●老婆は、語る
●老婆は、語る
わしゃあ長い長い年月を生きてきての。蒼史朗殿とかいう若造と、瑠美奈とかいう妙な花の話を、わしゃあこれまでにゃあ何度も見聞きしてきたでの。
そこの蒼史朗殿ちゅうのは、京都にゃあ住んどる若造の絵描きじゃ。なんでも、よう絵が上手いらしいの。筆にゃあ魂を込めて、自然の美しさを描くことに、人生をかけとるそうな。
ああ、わしゃあその若造に会うたことがあるわい。そん時にゃあ、こう言うとったわ。
「お主にゃあもうすぐ、何か運命的な出会いがあるじゃろうが、あんまり深入りしちゃあいかんぞ。人生が狂うて大変なことになるけぇの」
そん若造は、わしのことをよう馬鹿にしとったが、わしの言葉が頭から離れんかったそうな。
ああ、若い絵描きどもはみんな同じこと繰り返しとるわい。夢の中で、不思議な光を放つ一輪の花を見つけて、その美しさに心を奪われるんじゃ。そしたら、我を忘れて筆を走らせて、その花を絵に描き始めるんじゃわい。
日が経つにつれて、絵はだんだん完成に近づいていって、その花はまるで命が宿ったみたいに、絵の中で光り輝いていくんじゃ。絵描きどもは、その花に瑠美奈とかいう名前をつけるそうな。
その瑠美奈とかいう花と、絵描きどもが不思議な交流を深めていくにつれて、絵の中に、言葉じゃあ表せんような、自然の深い道理を感じ始めるんじゃわい。その瑠美奈が、生命の巡りについて語ったり、自然の掟について説いたりするそうな。まるで大自然の知恵そのものが、絵を通して絵描きどもに語りかけとるみたいなんじゃ。
「〇〇殿、わたしはあなたと過ごす時間がなによりも楽しゅうございます。芸術と自然の理、そしてあなたの情熱に包まれておりますれば」
その瑠美奈とかいう花は、どの絵描きにも同じことを言うそうな。
じゃがその瑠美奈の言葉に、絵描きどもは皆、言葉を失うそうじゃわい。瑠美奈とのつながりが深まるにつれて、絵描きどもの心には新しい悟りが開けてくる。芸術と自然の理、その二つの世界が交じり合う中で、絵描きどもは自然の真の姿を垣間見るんじゃと。
じゃがわしゃあ、その若造にもう一度こう言わずにゃあおれんかった。
「わしの忠告を無視しよって、お主もよっぽどの馬鹿じゃのう。じゃがもう選んだ以上、最後まで見届けんといかんぞ」
絵描きどもの胸には、黒い予感がざわめくそうな。
そしてその予感は、当たるんじゃわい。いつものように瑠美奈の絵の前に立った絵描きどもは、愕然とする。瑠美奈の姿が、これまでになく儚げで、光を失いつつあるんじゃと。
「〇〇殿、わたしの役目は終わったのです。新しい命を生み出すために」
瑠美奈は微笑んで、そう告げる。そして自分の姿を光に変えて、部屋中に広げていくんじゃ。絵描きどもは、それが新しい命の種だと悟るそうな。
絵描きどもは、瑠美奈が残していった種を大切に育てながら、芸術と自然の理が一つになることから生まれる、果てしない智恵について思いを巡らせる。瑠美奈との出会いは、絵描きどもに自然の尊さと美しさを教えた、かけがえのないものじゃったんじゃわい。
自然の理と芸術の調和こそが、この世の真の姿なんじゃ。絵描きどもが残したその教えは、今でも人々の心の中で光り輝いとるの。
わしがこれまで見てきた絵描きどもの話は、みんな同じ筋書きじゃった。
じゃがそれこそが、自然の摂理なのかもしれん。
一輪の花が絵描きを誘い、絵描きは花に魅せられる。
二人の出会いは、芸術と自然の理が一つになることを生み出すんじゃ。
そして、花は新しい命の種になって消えていくんじゃわい。
絵描きどもは皆、人知を超えた何かに触れて、真の智恵を得るんじゃ。
それは時に、人生を狂わせるほどの強烈な体験になるそうな。
じゃからこそ、わしは絵描きどもに忠告するんじゃ。
じゃがしかし、わしの言葉は結局のところ、絵描きどもの運命を変えられん。
絵描きどもは皆、自分の意思でその瑠美奈とかいう花を選び取るからの。
その蒼史朗殿ちゅう若造も、例外じゃなかった。
わしの忠告を無視して、瑠美奈との出会いを選んだんじゃわい。
そしたら、その若造の人生は変わった。いやいや、変えられたちゅうべきかの。
蒼史朗殿が体験したことは、言葉じゃあ言い表せん、この世のものとは思えんことじゃろう。
じゃがそれこそが、芸術家の宿命なのかもしれんの。
人知を超えたものに触れて、心を揺さぶられる。
そしてその体験を糧にして、この上ない芸術を生み出していくんじゃ。
蒼史朗殿の絵が、後の世まで語り継がれるのもそのためじゃわい。
自然の神秘を凝縮した、比べるものがないほどの芸術として。
若い絵描きどもよ、瑠美奈との出会いを恐れることはないぞ。
それは、芸術家として生きる者の宿命なんじゃから。
ただ、わしからひとつだけ忠告しとくけぇの。
もしその道を選ぶんなら、最後まで自分の意思で歩み続けるんじゃぞ、と。
そういうのが、わしみたいな年寄りにできる、せめてもの助言じゃわい。
あとは、若い絵描きどもの選択に任せるしかないわい。
蒼史朗殿、お主の選択が正しかったことを、どうか後悔せんようにの。
瑠美奈との出会いが、お主の人生に大きな意味を与えたことを信じとるでの。
これからも、お主の芸術が多くの人々の心に灯を灯し続けますように。
そう願わずにはおられんわい。
わしゃあ今日も瑠美奈とかいう花と、若くて愚かな絵描きを探し続けるんじゃわい。
(了)
【短編小説】絵師と一輪の花―深淵で甘美な逢瀬― 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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