第5話「剣豪フジミヤ」

「リアム…よく聞いて。」


 美しい女性がリアムに優しく話しかける。


「なんですか?師匠」

 

「あなたはね、ドラゴンの一族の末裔なの。」


 小さな尻尾と額から生えた一対の紺色の角を持った小さな少年。


 彼の純粋な美しい紫の目は疑問に満ちていて、彼は彼女に向け問い返した。


「末裔?」


「あなたのひいひいお爺さんは、空を飛ぶ大きなドラゴンだったの。」


「でも僕に羽はないよ?」


 小さな手を背中にやるが、そこには小さなコブしかない。


「あなたの羽は生まれた時、両親に切り取られてしまったの。」


 悲しげな表情をする彼女。


 リアムにはまだその意味が理解できないようだった。


「龍人と人の分かり合える未来は近い未来に訪れます、それまであなたは人間の勇者として生きるの。決して龍人の姿を見られてはなりません。」


 彼女の真剣な口調、少し怒った目、魔力の乱れ、いつも通りの優しい表情。


 自分の師匠のこれまでにない真剣な話は今でも記憶に残り続け、こうしてまたあの日の夢を見ている。




 目を覚ますとそこは自分の家のベットの上だった。


「ここは俺の部屋?」


 昨日の夜のことを全く覚えていない。


 朧げに思い出せる記憶から何が起ったのかを思い出してゆく。


「勇者、勇者…あっ!!」


 あのベータとか言う勇者!!


 あの後どうなったんだ!?


「イッ…」


 頭がガンガンする。


 魔力がほとんど残ってないしこの感じ、差し詰めアイツが出てきて好き勝手やったんだろう…


「ああ、最悪だ。」


 魔力切れで倒れたらそりゃあこうなるわな。


 それにしても、ぶっ倒れたならなんで自分の家にいるんだ?


 アイツが大人しく家に帰ってくるとは考えづらいけど…


 バタンッ


 一回の方でドアを閉めたような音が聞こえる。


「誰かいる?」


 知らない気配がするが敵意や悪意はない。多分俺をここへ連れてきた奴だろう。


 階段を降り誰なのか確認する。


「ああすいません、勝手に入ってきてしまって…」


「ミーシャ?なんで君がいるんだ?」


 家にいたのは異世界の勇者ミーシャ。彼女は昨日訓練場の寮で休むはずだったのだが…


 彼女は顔を曇らせながら、ことの経緯を説明し出す。


「昨日の夜、話が終わった後私はすぐに部屋に向かったのですが寮が広すぎて迷ってしまったんです… ま、まあそれは置いておくとして重要なのはその後です。背筋が凍るような大きな魔力の渦の気配を感じてそこへ向かうと、あなたと誰かが交戦状態だったんです。でもその直後私を一眼見た瞬間その誰かはすぐさま逃げ去ったんです。それで…」


 彼女が言葉に詰まって少しの間沈黙する。


「それで?」


「そ、それでリアムさんなんだか様子が変で、さっきまで無かったツノと尻尾生やしてまるで人が変わったみたいな雰囲気だったんです。私を睨みつけた後にゆっくり私のほうに歩き出したと思ったら、いきなり倒れて…そしたら元に戻って…家に連れて帰ってあげようと思ったんです。」


「家はどうやって見つけたんだ?」


「モノ探しの魔法を使いました。」


「悪かった、できればあまり詮索しないでもらえると助かる。」


「分かりました…」


「ああ、悪いな。」


 ミーシャは何か思い出したように、何かを言おうとしたがすぐに言葉を引っ込めて、帰りに準備わ始めた。


「じゃあ私は帰りますね。」


 ミーシャは少し考え事をするようにぼーっとしていると、自分の中で何か納得したのか明るい顔をして帰っていった。


 昨日は異世界の勇者3人に出会い、リリスの言葉を信じるのだとすれば明後日までにあと最低で5人の勇者が現れる。


 今日は何があるんだか…


 これ以上厄介ごとが起きなければ良いんだが、そううまくいくはずもなく…


「リアムさん大変です!!ターミナル中央の商店街で人間勢力の反乱勢力の隊員が魔人の住民に攻撃!!何者かが反乱勢力の隊員数名と交戦中とのことです!!」


 ミーシャが出て行ったと思ったら次の瞬間、観測班の通達員が入ってくる。


 今の状況でこれ以上不幸なことといったら、それこそ世界が滅ぶことくらいだろう。


「わかったよ、行けば良いんだろ… 頼むから大声を出さないでくれ、頭が痛いんだ。」

 

