第3話
それから僕は部活動もそっちのけで夏休み中、新聞社やマスコミ向けの投書を作成して送った。60年前にどんな悲劇が起きたのか、同じ悲劇を繰り返さないために、不用意な迷信を広めることがどんなに危険なのか知ってもらう。
そして僕は決心した。将来は出版社か新聞社に勤める。本当は作家になりたいと思ったが、少し実力が足りない。人々に何かを伝える仕事は別の方法もあるんじゃないかと思った。
僕は一生懸命そのために勉強を続けた。色々な本をよく読んだ。編集者として作家を手助けするか、新聞記者となって事実を伝える。何より自分が見る世界を広げたい。そのための読書だった。
――月日は流れた。それから13年が経過した。
―― 2038年7月 ――
私の名前は星
うきうきして早起きしちゃった。飼い犬と散歩に行く。いい天気! 素敵な誕生日になりそう。
はしゃぎすぎて犬と一緒に丘の上の公園まで来てしまった。
見知らぬ人影が見えた。服装はカッコいい感じだけど……
(うっ、人がいる。知らない男の人だ。帰ろう……)
すぐに帰ろうとしたら、声が掛かった。
「ごめん、ちょっと待って」
(ひええー 怖すぎる。もしかしてやばくない?)
「怪しい者じゃないよ。心配しないで」
男の人は両手を上げてそう言うとにこっと笑った。武器を持ってないってふざけているつもりだろうが、つまんないギャグだ。知らないおっさん、怖い。
「絵馬ちゃん、だろ。違う?」
(ひええー 私の名前を知っている。ストーカーか?)
「あなた、だ・れ・ですか?」
私は犬のリードを強く握って恐る恐る聞いてみた。愛犬も、戦闘態勢で男を睨んでいる。
「坂本 翔と言います。おはようございます。そして、しばらく振り!」
(坂本? 誰? 知らないよ、そんなおっさん)
「僕は出版社に勤める28才。君とは13年前にここで会った」
「え、何ですかそれ。私まだ今日ちょうど12才になったばかりで……」
やばい、誕生日と年齢をばらしちゃった。
「これ返すよ。君からもらったんだ」
坂本 翔がお守りを私にくれた。何これ…… 人さらいとか変質者ではなさそうなので、少しだけ話を聞いてやることにした。私って親切。
……
…
彼の言う事は信じられないことばかりだった。私の前世が生まれることができなかった赤ちゃんで、幽霊として13年前に現れたとか、私の名前は彼につけられたとか、今日ここで会えると私が言ったとか。
「あれからいろいろ活動して、僕だけの力じゃないけど60年前の悲劇は起きなかったんだ。それどころか2026年は突出して生まれる子が増えた」
坂本 翔は不思議な話を続ける。
「僕は思うんだ、1966年に生まれてこなかった子達が60年後に再び生まれたんだってね。君もその一人なんだろう。全てはたぶん幽霊だった君のおかげだ」
話を聞いて、お守りを見ていて、何か思い出してきた。なぜか私の目から涙がこぼれてきた。
「誕生日、おめでとう」坂本さんが言う。
「あ、ありがとう。あの、前に私、坂本さんの手を握った……」
「ああ、握ったね」
「また、会いたいって思った」
「それは僕の方」
なにか急に親近感が湧いてきた。勝手に口が動いた。
「あの、坂本さんは結婚されているんですか?」
坂本さんは笑って答えた。
「いいや、まだだけど……」
「私が大人になるまで待っていてくれませんか?」
私の口からとんでもない言葉が飛び出した。初対面の人に何言ってるんだ。
坂本さんは冷静に
「また、12年後にここで会えたら会いましょう。その時にもしも、お互いにフリーだったら友達から考えましょう。そうならないことを望むけどね」
「そ、そうですね。変なこと言ってごめんなさい」
「いや、良かったよ。生きている君を見れて良かった」
顔が赤くなってしまった。
不思議な誕生日の朝のできごとだった。
◇ ◇ ◇
――12年後
「坂本編集長、外線電話が入ってます」
「ああ、ありがとう」
「雪月レディースクリニックです。坂本翔様でよろしいでしょうか?」
「はい、そうです」
「おめでとうございます。奥様の坂本絵馬様が無事、お子様を出産されました」
「え、あ、ありがとうございます」
「女の子です。母子とも何も問題ありませんので……」
「ありがとうございます。すぐに行くと家内に伝えてください」
「承知いたしました」
部下が言う。
「編集長、良かったですね」
「うん。ちょっと早上がりするよ」
「了解! お気をつけて」
(良かった。同じ干支の娘か。しかも母親と同じ誕生日とは奇遇だ)
坂本 翔は照り付ける午後の日差しの中、車へと走った。
――絵馬はひのえうま生まれの女の子。
その後も最高に幸せな人生を過ごしたのだった。
―― 了 ――
まぼろしの彼女 🌳三杉令 @misugi2023
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