、思わず息を飲んだ。


 

 イライザの身体が次第に薄くなりはじめていたのだ。


 「イライザさん……」

 

――本当に消えるんだ……。

 

 ラルクは何か言おうとしたが、それ以上言葉が出てこなかった。

 言葉では理解していた。だが理解していても実際に起きても受け入れられるかというと、それは別問題だった。

 心のどこかで、“イライザが分身でいずれは消える”というのは何かの間違いではないかと思っていたのだ。


 “行かないで”と言いかけたが、どうにか言葉を飲み込んだ。

 イライザが消えることが避けられないなら、せめて最後に困らせるようなことを言ってはいけないと思いなおしたのだった。


 「ラルク、貴方を助けられてよかったわ」

 イライザの次第に薄らいでいくその顔は、気のせいかどこか寂しげに見えた。



 「あの、イライザさん……!」

 ラルクは消えゆくイライザに向かって叫んだ

 「また会えますか?」



 イライザはラルクを見つめてニッコリと笑った。

 そして口を開き、何か言おうとしたところで――


 消えた。



  ◇ ◇

 

 

 後には、平原にラルク1人だけが残された。

 


 「イライザさん……」

 

 ラルクの視線の先には、風景しか映っていなかった。

 

 まるで、最初から彼1人しかいなかったかのようだった。

 

 ラルクはつい先ほどまでイライザがいた空間をしばらくの間見つめていたが、やがて口を開いた。


 「本当に、ありがとうございました」

 

 ラルクはそう言って、誰もいなくなった空間に深々と頭を下げた。

 そして頭を上げ森に背を向けると、再び町に向かって力強く歩き出した。

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分身体が消えるまで 網場 @6dan

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