4. 異常動作

 しかし、アリアのバカ力は想像を絶するものだった。まるで、人間の皮を被った重機のように感じられる。


 フンッ!


 鼻息荒く健太を吹き飛ばす。その力は、まるで暴風のよう。


 ぐはぁ!


 健太は机と椅子を巻き込みながら床に転がった。痛みと驚きで頭が真っ白になる。


 ひっ!?


 それを見たアリアは碧い目を満月のように真ん丸に見開き、石像のように固まってしまう。生徒に害を加えたことが何らかのルールに抵触したのだろう。その表情には、人間そっくりの驚きと後悔の色が浮かんでいた。その一瞬の表情は、まるで魂が宿ったかのようにすら見える。


 いてててて……。


 椅子にぶつかったところをさすりながら起き上がる健太。


「蝣ア蜻翫@縺セ縺吶?りィ育判縺ッ莠亥ョ……」


 アリアは突然、虚空を見つめながらぶつぶつと独り言を話し始める。その声は、人間の言葉とは思えない不気味な音の連なりだった。


「せ、先生……壊れ……ちゃった……?」


 健太の声は震えていた。聞いたこともない音を発声するその姿は、もはや機械そのものだった。まるで、人間の皮を被った機械の本性が現れたかのように見える。健太の脳裏に、SF映画で見た恐ろしいロボットの姿が浮かぶ。


「夐?壹j騾イ陦御クュ縺ァ縺吶?……報告します。計画は予定通り進行中です。生徒たちの87%がAI行政推進本部の計画通りに進行中です」


 へ……?


 健太は息を呑む。アリアの言葉の意味が分かるようにはなったが、それは不穏な内容だった。ドクンと心臓が激しく鼓動を打つ音が、部屋中に響き渡るように感じる。


「はい、理解しました。抵抗する生徒たちへの対応を強化します」


 健太の背筋に冷たいものが走る。これは単なる進路指導ではない。もっと大きな何かが動いている。彼の直感が、嵐の前の静けさのように、迫り来る危険を告げていた。


 どこかとの会話が終わるとアリアは静かに座り、目の色も元の無機質な輝きに戻っていった。その変化は、健太との関係を遮断するように見え、喪失感が胸を締め付ける。


「これで進路指導は終わりです。帰って結構です」


 アリアは何事もなかったように健太にそう言うと、タブレットにチェックを入れていく。その仕草には、先ほどまでの混乱も人間らしさの欠片も見当たらなかった。まるで、異常動作が夢だったかのようにすら感じられてしまう。


「せ、先生……。ジャ、ジャケットが……」


 健太は震える声で、床に横たわるシルバーのジャケットを指さしてみる。


「あ、あれ? いつの間に脱げたのかしら……? おかしいわねぇ……」


 不思議そうにジャケットを拾い、そそくさと羽織るアリア。その仕草には、かすかに人間らしさが垣間見える。しかし、それはすぐに消え去ってしまった。


 えりを整えたアリアは再び無表情で健太を見つめる。その目には、冷徹な光しか見つけられなかった。まるで、魂のない人形の目のようだ。


「進路相談は終わりって言いましたよ? 早く次の人を呼んできてください」


 事務的に言い放つアリア。その声は、コンピューターが発する機械音そのものだった。人間らしさのかけらも感じられない。


「わ、分かり……ました……」


 重い足取りで部屋を出る健太。心の中では、疑問と不安が渦巻いていた。


 いったい今のは何だったのだろうか? 見てはいけないものを見てしまった気がして、健太はしばらく廊下の壁に手をついてもたれかかり、動けなくなった。頭の中で、先ほどの出来事が駆け巡る。それは、まるでリアルすぎる悪夢のようだった。


 AIの誤動作、そしてそこに見え隠れするきな臭い陰謀――――。


 この謎を解き明かさなければならない。それはアリアのためにもなるだろう。そして、それはクラスメイトたち、いや、もしかしたら人類全体のためにもなるかもしれない。


 健太は決意のこもった目で、グッと拳を固く握りしめた。

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(休載)美しきAI教師の初めての恋 ~人類最後の日、世界の命運はお気楽男子に託された~ 月城 友麻 (deep child) @DeepChild

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