左遷錬金術師の辺境暮らし ～元エリートは二度目の人生も失敗したので辺境でのんびりとやり直すことにしました～

第092話 師匠と弟子

「さて、魔剣の仕事だったな」

　本部長が本題に入る。

「陛下の依頼でしたね。子供みたいですよ」

「アデーレの親父もな。いい年した爺共がアホかってんだ」

　俺はそこまで言ってないし、思ってないぞー。

「まあ、頼まれたものは仕方がないです。それで具体的な依頼内容は？」

「この前言った通り、お前が作った炎の魔剣以上の魔剣を作ることだ」

「それだけです？　他に注文は？」

「ない。とにかく、あれ以上の品質の魔剣を作れという依頼だ」

　ホント、ガキだな。

「一応、言っておきますが、リート軍の大佐経由で渡されたアデーレの父親の魔剣はAランクですよ」

「Aランク以上の品質だな」

　A+とかSランクか？

　なお、そんな指標はない。

「同じ炎の魔剣を作っても差がわからないでしょうね」

「だろうな。陛下は魔法使いじゃないし、鑑定士でもない。もっとわかりやすく上って感じの方が良いだろう」

　やっぱりな……

「雷属性の魔剣でも作りますか……」

「雷属性か……確かにレアだな」

　世界に数本しかないのだ。

「一度、それで陛下に確認してもらえます？　さすがにそこそこの料金を取りますよ？」

「料金はいくらでも出すと思うが……そんなものを作って大丈夫か？　今は戦争中なんだぞ」

　もっと作れって言われることを懸念されているのだろう。

「たまたま良い素材が入ったとかで適当に誤魔化しておいてください。そもそも雷の魔剣は操作が難しいので戦争では使えませんよ」

　世界に数本しかないのは製作が難しいという面もあるが、それに見合うほどの効果がないからだ。

　普通に炎の魔剣の方が強い。

「うーん、お前はすでに炎の魔剣を作っているんだったな……」

「魔剣なんて情勢をひっくり返すほどのものではありませんよ。そんなもんより、飛空艇を作った方が良いです」

　まあ、テレーゼやヴォルフの話を聞く限り、すでに作っているんだろうけどな。

　俺がクビになった飛空艇製作チームは頑張ってくれ。

「もしかしたら軍の圧力で飛空艇製作チームに復帰できるかもしれんぞ。あいつらは気性が荒いからアウグストの家にも平気でケンカを売るだろ」

「嫌ですよ。それ、忙しくなくなったらまたクビでしょ」

　戦争が終わったら圧力をかけなくなるからまた外される。

　そして、どこのチームも仲間に入れてくれないからリートに戻ることになる。

　アホか。

　だったら最初からホワイトなリート支部にいるわ。

「まあ、そうかもな。それで雷の魔剣はどれくらいで作れる？」

「材料次第ですかね？　雷鉱石はあります？」

「知らん。魔導石製作チームに聞け。テレーゼのところだ」

　忙しいみたいだし、煙たがれそうだな……

「この後、テレーゼのアトリエに行ってみます」

「ああ。報酬は抽出機と分解機でいいな？」

　あ、そうだ。

「魔力草ももらえません？」

「は？　魔力草？　なんでだ？　そんなもんその辺に売ってるだろ」

　王都は売ってるだろうね。

　最悪は買って帰って、その料金を軍に請求するのもありだ。

「リートでは売ってないんですよ。以前に役所のミスでマナポーションを大量に作る依頼があったんですが、民間の無能共が無駄に使ったんで市場から消えているんです。そんな中、軍から回復軟膏の依頼を受けているんですが、何とかして集めてもらった魔力草が見事に燃えました」

