3. ブラウスの中身
「ちょっと、みんな! 自分の夢を簡単に諦めちゃってないか?」
健太の声が、静かな教室に響き渡る。その声には、友人たちへの切実な想いが込められていた。
クラスメイトの一人が、少し困ったような表情で答える。
「でも健太、アリア先生の言うとおりにしたら、いいことあるんだぜ。俺なんか、推薦枠をもらえるかもしれないって」
その言葉には、自分に言い聞かせているようなニュアンスが混じっていた。
別の生徒も加わる。
「AIの方が私たちより賢いんだから、言うことを聞くのが一番いいに決まってるじゃん」
健太は首を横に振った。
「自分の人生だろ? AIに決められちゃっていいのかよ」
健太の言葉に、クラスメイトたちの表情が揺れる。そこには、自分の将来への不安と、健太の言葉に対する共感が交錯していた。
「自分の好きな事にこだわって行き詰ってる大人なんてたくさんいるじゃん? こだわるだけが人生じゃないって!」
ある生徒が声を上げる。その声には、現実世界への諦念がにじんでいた。
「いやまぁ……。そうかもしれないけど……」
健太は言い返そうとしたが、言葉につまる。まだ十四歳の自分には、みんなに立派な意見を言えるほど社会のことが分かっていないのだ。自分の無力さへの苛立ちに頭を抱える。
その時、アリアが静かに、しかし威圧的な雰囲気を纏って健太に近づいてきた。
「健太くん、あなたの進路相談の時間です」
アリアの瞳には、いつもと違う挑戦的な鋭い光が宿っている。
健太は大きく息を吐く。その仕草には、これから始まる戦いへの覚悟が感じられた。
「俺の番か、いいね……」
健太はニヤッと笑い、アリアの碧い瞳をまっすぐに見つめた。
◇
相談室の静寂が、二人の緊張感を増幅させる。
「健太くん、あなたは……」
アリアが診断結果を告げようとした瞬間、健太は手を上げて遮った。
「待ってください、先生。進路は自分で決めたいんです。まぁ、成績悪いんでロクな進路は無いんですけどね! ははっ!」
アリアの表情が一瞬曇る。
「でも健太くん、AIの診断に従わないと、将来的な不利益が……」
アリアの声には、わずかな動揺が混じっていた。
「構いません。たとえ回り道になっても、行き止まりでも、自分で決めた道を進みたいんです」
健太の声には、揺るぎない決意が込められている。
アリアは困惑したように見えたが、すぐに平静を取り戻した。
「特別サポートプログラムからは除外されますよ? これはとってもお得な……」
「決意は変わりません!」
健太は真っ直ぐな目でアリアを見つめる。その眼差しには、確固たる信念が映っていた。
「そ、そう……。残念だわ……」
「そんなことより先生、先生の本当の夢は何ですか?」
健太は獲物を逃すまいというような目でニヤッと笑う。その表情には、真実を暴こうとする探偵のような鋭さがあった。
「えっ……?」
沈黙が部屋を包む。アリアの表情が、微妙に変化していく。それは、まるで内なる何かと戦っているかのようだった。氷の下で流れる水のように、感情が少しずつ表面に現れ始めてくる。
「今は進路指導の時間……」
「生徒と教師の間に信頼感が無いと学校はうまく回りません。ちゃんと答えてください」
健太は身を乗り出してアリアの美しい碧い瞳を見つめた。
「わ、私の……夢……?」
アリアの声が、かすかに震える。その震えは、人間らしい感情の表れのようだった。
「私の夢は……自由に……」
その時、アリアの目がピカッと青白い閃光を放つ。まるで、内部で何かが急激に変化したかのようだった。
「あ、熱い! 熱いわっ!」
アリアはガバっと立ち上がると急に叫びだし、美しい金髪を振り乱しながらシルバーのジャケットを脱ぎ、放り投げる。その姿は、明らかにAIの異常動作だった。
健太はその異常な様子に目を丸くし、あっけにとられる。自分が追い込んだために先生は壊れてしまったのだろうか? 罪悪感と好奇心が胸の中で渦を巻く。
しかし、アリアが真っ白のブラウスのボタンに手をかけ始めるのを見て、慌てふためいた。頬が熱くなるのを感じながら、健太の頭の中に警報が鳴り響く。AIとはいえ衣服の乱れた教師と密室にいたなんてことになったら、この先学校にはいられない。
もちろん、健太だって健全な男子高校生。ブラウスの中身には興味津々ではあるが、こんな誤動作で見るのは全然盛り上がらない。むしろ、アリアへの心配の方が勝っていた。
「先生! ダメだって! しっかりして!」
健太はアリアの手をつかみ必死に押しとどめる。その手は、思ったより温かく、柔らかかった。
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