出でて七夜を越え施されたノロイ

 貴子と空秀は親戚でもあるらしい転校生の来島きょう子が下校したのを確認した後、高校敷地内の社殿に向かった。


「二人共転校生の対応お疲れ様」


 貴子が社殿に入るとクラスメイトで『常盤の庭』の管理人の祝実子に出迎えられる。

 他には実子の付き人の龍野紅葉の他に実子よりも小柄で絵に描いたような長い三つ編みお提げの凡道おおみち万智子まちこが居た。

 貴子はテキパキと靴を脱ぎ揃えてから畳へ上り早速実子の元に近づく。

 空秀は追いかけるようにのそのそと畳に上り、お茶の用意を始めた。

 そして貴子は自身の従姉妹である実子に訊ねた。

 

「きょう子さん、あのについて実子さんは御存知ですわよね?」

「まぁ、そうだな」

「あの娘冴え渡っている中にどこか影があると言うべきかなんと言えば宜しいのか分かりませんが……あの娘は何者なのですか?わたくしは山のお社の縁者だということしか存じておりません。どうか彼女について教えてくださいませんこと?」

「……そうだな」


 実子は辺りをキョロキョロ見回した後再び口を開いた。


「今此処に居る人間になら話せるか」

「是非お願いしますわ」

「ごめん外行って良い?」

「そうだな、これも何かの縁だ」


 本来部外者の万智子が逃げようとするも空秀が無言で肩を掴み実子が遠回しに逃げるなと告げる。実子は貴子の言葉を受け一拍置いてから話し出した。


「まず、貴子はきょう子の事を山の社の縁者と称したな」

「えぇ、山のお社側の縁戚としか知らされておりませんので」

「それは合っているが具体的に言ってしまえば、きょう子は姫川家の前に町の社『邊津川神社』を管理してた穂宮家の娘だよ」

「んだとっ!?」

「まぁ!!」

「……」

「ごめんなさい、此処の前提知識が無いから分からないのだけど教えて下さる?」


 実子の言葉にそれぞれの反応を見せた、貴子は女性らしい驚きの返事を返す。そして空秀は目をパチクリさせるだけであった。

 元々部外者だった政理の遠縁である万智子は困惑し訊き返した。

 紅葉が粗野な声を荒らげるものの実子は特に気にせず続けた。


「穂宮家とは『山の社』祝家の分家で『町の社』の管理を任された家だったんだが……本家である祝家を簒奪しようとして処分された家だ」

「自分が言うが、穂宮のクズ共は実子ミコを崖に落として贄に見立てて殺そうとした! そして祝の当主は奥方を狙われて命の危機に陥ったりした。結局失敗し当主に穂宮家の人間はほぼ始末された」

「まぁ」


 実子の言葉を遮り眉間に皺を寄せ紅葉が叫ぶように言った。

 付き人に徹していた紅葉がいきなり声を荒らげて喋り出したので驚いていた。 

 遮られた実子は目を一度閉じた後開けて再び口を開いた。


「まぁ、概ねその通りだな。紅葉も私を庇ったせいで生死の境を彷徨った事件の当事者だ」

「えっ、そうなの!?」

「……その事件に関しては私も話に聞いておりますわ」

「……知ってる」


 紅葉の言葉にそれぞれ反応を示した。


「それで、その事件そのものにはあの子は一切関わってないし、逆に穂宮を呪って彼らの足を引っ張っていた側だから特にお咎めもなかった。寧ろ此方が謝らなければならない事もあったからね」

「それはどういう――」


 繋げるように紡がれた実子の言葉に貴子は問う。


「きょう子、あの子は父親やその親である祖父母に産まれて暫くして呪われたんだ」

「えーと……」

「名前は親が与える初めての祝福であり贈り物だ、それは言霊であり真名でもある」


 実子はローテーブルに適当な紙を出して名前についての説明を書きながら話し出す。

 実子は『お七夜』と名前と書いていた。


「子供はすぐに死んでしまう事が多かった時代は生まれてどうにか七つの夜を乗り越えてから名前をつけた。それを『お七夜』という」


 そう言って実子は更に続けた。


「まぁ、時代によっては幼名があり、成人する時に名前を与えられたり、本名を秘匿されたりそれぞれ事情は異なるが、親が与える贈り物の一つだ」


 貴族や武士と書きながら説明をした。


「現代の場合は名前には流行りがあったり、親が好きな物や子供にどのようになって欲しいか等の願いを込めたりしてたり様々なようだな」


 『戦後の流行りは豊や実、スポーツの祭典の頃は聖子』等と実子は書き足す。


「あぁ、戦前の女性の名前は春に生まれたからハルみたいな例もありますわね。まぁ男性も長男だから一郎あるいは太郎みたいな例が現代でもありますが」


 微妙な顔をしながら貴子は話を差し込んだ。

 実子が『一郎、次郎、三郎』と書き足した。


「まぁ、人間の名前は姓名判断士という職業があるくらいには重要なモノだ。生きていく人間の指標にもなる物だからな」

「親の願いが柵となって名付けられた子供がソレに苦しむ呪いのモノになり得るのはわかりますが……私もかつては母親からのプレッシャーを感じてましたから」


 実子の言葉に貴子が他人事ではありませんわね、と呟いた。


「どうであれ、私は我が子を意図的に呪うとは理解に苦しむよ。とは言え呪詛も祝福も同一の物であるから気を付けないと願いも祝福も自身や相手を縛る戒めや呪詛となってしまう」

「しかしそんな事がきょう子さんには御座いましたのね……」

「本当に怖いな、此処」


 貴子は実子の言葉を受けて悼ましい顔をして口を閉じた。

 そして万智子もこの話に引いていた。


「そしてその呪いをはっきりと自覚したあの子は全てに絶望して壊れた心で呪いを、呪詛を返したんだ――だ」

「そ、それってとても危険な事ではございませんこと!?」


 貴子は目を瞠り思わずヒェッと声をあげる。


「だから問題が起きた、その事件でも穂宮は本家である祝家から処分を受けた。その後逆恨みした穂宮が祝家に牙を剥き始末され町の社を取り上げられた訳だ」


 簡潔に話すとこうなると実子は説明した。

 口元を手で隠して貴子はまぁと呟く。


「そ、そのような事になっていたとは……」

「知らなかった」

「祝さん。結局、あの子にはどういう風に接すれば良いのかしら?」


 貴子と空秀が感想を言い合っている中、万智子が実子に訊ねた。


「あの子は今、呪いを解かないと大人になる事が出来なくなっている。ヒトとしてとても不安定な状態だ。嘗ての紅葉と同程度には危うさを孕んでいる」


 実子の言葉を聞いて思わず貴子、空秀、万智子の視線が紅葉に向く。


「見るな」


 そう言いつつ向けられた紅葉は居心地悪そうにそっぽを向いた。

 その声は低く知り合って間もない人間にはまだ怒っているわけでもないのに怒っているかと錯覚してしまう程恐い声であった。


「まぁ、そもそも余所者ではないにしろ意地悪や疎ましく接するのは決してならない事だと私は言っておく。求められたら助けたりまともな人間として普通に接するように」

「それはそうですわね」

「わかった」

「そうですか」


 実子が接し方について告げたとき紅葉のみ頷き、ほか三人は口を開きアレコレ言い合う。

 それを遮るように実子は付け加えるようにさらに告げる。


「あの子がさらに歪んで成長したら下手すればこの辺りや霊峰が物理的に信仰的にも破壊されてしまう可能性があるから」


 その言葉に部屋の中の空気が凍り付いたのだった。 

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神と人の境にて すいむ @springphantasm

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