　ホント、バカは嫌いだわ。

「あー……そりゃ大変だ」

「自分達で取りに行くにしてもメンバーが50メートルを15秒と12秒で走る女2人と魚すら触れないビビり女です」

「ひっでー……」

「ウチで言うところのテレーゼが3人です」

　テレーゼも運動ができないし、ビビり。

「錬金術師は戦闘ができない奴が多いが、それでもひどいな」

「もう錬金術師が戦う時代は終わったんでしょう。完全な分業制です」

　ほんの10年、20年前は錬金術師も採取なんかで外に出ていたから魔法を使えたり、戦える人が多かったらしい。

　この本部長にしても魔術師としても優秀であり、かなり強い。

「まあ、良いことと言えば、良いことか……わかった。魔力草だったらいくらでも持っていけ」

　やったぜ。

　本部長の良いところは太っ腹なところだな。

「ありがとうございます」

「というか、回復軟膏を持っていってもいいぞ」

「いや、3人娘に作らせますんで」

　仕事なくなっちゃうよ。

「なるほど……弟子の修行か。10級と9級だったか？」

「2週間後には9級と8級じゃないですかね？」

　合格発表は2週間後なのだ。

「ふーん…えらい自信だな。そんなに優秀なのか？」

「さあ？　私以下ですよ」

「お前な……」

　本部長が眉をひそめる。

「事実です。あの3人がウチの同門やこの本部に勤めている連中より劣っているとも思いませんし、上回っているとも思いません。大事なのはやる気と向上心なんですよ」

　そもそも10級に受かった時点で才能はあるのだ。

　それにエンチャントもできていた。

　もちろん、魔力の大小もあるし、発想力、集中力なんかの差はあるだろうが、ここまでいけば後は努力でどうにかなるのだ。

「お前の弟子はやる気と向上心があるのか？」

「ありますよ。私にはまったく理解できないやる気と向上心ですけどね」

「というと？」

「エーリカは地元のリートを良くしたいそうです。レオノーラとアデーレは単純に錬金術をやりたいだけですね。あいつらはそんなことがモチベーションです。俺には理解できないですね」

　地元に思うこともないし、錬金術師協会に就職したのも極力、バカと会話したくなかったからだ。

「ふむ……ジーク。お前は出世したいんだったな？」

「そうでしたね」

　今はそうでもない。

　出世欲に憑りつかれた悪魔は消え去ったのだ。

「過去形か……いいか？　人にはそれぞれ生き方があるし、好きなことも嫌いなことも違う。当然、仕事もそうだ。金が欲しい奴、家族のために働く奴と色々いる。理解できないからと言って、否定だけはするなよ。はっきり言うが、私もその3人のモチベーションはまったく理解できない」

「でも、口に出さない？」

「当たり前だ。自分の生き方を否定されることほど、むかつくことはない」

　確かにそうだろうな。

「ちなみに、本部長はなんで錬金術師になったんですか？　1級を取り、本部長にまでなりましたけど、モチベーションは何でしたか？」

「他の弟子には言えんが、お前には教えてやろう。私は貴族が大っ嫌いなんだ。少しでもいいからあいつらの上になりたかった」

　それは他の弟子には言えんわ。

　クリスをはじめ、貴族も結構いるし。

「私も貴族は好きじゃないですけど、そんなにです？」

「私もお前と同じ魔法学校の卒業生だが、昔はひどかったんだよ。100点を取った私より80点の貴族の方が評価が良かったりした」

　何だそれ？

「そんなにです？」

「今は貴族の力が落ちてきているし、皆、丸くなっているが、昔は根強い身分制度がしみついていたんだ」

「へー……ウチの貴族3人は全然、そんなことないですよ」

　レオノーラやエーリカはもちろんだが、結構な年齢の支部長も普通だ。

「監査が入るようになったからな。今の時代にそんなことをする奴は少ない」

　まあ、いるっちゃいるもんな。

　アウグストのバカ。

「それが本部長のモチベーションなんですね。でも、てっぺんまで来たじゃないですか」

「そうだな。ある程度、出世し、そういう古臭い考えも減ってきた辺りで落ち着いてきたんだ。それで弟子を取り始めた。まあ、余裕ができたんだろうな」

「へー……」

　本部長自身も丸くなったわけだ。

「だからなジーク……弟子は大切にしろ。お前は絶対に本部にいた頃だったら弟子は取っていなかった。お前が弟子を取ったのはお前の心に余裕ができたからだ。その余裕は大事なものだから絶対に手放すな」

　おー……師匠が師匠っぽいことを言っている。

　将来、あの3人娘が弟子を取ったら俺も言おう。

「わかりました」

「うむ」

「では、私はテレーゼのところに行ってきます。本部長も陛下に雷の魔剣で良いか確認しておいてください」

「わかった」

　俺は話が終わったので立ち上がり、一礼すると、部屋を出た。