第2話
「翔くん、お願いがあるの」
突然、彼女は言った。
「な、何ですか?」
「他の人たちにどうしても伝えて欲しいことがあって、60年前のことなんだけど」
60年前って、ずいぶん古い話だな。僕は彼女とベンチに並んで座った。
彼女の丸くて大きな瞳が、真剣で少し潤んだ様子でこちらを見つめている。
「丙午(ひのえうま)って知ってる?」
「え? なにそれ」
「60年毎にやってくる
よくわからないが、僕はごくりと息をのんだ。
「それで前回1966年の丙午の年は子供が産まれる数がかなり減ったのよ」
そう言えば社会で年ごとの出生数のグラフで一ヶ所凹んでいたところがあった。コロナでもあったのかな? と思ったが……
「どういう事かわかる?」
「い、いえ」
「一部の親たちが子供を産むのを止めたのよ、その迷信のせいで……」
「え、そんなことってあるの?」
「私も本当はこの世に生まれるはずだったの」
衝撃の言葉とともに彼女の目から涙がこぼれだした。僕は驚いたが何もすることができなかった。それにしてもどういう意味なのか、頭が混乱してしまった。
「大丈夫?」僕が心配して言う。
彼女は涙をながしながらも話を続けた。
「うん、大丈夫。やっぱり親は子供に幸せになって欲しいから、
言っていることがわかってきた。迷信のせいで妊娠をとりやめた人がいるんだ。彼女は、それで生まれてくることができなかった?? 幽霊なのか?
彼女は続ける。
「それはマスコミが
そうなのか。知らなければそんなことにはならなかったのか。僕らは迷信の話をしばし続けた。彼女が幽霊だという事は受け入れがたかったが、徐々に認めざるを得なくなってきた。僕の頭の中で世の中の、人生の見方が何か変わった。
「私、同じことを繰り返してほしくたくないから言いに来たの。伝えてくれる? 丙午の話はしないように……新聞社とかマスコミとかに」
「次の
「来年、2026年よ」
え、あと半年じゃないか。ゆっくりはしてられない。僕は決心した。できるだけの事はしよう。
「あと、友達にも伝えて。生まれることさえできなかった子がたくさんいるんだって。あなた達は本当は生きているだけで幸せなんだよって」
「わかった。伝えるよ」
僕は生きている意味を見つけたような気がした。いつか彼女の願いを伝える様な仕事を見つけよう。
「手を握ってくれますか?」彼女が言った。
「え? 手を? い、いいですけど」
幽霊って触れるのか? リアルの女子とさえ手をつないだことはほとんどないので、いきなり、とてつもない緊張が走った。
僕は恐る恐る差し出された手を握った。
彼女の手は氷の様に冷たかった。
「温かい手ですね。これをどうぞ」
彼女はそう言うと僕にお守りをくれた。小さな馬の絵が描いている。
「今日でお別れです」
「え? そんな…… また会えないんですか?」
僕は相手が幽霊と知りながら、そんな事を口走ってしまった。
「……今日は本当は私の誕生日だったんです。未来の
僕は彼女から渡されたお守りを見てから言った。
「あの、あなたを
「翔くんは私の名付け親だね」
絵馬はくすっと笑いながら静かに消えていった。
夏の風がふわっと吹いた。セミの鳴き声が再び始まった。
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