「す、すいません。何せ急ぎの報告だったもので…」


 報告員が申し訳なさそうにしていると、先ほど帰ったはずのミーシャが帰ってきた。


「私もそこへ行って良いですか?」


「なんでだ?面白いことなんて多分ひとつもないぞ?」


「もしかしたら勇者の仕業かもしれませんし…」


 まあこのタイミングで起こることといったら勇者の仕業を疑わない方がおかしいだろう。


「ああわかった、ついて来い。でも手は出すなよ?」


「はい!!」


 俺はついてくると言うミーシャを連れてすぐにターミナルの商店街へ向かう。


「本当に何が起こってるんだよ…こんなに忙しいのは三年ぶりだぞ…」


「三年前何かあったんですか?」


「ああ、魔王討伐以前の話だからな…」


「この世界にも魔王はいたんですか!?それに三年前って復興のスピードどうなってるんですか!?」


「そんな話は後だ!!ついたぞ!!」


 現場に着くとそこでは大勢の人集りができていて、人集りの中央では一人の青年と数人の武装した人間が交戦中だった。


 反乱勢力の隊員は魔人の女性と子供数名を人質に取っており、「魔人を街から排除しろ」と声を張り上げていた。


「我々“ニューオーダー“は人間の街から魔人たちを追い出し人間の街を取り戻すことを国に要求する!!今すぐ武器を下ろし、ここから立ち去れ!!さもなくば、この魔人の耳を落とすぞ!!」


「今すぐその女子(おなご)と童(わっぱ)を離せ、さもなくばこの剣豪「藤宮 宇津呂」(フジミヤウツロ)の刃が貴様の首を切り落とすぞ。」


 ニューオーダー達の脅しに一切臆することなく立ち向かう青年。


 彼の名は「フジミヤ=ウツロ」と言うらしい。見たことのない服に効いた事のない話し方。


 東の果ての国にはあのような文化があると聞いた事があるが、何よりもその手に握っている剣が異質だった。


 殺気を纏ったようなその片刃の剣は異質なオーラを纏っており、一目で魔王の剣に並ぶほどのアーティファクトだと言う事がわかった。


 十中八九、あの青年の正体は異世界の勇者だ。

 早く対処しないと大変なことになると思ったその瞬間、ニューオーダーのリーダーらしき人物が部下と思われる隊員が脅しに使っていた短剣を奪い取り、大きく魔人の女性に振り翳す。


「焦ったいな、こういうのは見せしめが一番効果的なんだよッ!!」


 高く振り翳した短剣を振り下ろそうとした瞬間、青年が動く。


「瞬息一輪『紫陽花』」


 小さく何かを呟いたと思うと、青年がその場から消える。


 すると団員達は突然全員意識を失ったようにその場に倒れた。


 キンッ


 鞘に剣を収める音。


 音が聞こえた方を見るとそこには勇者がいた。


「愚か者が。」


 彼は吐き捨てるようにニューオーダー達を罵ると、急いで魔人達に駆け寄っていった。


「大丈夫だったか?」


「あ、ありがとうございます!!」


 いきなりの出来事に驚いているのか、少し動揺しながらも泣きじゃくる子供を抱え、必死に礼をする魔人の女性。


「気にするでない、屑供が道を塞いでいたから払っただけだ。」と言い残すと、彼は何もなかったかのように、その場を立ち去った。


「ミーシャ、アイツを追うぞ。」


「はい。」


 人集りを抜け、立ち去った勇者の後を追う。


「ミーシャ、なにが起きたか分かったか?」


「分かりませんでした…リアムさんは?」


「俺も全くわからなかった…」


 何が起きたのかが分からないというのは少し間違った表現だ、正しくは「なんでそんな事が出来るのかわからない」だ。


 彼の周りで魔力の歪みは無かった、つまり魔法を使っていなかったと言うことだ。


 魔法を使わず、あの速度で、正確な速度と威力で峰打ちをし、全員綺麗に気絶させる。


 まさに神業だ。


「いました!!」


 彼が路地裏に入っていくことをミーシャが発見し、俺はその後を追う。


 彼に追いつくと、彼はこちらに振り向いた。


「後をつけてきていたが、何者だ?」


 跡を追っていたことを分かっていて、ここにきたと言うことは、話を聞いてくれるってことだろうか?


