#3「万里の絆」

「──ただいま戻ました……!」

 どこかの地下施設で、今日も会議が開かれる。

 闇に紛れる黒忍者の下っ端たち。冷たい床に跪き、ゆっくりとこうべを垂れた。

 少し離れて構えるように立っているのは、黒い羽織に赤色の袴、黒狐の仮面を付けた、背の高い青年だった。

 若干の沈黙の後、下っ端らの先頭に立つ者が再び口を開く。

「……奴を殺し損ねました! 誠に申し訳ございません!」

「よろしい。次こそは殺せ」

「はい、必ず……!」

 沈黙の時間を含め、会議はおよそ30秒で終わった。

 下っ端忍者たちは、「いい上司を持った」と内心思うのだった。


 二つの突き出たビルディングに、人はまばらの東臨際ひがしのぞみぎわえき駅。

 改札を抜けて道路を挟んだ先に建っているコンビニ。そこからちょうど出てきたのは、金色の美しい髪を持つ少女だった。片手にはビニール袋。中身は鮭おにぎり6つ。4つは自分の分、残り2つは──

「大名さん、大丈夫かしら……」

 空き家に置いてきた女子高生を心配し、601は足を早めた。コンビニを出てすぐの交差点は渡らず、右に曲がり、2つ目の角で再び右に曲がる。そうして、駅とは真反対の方向へ。しばらくは道路に沿って直進。やがて住宅街に入ると、右、右、左、左、右、左、右。

「”結界”、ちゃんと機能してて良かった……」

 正しい順序で歩かなければ、空き家にはたどり着かない──”協力者”から提供してもらった、『暗号結界あんごうけっかい』だ。


「大名さーん、おにぎり買って…」

 玄関扉を開けた直後、601の目つきが変わった。

「…なに……?」

 分かりやすい悪寒だった。

 空き家に足を踏み入れると、今度は全身に鳥肌が立つ。恐ろしいものが迫っている。先程の忍者軍団とは比にならない何か。

「…あぁ、まずいな……」

 薄暗い空間に、うるさい重低音が鳴り始める。無数の洗濯機が虚無の中で一斉に振動しているかのような音。

 誰もいない廊下を前に、601は身構えた。

「来る……!」

「──601。久しぶり」


「………え?」

 割れた窓から入ってきたのは、まるで予想外の人物だった。

「いやー、まさかこんなところで会えるだなんて、思わなかったよ」

 601は驚きから声を出すこともできず、ただただ目の前の被検体を呆然と見つめるのみだった。白い肌に白髪おかっぱの少女。黒を基調とした着物を身にまとい、足袋に下駄まで、まるで夏祭りに遊びに来た子供のようだった。

「………被検体301……」

 何度も瞬きする内に、601はふらふらと床にへたり込んだ。

 白髪の少女は601へと歩み寄ると、しゃがんで目線を合わせた。そして、紫色の瞳で金髪の少女を見つめる。

「やだなぁ。それはあくまで”全体”としての名称だよ。今の”私”は──」

 暗殺集団なんかよりもずっと恐ろしい存在を前に、被検体601は目を見開いた。怪我をした少女のことなど、微塵みじんも頭に残っていない。


「──あいつら、ホントにどこいったんだー……?」

 じりじりと照りつける日差しに汗を流しながら、Tシャツを着た男は大通りを歩いていた。片手には棒アイス。

「…ほんっと、よく隠れるわよねー、こんな暑いのに……」

 隣を歩く女も、同じ棒アイスを名残惜しそうに食べていた。

「…っていうか、なんで私服で捜索しなきゃなんねーんだよ……。別に忍者服で走り回って探してもいいじゃねーかよ……」

 男はうんざりしたように手で顔を覆い、額についた汗も拭う。それは、残業明けに疲弊したサラリーマンのようだった。

「…聞き込みのためって、言ってたでしょ、ボスが。…まぁ、要領全く得ないけど……。それでも、私たちは私たちの仕事をこなすの」

 女はアイスのハズレ棒を持参したビニール袋に捨てると、きちんと結び、カバンの中にしまった。

「…アイスの棒、あんたのはあんたで処分してよね……」

「わぁかってるよ……」

 男は抜け落ちそうなアイスの塊を一口でがぶっと食べ、棒を口から抜いた。

「…お、当たりだ」

「…へー。…やっぱり私の方に捨てていいわよ。こっちで処分するから……」

「…やなこった」

 街路樹の下、二つの小さな笑顔が生まれた。


 その頃、大名は相変わらず天井を見つめていた。捻挫をした足で立てるはずもなく、退屈しのぎにはそれくらいしかないのだ。もっとも、それが本当に退屈しのぎになるのかは別だが。

「…暇だな……」

 そう呟いても、襖を開けて入ってくる者はいない。ただ、無音という音が鳴るのみの空き家の一室。

「…もしかして……」

 自分を置いてどこかに行ってしまった601に対して、大名は不穏な考えをよぎらせた。

「………見捨てられたのか……?」

 本当にそうなのか、今すぐにでも確かめたい。しかし、動けない。こんなにわずらわしい感情を抱くのは初めてか。──いや、そんなこともなかった。

「…あぁ、前にもあったか……」

 そっと目を閉じ、思い返してみる。


「──おい、大名。絶対に助けになんか来るなよ。これは約束だからな」

 向き合うは、紺髪ロングの少女。その真剣な表情を前に、結局はうなずくことしかできなかった。

 ちょっとしたいざこざが、やがて大きな争いへと変化していく。その結果として、大事な人が傷ついてしまうこともある。それを知った、あの日。

「ヒバナ……」

 深夜、寝付けず、体が震える。あの感覚は、今でも鮮明に覚えている。息ができなくなっても、目の前がゆらゆらと揺れても、絶対に”行ってはいけない”。そう、私なんかが口を挟める争いじゃないから。

 それでも、ただただ苦しかった。心臓が引きちぎれてしまいそうだった。ただ心配で心配で。失うのが怖かった。


 最悪。

「ヒバナ……?」

 それが起こったのは、次の朝のこと。

 廃倉庫前に救急車が止まり、倉庫内から次々と人が運び出される。その中には、私のたった一人の親友もいた。


「ヒバナ……。いい加減起きろよ……」

 返事を待っても、返ってくるのは息が掠れる音だけ。こんなに近くにいるのに、距離は果てしなくなっていた。

「…ごめん。怖かったんだ。確かめるのが。真実と向き合うのが。だから、行けなかった。お前との約束を、破れなかった。家に留まるのだけはダメだってことも分かってたはずなのに。お前の本当の気持ちも分かってたはずなのに! ごめん。…私、最近はお前と全然話してなかったよな。最後に冗談とか言ったの、いつだったっけ? 正面からお前に向き合えてなかった。本当に、本当に、本当に………ごめんなさい。…だから、起きてよ、ヒ──バ──ナ──」────


「──起きてよ、大名。ついにこの時が来たのよ。私が、あなたを食らうときが‥…!」

 まぶたを開くと、見覚えのない不敵な笑みがあった。

「だ、れ、っ!?」

 もう、あの頃の安らぎはどこにもない。

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301異能融合カルテット ~ Girls' Generation filled with the Supernatural イズラ @izura

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