 そんな悠長なことを考えていると彼は静かに剣に手を掛ける。


 どうやら相当警戒されているらしい。


「ミーシャ、一旦下がっていろ。」


 念のためミーシャを下がらせ、こちらに敵意がないことを示す。


「俺たちに敵意はない、少し手伝って欲しいことがあるだけだ。」


「要件は手短に申せ。」


 彼は昨晩の勇者と違い少しは話を聞いてくれそうで少し安心する。


 とりあえず身柄を一旦確保したいので、ついてきてもらえるか、交渉してみる。


「話せば長くなる。一旦俺について来ないか?」


「もう一度言う、要件は手短に申せ。」と、不機嫌そうに返しますます警戒を強める勇者。


 手と剣の距離が近くなる、このままでは話すら聞いてもらえなくなるだろう。


 仕方ないので、説明は省いて要件だけ伝える。


「この世界を守りたい、力を貸してくれ。」


 そう伝えると少しの沈黙の後、やっと彼は手を剣から手を退けた。


「… 少し話を聞こう。」


 説明を聞く気になったのか、彼は少し警戒を解く。


「わかった。手短に説明しよう。」


 彼が話を聞いてくれているうちに、これまで起きたことを手短に説明する。


「10人の勇者、敵する4人目の勇者の存在、わしの出現… 中々にややこしいな。」


 そう思うのも仕方ない、どれも此れもあのリリスのせいだ。


「そちらの条件はなんでも飲む、だからどうか仲間になってくれないか?」


 こうやって仲間を増やしていけば、リリスの行っていた全員との和解という条件をクリアすることも夢では無いだろう。


「承知した、その提案を飲もう。」


「やった!!リアムさんやりましたね!!」


「いやまだだ、それで条件は?」


 条件を飲むといったからには、彼も何かしらの条件を提示してくるだろう。その答え次第によっては協力関係を維持するのは難しい場合もある。


「条件は…」


 さあ、鬼が出るか邪が出るか…


 どのような条件が出てくるか、内心ヒヤヒヤしていたのだが、いざ出てきた条件は至って単純なものだった…


「わしを極東の国へ連れて行ってもらいたい。」


 極東の国?


 噂で聞く、極東の島国か?


 国の名前は確か“倭の国“と言ったと思う。


 和の国といえば、金と銀で有名だ。巷では黄金の国なんて呼ばれているらしく、この世界に流通する金貨の60%は和の国の金でできているとか。


「なんでそんな国に行きたいんだ?砂金掬いでもするのか?」


 彼になぜ倭の国に行くのかと色々聞き出そうとしても「それは言えぬ。」の一点張り。理由を教えてくれそうには無かった。


「分かったそれでいい、条件を飲もう。」


 彼は「ふむ。」とまだ警戒の目は解いてはいないものの、了承してくれた。


「あの、簡単にOKって言ってもんでもいいんですか?その国、かなり遠いって言ってましたけど…」


「ああ、問題ない。」


 何せ勇者の本業は魔王の討伐、それがなくなった今勇者は必要ないはずなのだが、魔王がいなくなった今勇者の役割は、人と魔神の構想の仲裁役に移りつつあった。


 前はではいろいろな国を転々とし、力を貸していたが、この国でニューオーダーたちが拠点を作り、酷く暴れ回っていたせいで、予定より随分長く滞在する羽目になっていたのだ。


 最近ではニューオーダー達はこの国から拠点を移し、東側での活動が活発になってきたから、他の国に移るのには良い機会だ。


「じゃあ、明日ターミナル中央駅に来い。和の国に連れて行ってやる。」


「ああ承知した。」


「お前もくるか?ミーシャ。」


「はい!!ついていきます!!」


 複数人での旅は魔勇戦争以来だろうか。


 少しワクワクしてきた。


 今、3人の勇者達による長い旅が始まろうとしている。



「…で、“ちゅうおうえき“とはどこにあるんじゃ?」


「え?」

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異世界勇者によるコンチェルト〜世界の運命のかかった9人+1匹の勇者達による世界争奪戦〜 アゴラット @agorat

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